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第43話 因果関係
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「先代皇帝陛下の弟君が殺害されました」
運命は、いつだって残酷だ。
アリアリーナの息の根を止めるため、神は錆びついている運命の歯車をゆっくりとゆっくりと、回し始めるのだ。
上手く息ができない。視界も若干霞むが、ここで倒れてしまってはヴィルヘルムに弱みを見せてしまうことになる。アリアリーナは必死に耐えて、心を落ち着かせながら深呼吸する。窓に寄りかかり外を眺めた。
一度目の人生で皇族を殺す役目を果たしたため、今世においては皇族を殺す必要性はない。しかし誰かが、何者かが皇族を殺している。彼女のかつての役目を果たしているかのように――。
アリアリーナが殺害していた皇族は皆、ふたつの条件を満たしていた。ひとつ目、皇族の血縁であること。ふたつ目、過去にツィンクラウン姓を名乗ったこと。もしくは現在も名乗っていること。ふたつの条件をどちらも満たした者は、アリアリーナの刃の餌食となっていたのだ。今回殺された皇族も、そのふたつの条件を満たした者であるというわけだが……。
「まさか、ロルフ様が……」
ツィンクラウン先代皇帝。アリアリーナの祖父に当たる皇族。既に他界しており、彼女も会ったことはない。嫡男であったツィンクラウン先代皇帝には、八人の弟や妹、そして十人の子がいた。先代皇帝の八人の弟妹の中で存命しているのは、ひとり。十人の子の中で存命しているのは、九人だ。
ロルフは先代皇帝の弟や妹の中で唯一、誰とも婚姻を結ばず皇城の端でひっそりと隠居生活を送っていた皇族だ。現在、皇子や皇女という肩書きを持たずして、ツィンクラウン姓を名乗っていたのは彼だけ。アリアリーナの皇族殺害リストの中でも、最高齢だった。そんな彼が、何者かにより殺された。先代皇帝の弟妹たちは皆亡くなってしまったのだ。
15歳で皇族に名を連ねたアリアリーナが殺害したのは、四人。三人は先代皇帝の弟と妹、ひとりは先代皇帝の子、悪質な金銭の取引や殺害などを行っていた救いようのない悪人だ。
ロルフは空気の如く生活していたことから、後回しにしていたのだ。危篤と聞いていたし、放っておいてもいずれ死ぬだろうと。前世ではそんなアリアリーナの予感が的中し、皇帝と皇后、異母姉のエナヴェリーナの殺害を実行する一年前、ひっそりと亡くなったのだ。葬儀は近親者のみで行われた。今世においても穏やかな最期を迎えるものとばかり思っていたのだが、そうとはいかなかったらしい。
「ご冥福をお祈りします。先代皇弟殿下……ロルフ様とはお会いしたことないけれど……さぞ無念の最期を迎えたことでしょう」
「そうですね。侍女に殺害されたというのが、なんとも……」
「侍女?」
「はい。一日三回の薬の服用の際、侍女が飲ませた薬がいつもの処方薬ではなく、劇薬だったそうです。侍女は既に極刑に処されておりますが、何者かが絡んでいそうですね」
ヴィルヘルムの推測に、アリアリーナは首肯して賛同した。
侍女が単なるミスをしたとは考えにくい。ヴィルヘルムもそれを予測していて、最初から「殺害されました」と言っていたのだろう。
彼はそっと近寄ってくる。辺りを見渡し人がいないことを確認すると、アリアリーナの耳元で囁く。
「第四皇女殿下を殺害しようとしている黒幕と、何かしらの因果関係があるのではないですか?」
核心を突かれたアリアリーナは、喫驚する。ゴクリと喉を鳴らした音が、ヴィルヘルムに聞こえてしまった。チラリと彼を見上げると、思いのほか近くに、とんでもない美貌があった。できるだけ自然に目を逸らす。
彼の言う通り、アリアリーナが殺害されそうになった事件との因果関係を一概には否定できない。ところが、決めつけることもできないのだ。
本当に、侍女のミスで起こった不慮の事故だったら。
劇薬によりロルフが亡くなったのと、アリアリーナが殺されそうになった事件との因果関係がなかったら。
そこまで思案したところで、彼女は小さく息を吐く。オパールグリーンの眸子を瞼が覆い隠し、白銀の睫毛で作られたカーテンが揺れる。
「因果関係があるかもしれないと想定しておくことは大事ね。ロルフ様が殺害されただけでは確証が得られないもの」
ヴィルヘルムはアリアリーナの頬に手を伸ばす。触れようとして、すんでのところで止まる。手を下ろし、彼女の手を握った。
「……俺は、心配です」
「何が?」
アリアリーナは目を開ける。ヴィルヘルムに握られた手が熱い。
「あなたがいつか、俺の目の前で死んでしまわないか」
酷く切なげな目に見つめられる。アリアリーナは口角を上げた。ヴィルヘルムに握られていないほうの手で、彼の肩を撫でる。
「もしそうなったら、あなたにとっては幸せなことよ」
(あなたの全てを奪うだけ奪って、生き地獄へ投じた張本人がいなくなるのだから)
