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第45話 残念だわ
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ダゼロラ公爵家を出発してひと月が経った頃、アリアリーナはようやく皇都に到着した。
皇城を出発した頃には初冬の香りが漂っていたが、今では冬の真っ只中だ。一年を通して比較的快適に過ごせる気温のツィンクラウン皇都であるが、やはり冬というだけあって肌寒さはある。アリアリーナは馬車から降りて、冬の寒さを感じていた。寒風が彼女の漆黒のドレスを揺らす。
ダゼロラ公爵家を出発したのはひと月前。先代皇帝の弟君ロルフの葬儀には、残念ながら間に合わなかったが、哀悼の意を表するのは今からでも遅くない。そう判断したアリアリーナは、代々の皇族が眠る墓地へと向かった。同じく黒い服を纏ったレイと、ヴィルヘルムと共に。
「なぜあなたまでついてくるの? 私の護衛の役目は終わったのだからもう帰ってくれていいのに」
「先代皇弟殿下にご挨拶申し上げたいと思いまして」
「会ったこともないのに?」
「重要なのは面識ではなく、冥界へ向かわれた方を弔う気持ちではないでしょうか」
アリアリーナはヴィルヘルムの顔を見上げる。彼女より高い位置にある美貌は、苛立つほどに整っている。綺麗事のようだが真実でもある意見を述べた口は、真一文字に結ばれていた。相も変わらず、何を考えているのかよく分からない。彼女はヴィルヘルムから目を逸らした。
無言で歩き続けると、ようやく神殿が見えてきた。皇城の煌びやかさとはかけ離れた閑静な場所。一応皇城の敷地内にあるのだが、それを思わせないくらいに静寂閑雅だ。アリアリーナはレイから白銀の花束を受け取る。レイが頭を下げたのを見届けたあと、神殿の中へ一歩足を踏み入れた。天窓から射し込む光が神々しい。空気が、変わる。歴代の皇帝が眠る場所は、ふたりを歓迎していた。そう、皇族ではないヴィルヘルムも。
ふたりは、ロルフが眠る墓に近寄る。最も真新しい墓のため、随分と分かりやすい。アリアリーナは彼の墓に白銀の花束を手向けた。
「先代皇弟殿下……」
アリアリーナは会ったことのない大叔父を弔う。一度目の人生でも二度目の人生でも、彼を直接手にかけることはしなかった。しかし前の人生で、放っておけば勝手に死ぬと澆薄なことを思っていたのも事実だ。
(申し訳ございません)
手を合わせ、心から謝罪する。
暴君で変わり者であった先代皇帝の弟として、乱世に揉まれた、忘れられし皇族。政には一切参加せず、反乱の火種にならぬよう自分という存在を抹消し続けた可哀想な人。もしロルフが、皇族ではなく、一般階級の平民として生まれていたら、下級貴族として生まれていたら、もっと伸びやかに穏やかに、過ごすことができたであろう。皇族の直系に生まれ、皇族としての宿命を背負わされた。きっとロルフには、荷が重すぎた。
(どうか、安らかに、お眠りください)
心の中でそっと祈りを捧げた。ヴィルヘルムも手を合わせ終わったのか、そっと両手を下げた。
踵を返し、神殿をあとにする。
「どうしてお前がここに……」
前方から聞き覚えのある声がする。ゆっくり面を上げると、そこには皇帝と皇后、エナヴェリーナが佇んでいる。そして、もうひとり。兄妹たちの中で最も嫌いな男の姿があった。
「はっ! 大叔父上の葬儀にもまともに参列しなかった薄情者のお出ましか? 今さら帰ってきたところで遅いんだよ」
エルドレッド・イレレン・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国第二皇子にして、皇后の実子。年齢は20歳。皇太女シルヴィリーナの実弟であり、エナヴェリーナの双子の兄でもある。
くすみのあるブランズグレイの髪に、ファイアーオパール色の眼。風格は皇帝を彷彿とさせるが、持ち前の美顔は皇后譲りであった。
