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第32話 諦めたくても
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「あなたに、王となる覚悟はありますか?」
核心を突いた問いかけに、ハルデンは仰天する。
彼とて、まったく想像していたかったわけではない。自らが王となり、民たちを導く光となることを。あまりにも現実味を帯びていなかっただけで、彼も何度か王太子になる夢を見たことはある。
兄であるアードリアンは18歳。ハルデンは16歳。成人を迎えてから月日が経っている。もうそろそろ、彼らも、国王と王妃も、貴族たちも玉座を意識し本格的に動き出すタイミングだろう。周囲の人物も、薄々と気づいているかもしれない。次の王にふさわしいのは、アードリアンではなくハルデンであるということに。出会って数日しか経っていないが、少なくとも今の時点では、アリアリーナはハルデンに王の資格があると感じている。
ハルデンの男らしい喉仏が激しく上下した。
「俺の意志を問われているのであれば、第四皇女殿下のご期待に添える答えを出すことは……まだ難しいかと」
「……そうですか」
アリアリーナは肩を落とした。ハルデンから距離を取ろうとした瞬間、足音が聞こえた。ふたりは足音が反響した方向へ顔を向ける。
「何を、しているのですか?」
低い声。憤懣に塗れた声色に、アリアリーナの背筋が凍える。突如として温室に現れた男は、ヴィルヘルムであった。彼の美貌に、あからさまな怒りは見られないものの、雰囲気から怒っているのだと分かる。彼の登場により、温室の温度が何度か下がった。
暫し固まっていたハルデンは、ぴゃっとアリアリーナから離れる。両手を挙げ、無罪だと主張している。
「人気のない場所で、密着して……一体何をしていたのかと聞いているのですが」
ヴィルヘルムが近づいてくる。息もできないほどの圧迫感に、アリアリーナは後退る。目の前から近づく脅威に、自身の先程の行為を後悔した。誰も来ない場所だと高を括っていたが、まさかヴィルヘルムが現れるとは。それに、最悪の場面を目撃されてしまった。ハルデンは何も悪くはないため、面倒事に巻き込んでしまった罪悪感が凄まじい。
しかしながら、アリアリーナがどこで誰と何をしていようとも、ヴィルヘルムには到底関係のない話である。いくら彼がアリアリーナに興味があろうとも、もっと知りたいと謎の感情を抱いていたとしても、アリアリーナにとってはどうでも良いことなのだ。
彼が自身に向けている感情に名をつけかねていると、ハルデンが口を開く。
「特に、何もしていません。第四皇女殿下が兄上に絡まれているところをお助けし、雑談していただけです」
「雑談していただけだと……? あの愚王子から助けたフリを装ったのではないですか? 俺には、第二王子殿下が第四皇女殿下に無理に迫っている図にしか見えませんでしたが」
ハルデンの口から語られた真実が気に食わないのか、ヴィルヘルムは責める口調となる。
どちらかと言うと、彼女がハルデンに迫っている構図に見えたであろうが、ヴィルヘルムの目からは逆に見えたようだ。
アリアリーナは、ヴィルヘルムがアードリアンを「愚王子」と言ってのけてしまったことにも驚愕したが、何より彼が異常に不満げである事実にも驚いていた。
(これはもう……私がストーカーされてるわね)
片手で額を押さえる。
ストーカーの予備軍どころか、主力軍隊もいいところだ。異様に付き纏われたり、話しかけられたりと大変迷惑している日々が続いているが、以前のヴィルヘルムや一度目の人生の彼もこんな気持ちだったのだろうか。アリアリーナは初めて、彼の立場を経験してみて理解した。付き纏われることがどれほど精神的に辛いか、を。
(これじゃあ、諦めたくても諦められないじゃないの……)
大息を吐くと、突き刺さるような視線を感じた。
ヴィルヘルムへの恋心を殺さなければならないのに、殺そうと思えば思うほど、逆効果になっている気がする。命には代えられない。なんとかして、彼への想いを諦めて、代用品を殺さなければならない。それなのにヴィルヘルム自身が、それを邪魔してくるなんて――。アリアリーナというストーカーに付き纏われなくなって彼も嬉しいはず。遠慮なくエナヴェリーナと結ばれてほしいが、まったく思い通りになってくれやしない彼に、アリアリーナは再度溜息をついた。
「付き合ってられないわ」
アリアリーナは吐き捨て、温室をあとにするべく早足で歩き始めたのであった。ハルデンには悪いが、退散させてもらうことにしよう。背後から痛いほどの視線を感じるが、彼女は気にすることなく温室を立ち去ったのであった。
