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第44話 帰りましょう
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ダゼロラ公爵城滞在二日目。
アリアリーナは、ヴィルヘルム、ダゼロラ公爵、ユーリと共に、朝食を取っていた。ツィンクラウン帝国南部の食事は非常に美味だと聞くが、それは過大評価でもなんでもない。アリアリーナの目の前に広がる食事は全て彼女の口に合っていた。ユーリさえ変人でなければ、南部に嫁いできても良いと思ってしまうほどに。
アリアリーナは黙々と食事を口に運び続ける。一度目の人生で、皇族お抱えの教師により徹底的に叩き込まれた作法は、二度目の人生にも大いに役に立っている。一度、舞踏会のダンス作法にて間違ったことを教えられ、貴族の面々の前で恥をかいたのは良い思い出だ。
「第四皇女殿下。ディオレント王国はいかがでしたか?」
「穏やかな国でした。人も、空気も、国柄も、全てが羨ましかったです。ディオレント王国で過ごした二週間は、とても充実した時間でした」
ディオレント王国について感じたことを素直に述べると、ダゼロラ公爵は分かりやすく目を泳がせる。何か気に障る言葉を言ってしまっただろうか、とアリアリーナは自身の発言を思い起こす。特に悪い点は見つからないが強いて言うならば、ツィンクラウン帝国の皇女ともあろう自分が、傘下国を「羨ましい」と口にした事実だろう。ダゼロラ公爵は、その一言に引っかかっているのだ。だからと言って、いちいち訂正はしてやらないが。
ディオレント王国の王城は、ツィンクラウン帝国の皇城よりずっと過ごしやすかった。命を脅かされたり、気持ちの悪い第一王子がいたりと気になる点はあったが、王城の快適度は、皇城とは桁違いに高かった。たった二週間という間で、アリアリーナはディオレント王国を好きになったのだ。
なんと返答していいか分からず未だ目を泳がせ続けているダゼロラ公爵に向かって、口を開く。
「ところで、先代皇弟殿下、私の大叔父様がお亡くなりになられたという話を伺いました。近いうちに葬儀が行われるでしょう。よって今日にはダゼロラ公爵城を出発したいと考えています」
「へっ……!?」
ダゼロラ公爵は再び目を見開き、アリアリーナを凝視する。
「今からここを出発しても、間に合わないでしょうが、早く帰る努力はするべきでしょう?」
アリアリーナが問いかけると、ダゼロラ公爵の目線は、ヴィルヘルムに向けられた。非難が込められた、サンフラワー色の目。ヴィルヘルムは素知らぬ顔で、サラダを上品に食べている。それを見たアリアリーナは、納得した。
昨日、ロルフが亡くなったという話をヴィルヘルムから聞いた。しかしそれは、ダゼロラ公爵に口止めされていたことだったのだ。そしてダゼロラ公爵も、皇城の何者かにより口止めされていた。「アリアリーナにだけは言わないように」と。先代皇帝の弟の葬儀にも出ない、帰ってこようともしない薄情者というレッテルを彼女に貼るつもりなのだろうか。皇帝や皇后、ほかの皇子や皇女の仕業だろうが、もはやどうでもいい。
「ダゼロラ公爵。大叔父様の訃報は、グリエンド公爵から聞いたわけではありませんよ。優秀な方に教えていただいたのです」
「………………」
ダゼロラ公爵は不安な面持ちでアリアリーナを見つめた。
「大丈夫ですよ。ダゼロラ公爵から聞いたとは誰にも言いません」
ダゼロラ公爵が求めていた答えを授けると、彼は心から安堵する溜息を吐いた。その姿を見て、アリアリーナはどいつもこいつも保身しか考えていないなと感じた。彼女の中で、ダゼロラ公爵の位置づけは大幅に下がったのであった。
宣言通り、アリアリーナとヴィルヘルムは、ダゼロラ公爵城滞在僅か二日目にして、出発することとなった。レイと共に荷物を纏め、客室を出る。馬車がある城の正門前までの道を歩く。
「お前の家族も暇人だな」
「……否定はしないわ。私を陥れることしか考えていないもの」
そう言うと、レイは軽く肩を竦めた。
実父である皇帝は、アリアリーナが誰に何をされていようとも見て見ぬフリを決め込む。継母である皇后は、皇帝の関心がアリアリーナに向けられていないのをいいことに、やりたい放題、言いたい放題だ。ほかの皇子も皇女も、変わらない。皇太女であるシルヴィリーナと、ヴィルヘルムといずれ結ばれるであろうエナヴェリーナは、別かもしれないが。アリアリーナからしたら全員同類だ。
頭の中に浮かんできた顔を全て打ち消し、真っ白な状態にした、その時。
「アリアリーナ皇女殿下」
柱の影から現れたのは、ユーリ。アリアリーナが宮から出てくるのを待ち伏せしていたのだろうか。最後の最後で面倒な男に呼び止められたと、アリアリーナは空を仰いだ。朝食の時間、異常なまでに静かだったのは、彼女を待ち伏せするつもりだったからなのかもしれない。
「お元気で。またお会いできる日を心の底から……楽しみにしております」
ユーリは微笑する。目と口が弧を描いた。アリアリーナは「自分のもの」だと確信しているかのような笑みは、虫酸が走るほどに不快だ。ユーリに構っている猶予は、アリアリーナにはない。そう判断した彼女は、無言を貫き、ユーリの隣を通り過ぎる。少しも、彼の顔を見ずに――。