いつもなら反抗して逆上するアリアリーナが何も言わないことに疑問を抱いたエルドレッドは、さらに彼女を煽ろうと口を開く。その時――。
「皇帝陛下、皇后陛下に拝謁いたします」
ヴィルヘルムがエルドレッドの言葉を遮ったのだ。容赦なく浴びせられる悪口に耐えるため構えていたのだが、その必要もなくなった。なぜなら彼が、アリアリーナを庇ったから。エルドレッドはヴィルヘルムを静かに睥睨する。
「少し前からグリエンド公爵の姿が見えないと思っていたが……もしや、アリアリーナと共にいたのか?」
「はい、皇帝陛下。第四皇女殿下と共にディオレント王国に行って参りました」
馬鹿正直に告げるヴィルヘルム。どうやらエナヴェリーナは彼がアリアリーナの旅についていくということを知っておいて、誰にもそれを言わなかったようだ。プライドを守りたかったのか、ヴィルヘルムがアリアリーナを護衛しているという噂を広めたくなかったのか。真相は分からないが、今の彼女の表情を見る限り、どちらもありえるだろう。
(前まではそんな顔、絶対に私には見せなかったのに。だからこそそんなあなたにイラついていたのに。おかしいわね。今は面白いくらい、顔に出ているわよ)
エナヴェリーナを注視する。焦燥に塗れた表情のあと、すぐにハッとして片手で頬に触れている。自身の表情管理が上手くいっていないことに気がついたのだろう。
以前まではヴィルヘルムがアリアリーナを気にかける事実など、少しも見られなかった。それなのに今では、その状況は逆転。むしろ興味の失せたアリアリーナにヴィルヘルムが付き纏っている状態。イレギュラーの発生に、これまで余裕の表情を浮かべていたエナヴェリーナも動揺を隠せないのかもしれない。
(グリエンド公爵の心を奪ったあなたを死ぬほど恨んでいたわ。だけど直接的な害を私に与えることはしなかったから、もしかしたらあなたは根っからの善人なのかもしれないと思っていたけど……違ったの? 残念だわ、エナヴェリーナお姉様)
アリアリーナはエナヴェリーナに興味をなくし、あからさまに溜息を吐きながら目を逸らした。
皇城を出発した頃には初冬の香りが漂っていたが、今では冬の真っ只中だ。一年を通して比較的快適に過ごせる気温のツィンクラウン皇都であるが、やはり冬というだけあって肌寒さはある。アリアリーナは馬車から降りて、冬の寒さを感じていた。寒風が彼女の漆黒のドレスを揺らす。
ダゼロラ公爵家を出発したのはひと月前。先代皇帝の弟君ロルフの葬儀には、残念ながら間に合わなかったが、哀悼の意を表するのは今からでも遅くない。そう判断したアリアリーナは、代々の皇族が眠る墓地へと向かった。同じく黒い服を纏ったレイと、ヴィルヘルムと共に。
「なぜあなたまでついてくるの? 私の護衛の役目は終わったのだからもう帰ってくれていいのに」
「先代皇弟殿下にご挨拶申し上げたいと思いまして」
「会ったこともないのに?」
「重要なのは面識ではなく、冥界へ向かわれた方を弔う気持ちではないでしょうか」
アリアリーナはヴィルヘルムの顔を見上げる。彼女より高い位置にある美貌は、苛立つほどに整っている。綺麗事のようだが真実でもある意見を述べた口は、真一文字に結ばれていた。相も変わらず、何を考えているのかよく分からない。彼女はヴィルヘルムから目を逸らした。
無言で歩き続けると、ようやく神殿が見えてきた。皇城の煌びやかさとはかけ離れた閑静な場所。一応皇城の敷地内にあるのだが、それを思わせないくらいに静寂閑雅だ。アリアリーナはレイから白銀の花束を受け取る。レイが頭を下げたのを見届けたあと、神殿の中へ一歩足を踏み入れた。天窓から射し込む光が神々しい。空気が、変わる。歴代の皇帝が眠る場所は、ふたりを歓迎していた。そう、皇族ではないヴィルヘルムも。
ふたりは、ロルフが眠る墓に近寄る。最も真新しい墓のため、随分と分かりやすい。アリアリーナは彼の墓に白銀の花束を手向けた。
「先代皇弟殿下……」
