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第35話 いざ、突入
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次の日。蒼穹が美しい中、ディオレント国王と共に平民の地の視察に向かう予定だというヴィルヘルムを客室から追い出したアリアリーナは、レイとふたり過ごしていた。
「昨日言っていた暗殺組織の情報を教えてくれる?」
「あぁ」
レイは、ティーカップを差し出しながら頷いた。
「アリアも既に知っている通り暗殺者に依頼をしたのは、〝踊る夜〟という暗殺組織だ。新興の組織で、裏世界では無名もいいところ。俺も、ほかの暗殺者たちも知らなかった。正確な拠点はまだ不明だが……恐らくディオレントの王都だ。ヤツらは取引をする際、必ずとある酒場を利用している」
〝踊る夜〟。裏世界でもほとんど名が知られていないほどの新興の暗殺組織だ。依頼などの取引をする際、同じ酒場を利用しているという。
「多少手荒な方法で酒場の店主に吐かせたらこれがどんぴしゃりだ。酒場の地下で取引が行われているらしい」
可愛い顔をして容赦なく猛毒を吐くレイに、アリアリーナは黙然とした。多少手荒な方法と言っているが、詳細は聞かないのが身のためだ。聞いてしまったが最後、飲み物も喉を通らくなってしまうかもしれないから。
そう言えば襲撃してきた暗殺者は、取引の際に意識が朦朧とし、ほぼ無意識のうちに依頼を受けていたと言っていた。アリアリーナは口を開く。
「私を襲撃した暗殺者が、取引の際に意識が朦朧としていたという点に引っかかったのだけど、薬とかそういう類の物も使っているのかしら?」
「そこまではまだ分からない。詳しく調査する必要があるけど……もどかしいから俺が行くことにする。そうすれば速攻で万事解決だろ」
「レイ自身が? なら私も行くわ」
爆弾発言を投下すると、レイは目を見張った。直後、顔面を青白く染め上げて首を左右に振った。
「なっに考えてんだバカ! 自分が誰か忘れたのか?」
「別にいいでしょう? あなたがいるなら大丈夫よ。それに、私もやられてばかりの小娘ではないわ」
オパールグリーンの瞳に、強い意志が宿った。「それはあなたが一番よく分かっているでしょう?」とでも言いたげな目だ。レイをじっと見つめる。
「っ~~~分かったよ! 一緒に連れていけばいいんだろ? 絶対に危ない真似だけはするなよ」
至近距離でレイに忠告される。アリアリーナはティーカップの取っ手に指を添え、そっと持ち上げる。そして優雅に紅茶を飲んだ。「聞いてるのか!?」と背後で騒がしい声が聞こえるが、無視しておこう。鼻から抜けていくほのかな香りを楽しみながら、決行の夜に胸を踊らせたのであった。
決行当日の夜。ヴィルヘルムに対して、アデリンと女子会をするため夜は遅くなるという嘘をついたアリアリーナは、レイと一緒に夜の王都に向かった。呪術で様相を変化させ透明の結界を張り巡らせた彼女は、漆黒のローブを目深に被っている。レイも同様に、ローブを纏っていた。
レイによると、〝踊る夜〟の取引場所がある酒場は、城下町の路地の入り組んだ場所に位置しているという。彼の後ろにぴたりと張りつき、薄暗い路地を通る。娼館に属する娼婦の手を躱しながら、お目当ての場所に到着。レイと顔を見合せて頷き合う。いざ彼が扉を開けると、光が飛び込んできた。酒場は、多くの客で賑わっている。そう大して広くはない空間に人が犇めき合っていた。ふたりはできるだけ人の目に留まらぬよう、酒場の奥まで足を進める。レイがカウンターの席に座り、店主を呼びつけた。
「いらっしゃ、…………あ、アンタは……」
頭頂部が寂しい小太りの店主は、フードの隙間から垣間見えるアザーブルーとシャルトルーズイエローの虹彩異色症に見覚えがあったのか、静かに息を呑んだ。余程、レイに恐怖心を抱いているらしい。レイは黒の手袋に包まれた人差し指を下に向け、トンッとテーブルを啄く。そして店主を睥睨した。「下に通せ」と訴えかける一連の行動に、店主は震えながら頷く。
「た、ただいま」
店主はカウンターを出て、アリアリーナとレイをさらに店の奥へと案内する。個室が立ち並ぶうちのひとつの部屋に入ると、一部に固められていた荷物を退かし始めた。巧妙に隠された床の扉を開けた。階段の向こう、暗澹たる暗闇が続いている。
「ボスには既に……話を通してあります……。で、では、私はこれでっ」
「おい」
「はひっ!」
レイに呼び止められた店主は、声を裏返しながら立ち止まる。
「誰にも言うなよ」
「っ~~も、もちろんですっ……!」
脂をたっぷりと含んだ額に大量の汗を掻いた店主は、首が捥げるほどに何度も首を縦に振った。そして背を向けて部屋を出ていったのであった。
一体何をされたら、あそこまで怯える羽目となるのか。アリアリーナは口元に手を押し当て、レイを刮目する。彼女からの視線を居心地悪く感じたレイは、眉間に皺を寄せていた。
「さて、行きましょうか」
「あぁ。覚悟してるとは思うけど、極力前に出るなよ」
