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第36話 最強のタッグ
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暗闇の中、慎重に階段を下りていく。ほんのりと臙脂色の光が見えてくると共に、何人かの話し声が聞こえてきた。気配を最大限消して、最後の一段を下りる。
地下は、広々とした空間だった。一室にあるのは、木製の安いテーブルと椅子、そして棚とどこに続いているのかも分からない扉だけ。棚の上には、姿形は歪だが辛うじて女神だと分かる像と、お香が置いてあった。
部屋には、五人の暗殺者。〝踊る夜〟の組織員。全員男だ。彼らは、アリアリーナとレイの姿を凝視していた。
「アンタたちがツィンクラウンの皇女を殺すと名乗り出た勇敢な暗殺者か。ほら、座りな」
唯一、椅子に腰掛けていた暗殺者、ボスらしき人物が、向かい側にあるふたつの椅子に誘導した。レイは断ろうとするが、アリアリーナは威風堂々と歩き出し、我が物顔で椅子に座る。彼女の行動に、レイは聞こえぬよう軽く息を吐くと、自らも椅子に腰を下ろしたのだった。
「店主のオッサンを虐めたと聞いたが、どこで皇女暗殺の話を聞きつけた?」
正面に座る暗殺者の男が身を乗り出し、レイとアリアリーナを睨みつける。放たれる殺気は、心地が悪い。彼だけでなく、ほかの四人も暗殺者としての武器をチラつかせながら威圧をかけてくる。気分は、良いものとは言えなかった。
しかしながら、暗殺者の男が疑うのも頷ける。秘密裏に企てていたアリアリーナ第四皇女の暗殺計画が外部に漏れていたのだから。それも、たった一度の依頼で。彼らからしたら、こんなにも早く情報が漏れるとは思っていなかったのだろう。
「王城に滞在中の皇女の世話を任されている侍女を脅して得た話だ。侍女にはいつも世話になっているからな」
レイはさも当たり前に答える。いつも世話になっている、と言うだけで、彼が日頃から侍女を脅して何かしらの情報を得ているという背景を想像することができる。もちろん全て嘘なのだが、微塵もそれを感じさせない彼に、アリアリーナは感慨無量となる。暗殺者の男も彼の供述は正しいと判断したらしく、頷きを見せた。
そこで、暗殺者の男の背後にした丸刈りの男が突如として動き出し、お香を焚き始めた。
「だがなぜ、皇女殺害計画を企てているのがオレたち〝踊る夜〟だと分かった? 自分で言うのもなんだが、オレたちは裏世界でも無名だ。その辺の暗殺者じゃあ割り出せねぇだろ」
暗殺者の男の主張はもっともだ。アリアリーナの世話をする侍女を脅して得た情報だと言っても、実行に移した暗殺者の思惑、彼の背後にいる組織までは割り出せないはずだ。それに、実行犯である暗殺者は既に死亡している。そんなタイミングで現れたアリアリーナとレイを、〝踊る夜〟の彼らが心底疑うのは、当然と言えよう。
アリアリーナは、どうしたものかと俯く。するとレイの手が、視界に入った。彼は指を折り曲げ、とある一点を指さしている。不自然に思われぬようアリアリーナが顔を上げると、彼の指先が丸刈りの男に向けられているのが分かった。否、丸刈りの男ではなく、彼が焚くお香だ。〝踊る夜〟と取引した経験のある者たちは皆、意識が朦朧としているうちに取引が纏まっていた、気がついたら頷いてしまっていたと証言していたらしい。
(まさか、あのお香が?)