アリアリーナは、ヴィルヘルム、ダゼロラ公爵、ユーリと共に、朝食を取っていた。ツィンクラウン帝国南部の食事は非常に美味だと聞くが、それは過大評価でもなんでもない。アリアリーナの目の前に広がる食事は全て彼女の口に合っていた。ユーリさえ変人でなければ、南部に嫁いできても良いと思ってしまうほどに。
アリアリーナは黙々と食事を口に運び続ける。一度目の人生で、皇族お抱えの教師により徹底的に叩き込まれた作法は、二度目の人生にも大いに役に立っている。一度、舞踏会のダンス作法にて間違ったことを教えられ、貴族の面々の前で恥をかいたのは良い思い出だ。
「第四皇女殿下。ディオレント王国はいかがでしたか?」
「穏やかな国でした。人も、空気も、国柄も、全てが羨ましかったです。ディオレント王国で過ごした二週間は、とても充実した時間でした」
ディオレント王国について感じたことを素直に述べると、ダゼロラ公爵は分かりやすく目を泳がせる。何か気に障る言葉を言ってしまっただろうか、とアリアリーナは自身の発言を思い起こす。特に悪い点は見つからないが強いて言うならば、ツィンクラウン帝国の皇女ともあろう自分が、傘下国を「羨ましい」と口にした事実だろう。ダゼロラ公爵は、その一言に引っかかっているのだ。だからと言って、いちいち訂正はしてやらないが。
ディオレント王国の王城は、ツィンクラウン帝国の皇城よりずっと過ごしやすかった。命を脅かされたり、気持ちの悪い第一王子がいたりと気になる点はあったが、王城の快適度は、皇城とは桁違いに高かった。たった二週間という間で、アリアリーナはディオレント王国を好きになったのだ。
なんと返答していいか分からず未だ目を泳がせ続けているダゼロラ公爵に向かって、口を開く。
「ところで、先代皇弟殿下、私の大叔父様がお亡くなりになられたという話を伺いました。近いうちに葬儀が行われるでしょう。よって今日にはダゼロラ公爵城を出発したいと考えています」
「へっ……!?」
ダゼロラ公爵は再び目を見開き、アリアリーナを凝視する。
「今からここを出発しても、間に合わないでしょうが、早く帰る努力はするべきでしょう?」
アリアリーナが問いかけると、ダゼロラ公爵の目線は、ヴィルヘルムに向けられた。非難が込められた、サンフラワー色の目。ヴィルヘルムは素知らぬ顔で、サラダを上品に食べている。それを見たアリアリーナは、納得した。
昨日、ロルフが亡くなったという話をヴィルヘルムから聞いた。しかしそれは、ダゼロラ公爵に口止めされていたことだったのだ。そしてダゼロラ公爵も、皇城の何者かにより口止めされていた。「アリアリーナにだけは言わないように」と。先代皇帝の弟の葬儀にも出ない、帰ってこようともしない薄情者というレッテルを彼女に貼るつもりなのだろうか。皇帝や皇后、ほかの皇子や皇女の仕業だろうが、もはやどうでもいい。
「ダゼロラ公爵。大叔父様の訃報は、グリエンド公爵から聞いたわけではありませんよ。優秀な方に教えていただいたのです」
「………………」
ダゼロラ公爵は不安な面持ちでアリアリーナを見つめた。
「大丈夫ですよ。ダゼロラ公爵から聞いたとは誰にも言いません」
ダゼロラ公爵が求めていた答えを授けると、彼は心から安堵する溜息を吐いた。その姿を見て、アリアリーナはどいつもこいつも保身しか考えていないなと感じた。彼女の中で、ダゼロラ公爵の位置づけは大幅に下がったのであった。
宣言通り、アリアリーナとヴィルヘルムは、ダゼロラ公爵城滞在僅か二日目にして、出発することとなった。レイと共に荷物を纏め、客室を出る。馬車がある城の正門前までの道を歩く。
「お前の家族も暇人だな」
「……否定はしないわ。私を陥れることしか考えていないもの」
そう言うと、レイは軽く肩を竦めた。
実父である皇帝は、アリアリーナが誰に何をされていようとも見て見ぬフリを決め込む。継母である皇后は、皇帝の関心がアリアリーナに向けられていないのをいいことに、やりたい放題、言いたい放題だ。ほかの皇子も皇女も、変わらない。皇太女であるシルヴィリーナと、ヴィルヘルムといずれ結ばれるであろうエナヴェリーナは、別かもしれないが。アリアリーナからしたら全員同類だ。
頭の中に浮かんできた顔を全て打ち消し、真っ白な状態にした、その時。
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柱の影から現れたのは、ユーリ。アリアリーナが宮から出てくるのを待ち伏せしていたのだろうか。最後の最後で面倒な男に呼び止められたと、アリアリーナは空を仰いだ。朝食の時間、異常なまでに静かだったのは、彼女を待ち伏せするつもりだったからなのかもしれない。
「お元気で。またお会いできる日を心の底から……楽しみにしております」
ユーリは微笑する。目と口が弧を描いた。アリアリーナは「自分のもの」だと確信しているかのような笑みは、虫酸が走るほどに不快だ。ユーリに構っている猶予は、アリアリーナにはない。そう判断した彼女は、無言を貫き、ユーリの隣を通り過ぎる。少しも、彼の顔を見ずに――。
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