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第24話 眠るあなたに告げる嘘

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 ダゼロラ公爵家に滞在してから四日目。早朝、アリアリーナはレイとヴィルヘルムと共に、さらに南下したディオレント王国へと向かう。
 公爵城の正門前。

「第四皇女殿下。どうかお気をつけて」
「ダゼロラ公爵。ありがとうございます。ダゼロラ公爵も何卒お体にお気をつけくださいな」
「は、は、はい……」

 ダゼロラ公爵は、今にも消え入りそうな返事をした。やはりアリアリーナの変貌へんぼうぶりに、理解が及ばないようだ。

「ところで、ダゼロラ公爵令息。ここ二日ほど、ご体調を崩されていたとお聞きしましたが……」
「あ、あぁ、はい。完治とまではいきませんが、なんとか歩けるほどには回復しました。ご心配をおかけして申し訳ございません、アリアリーナ皇女殿下」

 どうやらユーリにかけた呪術の効果は、絶大だったらしい。
 顔色の悪いユーリは、おぼつかない足取りでアリアリーナに近づく。アリアリーナは少しも笑みを崩すことなく、彼を迎える。

「アリアリーナ皇女殿下、私のことはどうか、ユーリとお呼びください。いずれ夫婦となる仲なのですから」
「……かしこまりました。ユーリ」

 不快感を殺しきり、アリアリーナは首肯した。ユーリは彼女の手を取り、甲に甘い口づけを落とそうとした。ところが、彼女の隣にいたヴィルヘルムがそれを阻んだ。ユーリの手が叩き落とされる。

「行きましょう、第四皇女殿下」

 ヴィルヘルムは、ユーリの代わりにアリアリーナの手を支えそう言った。顔を覗き込んでくる彼の美を前にして、アリアリーナは胸の高鳴りを通り越して、酷くドン引きしていた。
 ヴィルヘルムのエスコートを受け、馬車に乗り込む。カーテンを開け、ふと窓の外を眺めると、ユーリが名残惜なごりおしそうにこちらを見つめていた。アリアリーナはファンサービスの一環いっかんとして、軽くウィンクをしてみる。するとユーリは歓喜の表情を浮かべた。何やら足をガクガクと震わせながら、股の中心を両手で押さえている。ダゼロラ公爵は愚息の醜態しゅうたいを見せぬよう、必死に隠していたが、丸見えだ。言及しては負けだと思ったアリアリーナは、気づかないフリを決め込んだのであった。

「……それで、なぜあなたまで馬車に乗っているの?」

 腕を組み、目の前に座るヴィルヘルムを問い詰める。
 アリアリーナの記憶が正しければ、彼はダゼロラ公爵家まで馬でやって来たはずだ。それにも拘わらず、馬には乗らずして馬車に乗り込んでいるではないか。不敬にもほどがあろう。

「俺には第四皇女殿下を守る義務があります。同じ馬車に乗るのは当然です」
「あら、あなたの中の常識を押しつけられても困るのだけど。今すぐ降りてちょうだい。それか、私の視界に入らないように努力して」

 あまりにも横暴な物言い。ヴィルヘルムはこくりと素直に頷くと、突如席を立ち、アリアリーナの隣に腰を下ろした。アリアリーナは眉間に皺を刻んだまま、隣に視線を移す。

「隣に座ったほうが視界に入らないかと思ったのですが、いかがでしょう?」
「………………」
「あぁ、ですが今の状況では第四皇女殿下が自ら、俺を視界に入れていますね」

(何コイツ)

 呆れて何も言えなくなってしまった。まともに話をするのも馬鹿馬鹿しく思えたアリアリーナは、窓の外を眺めることとした。ヴィルヘルムの奔放ほんぽうさに乱された心も、外の景色を眺めていれば幾分いくぶんか落ち着くだろうから。
 景色が移り変わる様を見つめ、ツィンクラウン帝国の土地の美しさに惚れ惚れとしていると、寝息が聞こえてきた。まさか、と恐る恐る隣を見る。

「………………ん、」

 小さな声を上げるのは、ヴィルヘルムであった。光に反射するバターブロンドの髪。下ろした前髪の隙間、長い睫毛が伏せられている。スッと通った鼻筋に、形の整った唇。僅かに開いたそこからは、寝息が盛れ出ていた。彼は完璧に眠りについていた。

「何が守る義務がある、よ。寝ていたら守れないでしょう」

 眠るヴィルヘルムに手を伸ばす。彼の前髪を掻き分け、頬に手を添えて、寝顔をおがみたい。指先が黄金の髪先に触れる直前、アリアリーナは動きを止める。指先を曲げ、ゆっくりと手を引いた。

「もう、あなたのことなんて、少しも好きじゃないの。やっぱり私、ユーリのことが好きみたい。ごめんね? グリエンド公爵」

 できるだけ高らかな声でそう告げて、顔を背ける。窓に映るアリアリーナは、悲痛に塗れた顔をしていた。
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