核心を突いた問いかけに、ハルデンは仰天する。
彼とて、まったく想像していたかったわけではない。自らが王となり、民たちを導く光となることを。あまりにも現実味を帯びていなかっただけで、彼も何度か王太子になる夢を見たことはある。
兄であるアードリアンは18歳。ハルデンは16歳。成人を迎えてから月日が経っている。もうそろそろ、彼らも、国王と王妃も、貴族たちも玉座を意識し本格的に動き出すタイミングだろう。周囲の人物も、薄々と気づいているかもしれない。次の王にふさわしいのは、アードリアンではなくハルデンであるということに。出会って数日しか経っていないが、少なくとも今の時点では、アリアリーナはハルデンに王の資格があると感じている。
ハルデンの男らしい喉仏が激しく上下した。
「俺の意志を問われているのであれば、第四皇女殿下のご期待に添える答えを出すことは……まだ難しいかと」
「……そうですか」
アリアリーナは肩を落とした。ハルデンから距離を取ろうとした瞬間、足音が聞こえた。ふたりは足音が反響した方向へ顔を向ける。
「何を、しているのですか?」
低い声。憤懣に塗れた声色に、アリアリーナの背筋が凍える。突如として温室に現れた男は、ヴィルヘルムであった。彼の美貌に、あからさまな怒りは見られないものの、雰囲気から怒っているのだと分かる。彼の登場により、温室の温度が何度か下がった。
暫し固まっていたハルデンは、ぴゃっとアリアリーナから離れる。両手を挙げ、無罪だと主張している。
「人気のない場所で、密着して……一体何をしていたのかと聞いているのですが」
ヴィルヘルムが近づいてくる。息もできないほどの圧迫感に、アリアリーナは後退る。目の前から近づく脅威に、自身の先程の行為を後悔した。誰も来ない場所だと高を括っていたが、まさかヴィルヘルムが現れるとは。それに、最悪の場面を目撃されてしまった。ハルデンは何も悪くはないため、面倒事に巻き込んでしまった罪悪感が凄まじい。
しかしながら、アリアリーナがどこで誰と何をしていようとも、ヴィルヘルムには到底関係のない話である。いくら彼がアリアリーナに興味があろうとも、もっと知りたいと謎の感情を抱いていたとしても、アリアリーナにとってはどうでも良いことなのだ。
彼が自身に向けている感情に名をつけかねていると、ハルデンが口を開く。
「特に、何もしていません。第四皇女殿下が兄上に絡まれているところをお助けし、雑談していただけです」
「雑談していただけだと……? あの愚王子から助けたフリを装ったのではないですか? 俺には、第二王子殿下が第四皇女殿下に無理に迫っている図にしか見えませんでしたが」
ハルデンの口から語られた真実が気に食わないのか、ヴィルヘルムは責める口調となる。
どちらかと言うと、彼女がハルデンに迫っている構図に見えたであろうが、ヴィルヘルムの目からは逆に見えたようだ。
アリアリーナは、ヴィルヘルムがアードリアンを「愚王子」と言ってのけてしまったことにも驚愕したが、何より彼が異常に不満げである事実にも驚いていた。
(これはもう……私がストーカーされてるわね)
片手で額を押さえる。
ストーカーの予備軍どころか、主力軍隊もいいところだ。異様に付き纏われたり、話しかけられたりと大変迷惑している日々が続いているが、以前のヴィルヘルムや一度目の人生の彼もこんな気持ちだったのだろうか。アリアリーナは初めて、彼の立場を経験してみて理解した。付き纏われることがどれほど精神的に辛いか、を。
(これじゃあ、諦めたくても諦められないじゃないの……)
大息を吐くと、突き刺さるような視線を感じた。
ヴィルヘルムへの恋心を殺さなければならないのに、殺そうと思えば思うほど、逆効果になっている気がする。命には代えられない。なんとかして、彼への想いを諦めて、代用品を殺さなければならない。それなのにヴィルヘルム自身が、それを邪魔してくるなんて――。アリアリーナというストーカーに付き纏われなくなって彼も嬉しいはず。遠慮なくエナヴェリーナと結ばれてほしいが、まったく思い通りになってくれやしない彼に、アリアリーナは再度溜息をついた。
「付き合ってられないわ」
アリアリーナは吐き捨て、温室をあとにするべく早足で歩き始めたのであった。ハルデンには悪いが、退散させてもらうことにしよう。背後から痛いほどの視線を感じるが、彼女は気にすることなく温室を立ち去ったのであった。
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