レイに釘を刺されたアリアリーナは、今度こそ素直に首肯した。太腿部分と腰元に短剣が備えられていることを再度確認すると、レイのあとに続いて階段の一段目に足をかけたのであった。
「昨日言っていた暗殺組織の情報を教えてくれる?」
「あぁ」
レイは、ティーカップを差し出しながら頷いた。
「アリアも既に知っている通り暗殺者に依頼をしたのは、〝踊る夜〟という暗殺組織だ。新興の組織で、裏世界では無名もいいところ。俺も、ほかの暗殺者たちも知らなかった。正確な拠点はまだ不明だが……恐らくディオレントの王都だ。ヤツらは取引をする際、必ずとある酒場を利用している」
〝踊る夜〟。裏世界でもほとんど名が知られていないほどの新興の暗殺組織だ。依頼などの取引をする際、同じ酒場を利用しているという。
「多少手荒な方法で酒場の店主に吐かせたらこれがどんぴしゃりだ。酒場の地下で取引が行われているらしい」
可愛い顔をして容赦なく猛毒を吐くレイに、アリアリーナは黙然とした。多少手荒な方法と言っているが、詳細は聞かないのが身のためだ。聞いてしまったが最後、飲み物も喉を通らくなってしまうかもしれないから。
そう言えば襲撃してきた暗殺者は、取引の際に意識が朦朧とし、ほぼ無意識のうちに依頼を受けていたと言っていた。アリアリーナは口を開く。
「私を襲撃した暗殺者が、取引の際に意識が朦朧としていたという点に引っかかったのだけど、薬とかそういう類の物も使っているのかしら?」
「そこまではまだ分からない。詳しく調査する必要があるけど……もどかしいから俺が行くことにする。そうすれば速攻で万事解決だろ」
「レイ自身が? なら私も行くわ」
爆弾発言を投下すると、レイは目を見張った。直後、顔面を青白く染め上げて首を左右に振った。
「なっに考えてんだバカ! 自分が誰か忘れたのか?」
「別にいいでしょう? あなたがいるなら大丈夫よ。それに、私もやられてばかりの小娘ではないわ」
オパールグリーンの瞳に、強い意志が宿った。「それはあなたが一番よく分かっているでしょう?」とでも言いたげな目だ。レイをじっと見つめる。
「っ~~~分かったよ! 一緒に連れていけばいいんだろ? 絶対に危ない真似だけはするなよ」
至近距離でレイに忠告される。アリアリーナはティーカップの取っ手に指を添え、そっと持ち上げる。そして優雅に紅茶を飲んだ。「聞いてるのか!?」と背後で騒がしい声が聞こえるが、無視しておこう。鼻から抜けていくほのかな香りを楽しみながら、決行の夜に胸を踊らせたのであった。
決行当日の夜。ヴィルヘルムに対して、アデリンと女子会をするため夜は遅くなるという嘘をついたアリアリーナは、レイと一緒に夜の王都に向かった。呪術で様相を変化させ透明の結界を張り巡らせた彼女は、漆黒のローブを目深に被っている。レイも同様に、ローブを纏っていた。
レイによると、〝踊る夜〟の取引場所がある酒場は、城下町の路地の入り組んだ場所に位置しているという。彼の後ろにぴたりと張りつき、薄暗い路地を通る。娼館に属する娼婦の手を躱しながら、お目当ての場所に到着。レイと顔を見合せて頷き合う。いざ彼が扉を開けると、光が飛び込んできた。酒場は、多くの客で賑わっている。そう大して広くはない空間に人が犇めき合っていた。ふたりはできるだけ人の目に留まらぬよう、酒場の奥まで足を進める。レイがカウンターの席に座り、店主を呼びつけた。
「いらっしゃ、…………あ、アンタは……」
頭頂部が寂しい小太りの店主は、フードの隙間から垣間見えるアザーブルーとシャルトルーズイエローの虹彩異色症に見覚えがあったのか、静かに息を呑んだ。余程、レイに恐怖心を抱いているらしい。レイは黒の手袋に包まれた人差し指を下に向け、トンッとテーブルを啄く。そして店主を睥睨した。「下に通せ」と訴えかける一連の行動に、店主は震えながら頷く。
「た、ただいま」
店主はカウンターを出て、アリアリーナとレイをさらに店の奥へと案内する。個室が立ち並ぶうちのひとつの部屋に入ると、一部に固められていた荷物を退かし始めた。巧妙に隠された床の扉を開けた。階段の向こう、暗澹たる暗闇が続いている。
「ボスには既に……話を通してあります……。で、では、私はこれでっ」
「おい」
「はひっ!」
レイに呼び止められた店主は、声を裏返しながら立ち止まる。
「誰にも言うなよ」
「っ~~も、もちろんですっ……!」
脂をたっぷりと含んだ額に大量の汗を掻いた店主は、首が捥げるほどに何度も首を縦に振った。そして背を向けて部屋を出ていったのであった。
一体何をされたら、あそこまで怯える羽目となるのか。アリアリーナは口元に手を押し当て、レイを刮目する。彼女からの視線を居心地悪く感じたレイは、眉間に皺を寄せていた。
「さて、行きましょうか」
「あぁ。覚悟してるとは思うけど、極力前に出るなよ」
レイに釘を刺されたアリアリーナは、今度こそ素直に首肯した。太腿部分と腰元に短剣が備えられていることを再度確認すると、レイのあとに続いて階段の一段目に足をかけたのであった。
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