上 下
44 / 185

第44話 帰りましょう

しおりを挟む
 ダゼロラ公爵城滞在二日目。
 アリアリーナは、ヴィルヘルム、ダゼロラ公爵、ユーリと共に、朝食を取っていた。ツィンクラウン帝国南部の食事は非常に美味だと聞くが、それは過大評価でもなんでもない。アリアリーナの目の前に広がる食事は全て彼女の口に合っていた。ユーリさえ変人でなければ、南部に嫁いできても良いと思ってしまうほどに。
 アリアリーナは黙々と食事を口に運び続ける。一度目の人生で、皇族お抱えの教師により徹底的に叩き込まれた作法は、二度目の人生にも大いに役に立っている。一度、舞踏会のダンス作法にて間違ったことを教えられ、貴族の面々の前で恥をかいたのは良い思い出だ。

「第四皇女殿下。ディオレント王国はいかがでしたか?」
「穏やかな国でした。人も、空気も、国柄も、全てが羨ましかったです。ディオレント王国で過ごした二週間は、とても充実した時間でした」

 ディオレント王国について感じたことを素直に述べると、ダゼロラ公爵は分かりやすく目を泳がせる。何か気にさわる言葉を言ってしまっただろうか、とアリアリーナは自身の発言を思い起こす。特に悪い点は見つからないが強いて言うならば、ツィンクラウン帝国の皇女ともあろう自分が、傘下国を「羨ましい」と口にした事実だろう。ダゼロラ公爵は、その一言に引っかかっているのだ。だからと言って、いちいち訂正はしてやらないが。
 ディオレント王国の王城は、ツィンクラウン帝国の皇城よりずっと過ごしやすかった。命を脅かされたり、気持ちの悪い第一王子がいたりと気になる点はあったが、王城の快適度は、皇城とは桁違けたちがいに高かった。たった二週間という間で、アリアリーナはディオレント王国を好きになったのだ。
 なんと返答していいか分からず未だ目を泳がせ続けているダゼロラ公爵に向かって、口を開く。

「ところで、先代皇弟殿下、私の大叔父おおおじ様がお亡くなりになられたという話を伺いました。近いうちに葬儀が行われるでしょう。よって今日にはダゼロラ公爵城を出発したいと考えています」
「へっ……!?」

 ダゼロラ公爵は再び目を見開き、アリアリーナを凝視する。

「今からここを出発しても、間に合わないでしょうが、早く帰る努力はするべきでしょう?」

 アリアリーナが問いかけると、ダゼロラ公爵の目線は、ヴィルヘルムに向けられた。非難が込められた、サンフラワー色の目。ヴィルヘルムは素知らぬ顔で、サラダを上品に食べている。それを見たアリアリーナは、納得した。
 昨日、ロルフが亡くなったという話をヴィルヘルムから聞いた。しかしそれは、ダゼロラ公爵に口止めされていたことだったのだ。そしてダゼロラ公爵も、皇城の何者かにより口止めされていた。「アリアリーナにだけは言わないように」と。先代皇帝の弟の葬儀にも出ない、帰ってこようともしない薄情者というレッテルを彼女に貼るつもりなのだろうか。皇帝や皇后、ほかの皇子や皇女の仕業だろうが、もはやどうでもいい。

「ダゼロラ公爵。大叔父様の訃報ふほうは、グリエンド公爵から聞いたわけではありませんよ。優秀な方に教えていただいたのです」
「………………」

 ダゼロラ公爵は不安な面持ちでアリアリーナを見つめた。

「大丈夫ですよ。ダゼロラ公爵から聞いたとは誰にも言いません」

 ダゼロラ公爵が求めていた答えを授けると、彼は心から安堵する溜息を吐いた。その姿を見て、アリアリーナはどいつもこいつも保身しか考えていないなと感じた。彼女の中で、ダゼロラ公爵の位置づけは大幅に下がったのであった。



 宣言通り、アリアリーナとヴィルヘルムは、ダゼロラ公爵城滞在僅か二日目にして、出発することとなった。レイと共に荷物を纏め、客室を出る。馬車がある城の正門前までの道を歩く。

「お前の家族も暇人だな」
「……否定はしないわ。私を陥れることしか考えていないもの」

 そう言うと、レイは軽く肩を竦めた。
 実父である皇帝は、アリアリーナが誰に何をされていようとも見て見ぬフリを決め込む。継母である皇后は、皇帝の関心がアリアリーナに向けられていないのをいいことに、やりたい放題、言いたい放題だ。ほかの皇子も皇女も、変わらない。皇太女であるシルヴィリーナと、ヴィルヘルムといずれ結ばれるであろうエナヴェリーナは、別かもしれないが。アリアリーナからしたら全員同類だ。
 頭の中に浮かんできた顔を全て打ち消し、真っ白な状態にした、その時。

「アリアリーナ皇女殿下」

 柱の影から現れたのは、ユーリ。アリアリーナが宮から出てくるのを待ち伏せしていたのだろうか。最後の最後で面倒な男に呼び止められたと、アリアリーナは空を仰いだ。朝食の時間、異常なまでに静かだったのは、彼女を待ち伏せするつもりだったからなのかもしれない。

「お元気で。またお会いできる日を心の底から……楽しみにしております」

 ユーリは微笑する。目と口が弧を描いた。アリアリーナは「自分のもの」だと確信しているかのような笑みは、虫酸むしずが走るほどに不快だ。ユーリに構っている猶予ゆうよは、アリアリーナにはない。そう判断した彼女は、無言を貫き、ユーリの隣を通り過ぎる。少しも、彼の顔を見ずに――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

この傷を見せないで

豆狸
恋愛
令嬢は冤罪で処刑され過去へ死に戻った。 なろう様でも公開中です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

本当によろしいのでしょうか。(本編完結済み)*冒険者シエンの日常公開中(ファンタジー)

レイ
恋愛
ある日突然、幼なじみに、パーティ追放を命じられた。15年近く一緒に過ごしてきて、性別間違えるとか何なんっ!?いや、ほんと文句言いたいです! とりあえず、やっと解放されました! これで自由に…え?なれない? ん?本当にいいのか?って?いいに決まってるじゃないですか! え、困るって? いや、そっちの都合とか知らんし。                                                                                                          パーティ追放を命じられた主人公。その主人公は実は…とんでもなくチートな高スペックだった。そんな主人公が、周りを盛大に巻き込みながら過ごしたり、幼なじみもとい、元パーティメンバーにざまぁしたり…。 最終的に、主人公が幸せになる話。                                                         *** 不定期更新です。              1ヶ月毎を目安に。          ***                  始めはファンタジー要素強め、後、恋愛要素強め(R入るかもしれない)。また、書き方が変わっています。ご了承を。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...