アリアリーナは内心驚愕する。お香の成分はかなり強いものなのか、ありとあらゆる物に耐性があるレイさえも、船を漕ぎ始めている。身の安全を確保するための呪術を施すと申し出たアリアリーナに対して、首を横に振ったのは彼だ。自業自得ではあるが、彼は一流の暗殺者。頭の位置がなかなか定まらないが、意識は保てている様子だ。どの道、早いところ決着をつけたほうが良さそうだ。そう判断したアリアリーナは、突如として椅子から立ち上がる。
「なぜ、私たちがあなた方を見つけ出せたか、聞きたい?」
パチン、と指を鳴らし変装の呪術を意図的に解いたあと、ゆっくりとローブのフードを脱いだ。白銀色の長髪が波打つ。オパールグリーンの双眸が美しい、絶世の美女が現れる。
「私が、ツィンクラウンの皇女、アリアリーナだからよ」
アリアリーナの宣言に、五人の暗殺者たちは唖然とする。レイさえも、何やってんだと頭を抱えてしまっていた。
アリアリーナは足を進め、丸刈りの男に近寄る。彼の横に立ち、莞爾として微笑む。
「私を襲った暗殺者が教えてくれたのよ。あなたたちから依頼を受けたって」
そう言って、お香を消す。直後、丸刈りの男が拳を叩きつけてきた。アリアリーナは体勢を低くして、殴られるのを間一髪で避けたあと、太腿部分に装着していた短剣を引き抜く。丸刈りの男の喉をひと突き。傷は浅いが、致命傷だ。男が倒れると、ふたりの暗殺者に同時に襲われる。軽く跳躍し、攻撃を躱す。
(まずは、右)
右側の暗殺者の首に長い脚を巻きつけ、短剣を振り下ろす。血飛沫が舞い、一瞬視界を覆われるが、気にしない。もうひとりの暗殺者の襲撃を絶命した男の肉壁で防ごうとするが、どうやらそれは必要なかったみたいだ。なぜならば、レイがもう既に、もうひとりの暗殺者の首を飛ばしていたから。よく見ると、さらにひとり、血溜まりの池に浸かっている男がいる。アリアリーナが苦戦している最中に、レイがふたりを仕留めたらしい。まだお香の影響により、どことなくフラフラしているはずなのに、その状況でも確実に敵を仕留めてしまうとは。暗殺の技術だけに関して言えば、彼には遠く及ばないみたいだ。アリアリーナはレイの強さに、脱帽した。
「な、なんなんだ、アンタたちは……」
ボスと思わしき男は、震える声で呟く。逃げようとしたため、レイが椅子を蹴り飛ばした。男は椅子から無事に転げ落ち、振り返る。最強のタッグは、男に向かって切っ先を突きつけたのであった。
地下は、広々とした空間だった。一室にあるのは、木製の安いテーブルと椅子、そして棚とどこに続いているのかも分からない扉だけ。棚の上には、姿形は歪だが辛うじて女神だと分かる像と、お香が置いてあった。
部屋には、五人の暗殺者。〝踊る夜〟の組織員。全員男だ。彼らは、アリアリーナとレイの姿を凝視していた。
「アンタたちがツィンクラウンの皇女を殺すと名乗り出た勇敢な暗殺者か。ほら、座りな」
唯一、椅子に腰掛けていた暗殺者、ボスらしき人物が、向かい側にあるふたつの椅子に誘導した。レイは断ろうとするが、アリアリーナは威風堂々と歩き出し、我が物顔で椅子に座る。彼女の行動に、レイは聞こえぬよう軽く息を吐くと、自らも椅子に腰を下ろしたのだった。
「店主のオッサンを虐めたと聞いたが、どこで皇女暗殺の話を聞きつけた?」
正面に座る暗殺者の男が身を乗り出し、レイとアリアリーナを睨みつける。放たれる殺気は、心地が悪い。彼だけでなく、ほかの四人も暗殺者としての武器をチラつかせながら威圧をかけてくる。気分は、良いものとは言えなかった。
しかしながら、暗殺者の男が疑うのも頷ける。秘密裏に企てていたアリアリーナ第四皇女の暗殺計画が外部に漏れていたのだから。それも、たった一度の依頼で。彼らからしたら、こんなにも早く情報が漏れるとは思っていなかったのだろう。
「王城に滞在中の皇女の世話を任されている侍女を脅して得た話だ。侍女にはいつも世話になっているからな」