アリアリーナは会ったことのない大叔父を弔う。一度目の人生でも二度目の人生でも、彼を直接手にかけることはしなかった。しかし前の人生で、放っておけば勝手に死ぬと澆薄なことを思っていたのも事実だ。
(申し訳ございません)
手を合わせ、心から謝罪する。
暴君で変わり者であった先代皇帝の弟として、乱世に揉まれた、忘れられし皇族。政には一切参加せず、反乱の火種にならぬよう自分という存在を抹消し続けた可哀想な人。もしロルフが、皇族ではなく、一般階級の平民として生まれていたら、下級貴族として生まれていたら、もっと伸びやかに穏やかに、過ごすことができたであろう。皇族の直系に生まれ、皇族としての宿命を背負わされた。きっとロルフには、荷が重すぎた。
(どうか、安らかに、お眠りください)
心の中でそっと祈りを捧げた。ヴィルヘルムも手を合わせ終わったのか、そっと両手を下げた。
踵を返し、神殿をあとにする。
「どうしてお前がここに……」
前方から聞き覚えのある声がする。ゆっくり面を上げると、そこには皇帝と皇后、エナヴェリーナが佇んでいる。そして、もうひとり。兄妹たちの中で最も嫌いな男の姿があった。
「はっ! 大叔父上の葬儀にもまともに参列しなかった薄情者のお出ましか? 今さら帰ってきたところで遅いんだよ」
エルドレッド・イレレン・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国第二皇子にして、皇后の実子。年齢は20歳。皇太女シルヴィリーナの実弟であり、エナヴェリーナの双子の兄でもある。
くすみのあるブランズグレイの髪に、ファイアーオパール色の眼。風格は皇帝を彷彿とさせるが、持ち前の美顔は皇后譲りであった。
いつもなら反抗して逆上するアリアリーナが何も言わないことに疑問を抱いたエルドレッドは、さらに彼女を煽ろうと口を開く。その時――。
「皇帝陛下、皇后陛下に拝謁いたします」
ヴィルヘルムがエルドレッドの言葉を遮ったのだ。容赦なく浴びせられる悪口に耐えるため構えていたのだが、その必要もなくなった。なぜなら彼が、アリアリーナを庇ったから。エルドレッドはヴィルヘルムを静かに睥睨する。
「少し前からグリエンド公爵の姿が見えないと思っていたが……もしや、アリアリーナと共にいたのか?」
「はい、皇帝陛下。第四皇女殿下と共にディオレント王国に行って参りました」
馬鹿正直に告げるヴィルヘルム。どうやらエナヴェリーナは彼がアリアリーナの旅についていくということを知っておいて、誰にもそれを言わなかったようだ。プライドを守りたかったのか、ヴィルヘルムがアリアリーナを護衛しているという噂を広めたくなかったのか。真相は分からないが、今の彼女の表情を見る限り、どちらもありえるだろう。
(前まではそんな顔、絶対に私には見せなかったのに。だからこそそんなあなたにイラついていたのに。おかしいわね。今は面白いくらい、顔に出ているわよ)
エナヴェリーナを注視する。焦燥に塗れた表情のあと、すぐにハッとして片手で頬に触れている。自身の表情管理が上手くいっていないことに気がついたのだろう。
以前まではヴィルヘルムがアリアリーナを気にかける事実など、少しも見られなかった。それなのに今では、その状況は逆転。むしろ興味の失せたアリアリーナにヴィルヘルムが付き纏っている状態。イレギュラーの発生に、これまで余裕の表情を浮かべていたエナヴェリーナも動揺を隠せないのかもしれない。
(グリエンド公爵の心を奪ったあなたを死ぬほど恨んでいたわ。だけど直接的な害を私に与えることはしなかったから、もしかしたらあなたは根っからの善人なのかもしれないと思っていたけど……違ったの? 残念だわ、エナヴェリーナお姉様)
アリアリーナはエナヴェリーナに興味をなくし、あからさまに溜息を吐きながら目を逸らした。
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