アリアリーナはヴィルヘルムの肩を押し返した。ふたりの距離は離れる。唖然とする彼を置いて、客室への道を行く。このまま、彼の目の前から姿を消すことができれば、いいのに。
運命は、いつだって残酷だ。
アリアリーナの息の根を止めるため、神は錆びついている運命の歯車をゆっくりとゆっくりと、回し始めるのだ。
上手く息ができない。視界も若干霞むが、ここで倒れてしまってはヴィルヘルムに弱みを見せてしまうことになる。アリアリーナは必死に耐えて、心を落ち着かせながら深呼吸する。窓に寄りかかり外を眺めた。
一度目の人生で皇族を殺す役目を果たしたため、今世においては皇族を殺す必要性はない。しかし誰かが、何者かが皇族を殺している。彼女のかつての役目を果たしているかのように――。
アリアリーナが殺害していた皇族は皆、ふたつの条件を満たしていた。ひとつ目、皇族の血縁であること。ふたつ目、過去にツィンクラウン姓を名乗ったこと。もしくは現在も名乗っていること。ふたつの条件をどちらも満たした者は、アリアリーナの刃の餌食となっていたのだ。今回殺された皇族も、そのふたつの条件を満たした者であるというわけだが……。
「まさか、ロルフ様が……」
ツィンクラウン先代皇帝。アリアリーナの祖父に当たる皇族。既に他界しており、彼女も会ったことはない。嫡男であったツィンクラウン先代皇帝には、八人の弟や妹、そして十人の子がいた。先代皇帝の八人の弟妹の中で存命しているのは、ひとり。十人の子の中で存命しているのは、九人だ。
ロルフは先代皇帝の弟や妹の中で唯一、誰とも婚姻を結ばず皇城の端でひっそりと隠居生活を送っていた皇族だ。現在、皇子や皇女という肩書きを持たずして、ツィンクラウン姓を名乗っていたのは彼だけ。アリアリーナの皇族殺害リストの中でも、最高齢だった。そんな彼が、何者かにより殺された。先代皇帝の弟妹たちは皆亡くなってしまったのだ。
15歳で皇族に名を連ねたアリアリーナが殺害したのは、四人。三人は先代皇帝の弟と妹、ひとりは先代皇帝の子、悪質な金銭の取引や殺害などを行っていた救いようのない悪人だ。
ロルフは空気の如く生活していたことから、後回しにしていたのだ。危篤と聞いていたし、放っておいてもいずれ死ぬだろうと。前世ではそんなアリアリーナの予感が的中し、皇帝と皇后、異母姉のエナヴェリーナの殺害を実行する一年前、ひっそりと亡くなったのだ。葬儀は近親者のみで行われた。今世においても穏やかな最期を迎えるものとばかり思っていたのだが、そうとはいかなかったらしい。
「ご冥福をお祈りします。先代皇弟殿下……ロルフ様とはお会いしたことないけれど……さぞ無念の最期を迎えたことでしょう」
「そうですね。侍女に殺害されたというのが、なんとも……」
「侍女?」
「はい。一日三回の薬の服用の際、侍女が飲ませた薬がいつもの処方薬ではなく、劇薬だったそうです。侍女は既に極刑に処されておりますが、何者かが絡んでいそうですね」
ヴィルヘルムの推測に、アリアリーナは首肯して賛同した。
侍女が単なるミスをしたとは考えにくい。ヴィルヘルムもそれを予測していて、最初から「殺害されました」と言っていたのだろう。
彼はそっと近寄ってくる。辺りを見渡し人がいないことを確認すると、アリアリーナの耳元で囁く。
「第四皇女殿下を殺害しようとしている黒幕と、何かしらの因果関係があるのではないですか?」
核心を突かれたアリアリーナは、喫驚する。ゴクリと喉を鳴らした音が、ヴィルヘルムに聞こえてしまった。チラリと彼を見上げると、思いのほか近くに、とんでもない美貌があった。できるだけ自然に目を逸らす。
彼の言う通り、アリアリーナが殺害されそうになった事件との因果関係を一概には否定できない。ところが、決めつけることもできないのだ。
本当に、侍女のミスで起こった不慮の事故だったら。
劇薬によりロルフが亡くなったのと、アリアリーナが殺されそうになった事件との因果関係がなかったら。
そこまで思案したところで、彼女は小さく息を吐く。オパールグリーンの眸子を瞼が覆い隠し、白銀の睫毛で作られたカーテンが揺れる。
「因果関係があるかもしれないと想定しておくことは大事ね。ロルフ様が殺害されただけでは確証が得られないもの」
ヴィルヘルムはアリアリーナの頬に手を伸ばす。触れようとして、すんでのところで止まる。手を下ろし、彼女の手を握った。
「……俺は、心配です」
「何が?」
アリアリーナは目を開ける。ヴィルヘルムに握られた手が熱い。
「あなたがいつか、俺の目の前で死んでしまわないか」
酷く切なげな目に見つめられる。アリアリーナは口角を上げた。ヴィルヘルムに握られていないほうの手で、彼の肩を撫でる。
「もしそうなったら、あなたにとっては幸せなことよ」
(あなたの全てを奪うだけ奪って、生き地獄へ投じた張本人がいなくなるのだから)
アリアリーナはヴィルヘルムの肩を押し返した。ふたりの距離は離れる。唖然とする彼を置いて、客室への道を行く。このまま、彼の目の前から姿を消すことができれば、いいのに。
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