レイはさも当たり前に答える。いつも世話になっている、と言うだけで、彼が日頃から侍女を脅して何かしらの情報を得ているという背景を想像することができる。もちろん全て嘘なのだが、微塵もそれを感じさせない彼に、アリアリーナは感慨無量となる。暗殺者の男も彼の供述は正しいと判断したらしく、頷きを見せた。
そこで、暗殺者の男の背後にした丸刈りの男が突如として動き出し、お香を焚き始めた。
「だがなぜ、皇女殺害計画を企てているのがオレたち〝踊る夜〟だと分かった? 自分で言うのもなんだが、オレたちは裏世界でも無名だ。その辺の暗殺者じゃあ割り出せねぇだろ」
暗殺者の男の主張はもっともだ。アリアリーナの世話をする侍女を脅して得た情報だと言っても、実行に移した暗殺者の思惑、彼の背後にいる組織までは割り出せないはずだ。それに、実行犯である暗殺者は既に死亡している。そんなタイミングで現れたアリアリーナとレイを、〝踊る夜〟の彼らが心底疑うのは、当然と言えよう。
アリアリーナは、どうしたものかと俯く。するとレイの手が、視界に入った。彼は指を折り曲げ、とある一点を指さしている。不自然に思われぬようアリアリーナが顔を上げると、彼の指先が丸刈りの男に向けられているのが分かった。否、丸刈りの男ではなく、彼が焚くお香だ。〝踊る夜〟と取引した経験のある者たちは皆、意識が朦朧としているうちに取引が纏まっていた、気がついたら頷いてしまっていたと証言していたらしい。
(まさか、あのお香が?)
アリアリーナは内心驚愕する。お香の成分はかなり強いものなのか、ありとあらゆる物に耐性があるレイさえも、船を漕ぎ始めている。身の安全を確保するための呪術を施すと申し出たアリアリーナに対して、首を横に振ったのは彼だ。自業自得ではあるが、彼は一流の暗殺者。頭の位置がなかなか定まらないが、意識は保てている様子だ。どの道、早いところ決着をつけたほうが良さそうだ。そう判断したアリアリーナは、突如として椅子から立ち上がる。
「なぜ、私たちがあなた方を見つけ出せたか、聞きたい?」
パチン、と指を鳴らし変装の呪術を意図的に解いたあと、ゆっくりとローブのフードを脱いだ。白銀色の長髪が波打つ。オパールグリーンの双眸が美しい、絶世の美女が現れる。
「私が、ツィンクラウンの皇女、アリアリーナだからよ」
アリアリーナの宣言に、五人の暗殺者たちは唖然とする。レイさえも、何やってんだと頭を抱えてしまっていた。
アリアリーナは足を進め、丸刈りの男に近寄る。彼の横に立ち、莞爾として微笑む。
「私を襲った暗殺者が教えてくれたのよ。あなたたちから依頼を受けたって」
そう言って、お香を消す。直後、丸刈りの男が拳を叩きつけてきた。アリアリーナは体勢を低くして、殴られるのを間一髪で避けたあと、太腿部分に装着していた短剣を引き抜く。丸刈りの男の喉をひと突き。傷は浅いが、致命傷だ。男が倒れると、ふたりの暗殺者に同時に襲われる。軽く跳躍し、攻撃を躱す。
(まずは、右)
右側の暗殺者の首に長い脚を巻きつけ、短剣を振り下ろす。血飛沫が舞い、一瞬視界を覆われるが、気にしない。もうひとりの暗殺者の襲撃を絶命した男の肉壁で防ごうとするが、どうやらそれは必要なかったみたいだ。なぜならば、レイがもう既に、もうひとりの暗殺者の首を飛ばしていたから。よく見ると、さらにひとり、血溜まりの池に浸かっている男がいる。アリアリーナが苦戦している最中に、レイがふたりを仕留めたらしい。まだお香の影響により、どことなくフラフラしているはずなのに、その状況でも確実に敵を仕留めてしまうとは。暗殺の技術だけに関して言えば、彼には遠く及ばないみたいだ。アリアリーナはレイの強さに、脱帽した。
「な、なんなんだ、アンタたちは……」
ボスと思わしき男は、震える声で呟く。逃げようとしたため、レイが椅子を蹴り飛ばした。男は椅子から無事に転げ落ち、振り返る。最強のタッグは、男に向かって切っ先を突きつけたのであった。
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