【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

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第49話 協力して

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「あなた、私の後ろ盾になってくれたわよね?」

 ふたりの間に強風が吹く。四つに編んだアリアリーナの髪先がなびく。ヴィルヘルムは無言のまま、首を縦に振った。

「奴隷闘技大会に行きたいの。一緒に来てちょうだい」

 アリアリーナの誘いを受けたヴィルヘルムは、瞠若する。長い睫毛が目下に影を刻む。

「奴隷闘技大会、ですか?」
「えぇ、そうよ。あなたの名前が必要なの」

 ヴィルヘルムはアリアリーナから目を逸らす。明後日の方向を注視し、考え込む様子を見せる。

「奴隷闘技大会に出席する意味をお伺いしてもよろしいですか?」

 ヴィルヘルムの声色が若干冷たさを含んだ気がした。ほんの少しだが、眉間に皺が寄っている。奴隷闘技大会に一体何をしに行くのか、心底知りたげな面様であった。アリアリーナが裏世界の暗殺組織に命を脅かされていることは、既にヴィルヘルムも知っている。ならば言っても問題ないだろうと判断した彼女は、腕を組んだ。

「とある暗殺組織の幹部が出席するらしいの。私を狙っている組織との関連性は低いかもしれないけど、何かしらの情報は手に入れられそうだし……それに私を狙う組織の者を誘き出せるチャンスかもしれないわ」
「まさか……殿出席されるおつもりですか?」

 ヴィルヘルムが一歩、前へ出る。距離が縮まったことにアリアリーナは動揺し、後退った。

「違うわよ……。出席すると見せかけるだけ。あなたのの使用人でも奴隷でもいいから、とにかくアリアリーナではない人物として入場する必要があるの」

 ヴィルヘルムの圧から逃れるために、さりげなく目を逸らす。

「使用人、奴隷……」

 心ここに在らずといった状態で、アリアリーナを凝視するヴィルヘルム。瞬きのひとつもしないため、目が乾いてしまいそうだ。恐らく今の彼は、アリアリーナがメイド服を纏った姿や奴隷になった姿を脳内で鮮明に描いているのだろう。彼の脳内で遊ばれているとも知らないアリアリーナは、居心地の悪い視線を向けられたことに落ち着かない様相で身動ぎしていた。その姿を視界の中心に捉えたヴィルヘルムは、男らしさの象徴であるたくましい喉仏を上下させた。

「だからあなたが必要なの。私の後ろ盾になってくれたのなら……協力して」

 アリアリーナが強気にそう言った。ヴィルヘルムは何度か瞬きを繰り返し、首肯する。

「第四皇女殿下に従いましょう」

 ヴィルヘルムの言葉に、アリアリーナは心の底から安堵した。安心する姿を彼に見せることはしないが。

「奴隷闘技大会は半月後。滑り込みでならまだ間に合うはずよ。私も運営側に掛け合ってみるから……あなたもお願いね」
「別々で、ですか?」
「当たり前でしょう? 噂されたらどうするのよ」

 咎める口調で責めると、ヴィルヘルムは無表情のまま俯いてしまった。
 もしかして、アリアリーナと一緒に奴隷闘技大会の申し込みに行きたいのだろうか。表情こそあまり大きな変化はないものの、意外と表情以外の動作で感情を読み取ることができる。ヴィルヘルムは彼女から奴隷闘技大会という名の極秘デートに誘われたのに、申し込み自体は個々で行うという話を聞いて拗ねているのかもしれないのだ。一緒に申し込みに行けば、一体どんな関係性なのかと噂になってしまう可能性が高い。まぁ、アリアリーナはともかく、奴隷に関しての噂が一切なかったヴィルヘルムがアリアリーナと同時期に奴隷闘技大会に出席するとなった時点で、噂になる確率が高いが。
 現実的に思考を巡らせるアリアリーナだが、彼が自身と一緒に申し込みしたがっている姿に、胸を高鳴らせていた。さっさと諦めさせてほしいのに。これでは一向に諦めることなどできないではないか。ようやくヴィルヘルムに心酔する夢からは抜け出せたというのに、二度目の人生でも同じように心酔してしまえば……。もうとっくに結末は見えている――。

「それだけ伝えにきただけだからもう帰るわよ。具体的な計画は、レイ……私の専属執事を通して伝えるわ」

 アリアリーナは来た道を戻る。ヴィルヘルムへの想いを断絶するかのように、追いかけてくるなという意志を込めて。しかし、その意志を堂々と土足で踏み躙ってくるのがヴィルヘルムという男だ。

「第四皇女殿下」
「………………」

 案の定、呼び止められてしまった。アリアリーナは立ち止まる。振り返りは、しない。

「今回に限らず、いつでも俺を頼ってください。必ず、あなたの役に立ちます」

 涙腺が緩むのを感じる。
 「どうして私なの?」とは聞けなかった。敵ばかりの皇城、帝国。信じられるのは、自分と、レイしかいなかった。そんな暗闇の中で見えた、一筋の光。いくら追いかけようとも、その光は小さくなっていく。一度光を見失ったはずなのに、またこうして、その光はアリアリーナの前に現れたのだ。

(あなたは今、どんな顔をしているの)

 振り返ることは許されない。きっと、この瞬間、ヴィルヘルムの顔を見てしまったが最後、彼に溺れてしまうから。
 自分を都合の良い人間として扱ってくれと言わんばかりの彼に、ろくに返事もしないまま、アリアリーナは立ち去った。
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