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第21話 不快感が勝る
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扉と鍵を閉められる。室内に、ふたりきり。手を掴まれたまま、アリアリーナは後退る。異様な空気感が流れる中、彼女は器用に手を払う。女性のか弱い力で簡単に手を振り払われてしまったユーリは、静かに瞠目した。しかし次の瞬間、恍惚とした表情を浮かべる。手を振り払われた事実さえも、彼にとっては興奮する出来事のひとつだというのだろうか。彼は、アリアリーナとの距離を確実に詰めてくる。見かねたアリアリーナは、左手を前に出す。
「それ以上、近づかないでいただけますか?」
対話を試みると、ユーリはピタリと足を止めた。アリアリーナの拒絶の意志がしっかりと伝わったらしい。
「警戒する様子も、とても可愛らしいですね、アリアリーナ皇女殿下。私は少し、特殊な性癖を持っているのですが……拒絶されればされるほど、興奮するのです」
ユーリは頬を真っ赤に染め上げながら、目前にいる気高き人を見つめる。男らしい喉仏が上下する様を見て、アリアリーナは彼が「冗談」を言っていないことを理解した。茶化したり、誤魔化したりするのは逆効果になるかもしれない。冷静に判断した彼女は、まっすぐとユーリを見据える。
「あぁ……その目、とても良いですね……。皇女殿下、どうかお願いです。私に神々しいあなたを抱かせてください」
ユーリは纏っているシャツをはだけさせる。胸筋の間をじっとりとした汗が流れ落ちていく。シャツ越しでも分かる隆々とした筋肉に、目を奪われそうになるが、すんでのところで耐える。
一度目の人生でも二度目の人生でも、男性経験はない。ヴィルヘルム一筋で、結局彼とも結ばれなかったため、記憶上もこの体も処女だ。溢れ出る男性の色気を前にして、耐性のないアリアリーナには毒である。
ユーリは歩を進める。ブルームーンストーン色の双眸に、さらに強く熱が宿る。雌を狙う雄の圧倒的な本能。アリアリーナ以外の女性であったならば、孕む側としてすぐにでも体を明け渡すだろう。しかし彼女は軽い女ではないし、ユーリのようにどことなく気持ち悪さを醸し出してくる男は論外だ。これでは、愛する努力をする以前の問題になりかねない。
さて、どうしようか。そんなことを考えている間にもユーリは距離を縮めてくる。呪術を使うにも、それは不可能。剣術や魔法のように、すぐに扱える術ではないからだ。暗殺の技術で身を守るしかない。
「さぁ、アリアリーナ皇女殿下。あなたの体を、ぜひとも堪能させ、」
刹那、ドンドン、という激しい音が聞こえてくる。ユーリは立ち止まり、振り返る。再び、ドンドン、と音が鳴る。誰かが、客室の扉を叩いているのだ。アリアリーナはゴクリと息を呑み、ゆっくりと扉に近づく。しかし、ユーリに腕を取られた。信じられない力でソファーに押し倒される。
「居留守を装うしかないみたいですね?」
見下ろされる。ユーリの手が頬に触れる。尋常ではない手汗が頬を濡らしたと同時に、限界に達したアリアリーナが長い脚を振り上げる。既に元気いっぱいであったユーリの局部に、その蹴りは見事にぶち当たる。ユーリが目をひん剥き怯んだ隙を逃がさず、彼の首にすかさず手刀を決め込んだ。彼は白目となり、アリアリーナの上に力なく倒れた。アリアリーナは彼の髪の毛を何本か引きちぎる。それとほぼ同時に、扉がある方向で轟音が鳴る。そちらを見遣ると、なんと扉が文字通りまっぷたつに折れていた。白煙の中、現れたのは、白金に輝く剣を持ったヴィルヘルムであった。彼はたった一本の剣で、いとも簡単に扉を叩き斬って見せたのだ。薄暗い中で一際輝きを放つ剣を鞘に納めた彼は、アリアリーナの姿を目に入れる。ブルーダイヤモンド色の目が見開かれた。
「第四皇女殿下……」
ヴィルヘルムは小声でそう呟き、すぐさま駆け寄ってきた。アリアリーナの上で意識を失っているユーリを見るなり、彼の顔から表情が消え去る。極寒の地を思わせる冷たい目で、暫しユーリを見下ろしたあと、ユーリを足蹴りして落とす。意識を失ったままのユーリは、ソファーから無様に転げ落ちたのであった。ヴィルヘルムはアリアリーナに手を差し伸べる。
「ご無事ですか?」
相変わらず、何を考えているか分からない顔。ちっともヴィルヘルムの考えが読めない。それなのに、この時ばかりは彼が自身を心配してくれているのを感じ取った。
アリアリーナは彼の手には縋らず、自ら身を起こす。そして脚を組む。寝間着の隙間から、艶かしい生脚があらわとなった。
「よくもいいところを邪魔してくれたわね? グリエンド公爵」
「……何を、」
「分からない? あなたくらいモテる男なら、経験もあるでしょう」
そう冷たく言い放つと、ソファーから立ち上がる。
「分かっていると思うけど、このことは内緒にしなさい」
誘惑するかの如く嬌笑を浮かべ、ヴィルヘルムとユーリを置いて客室をあとにしたのであった。そんなアリアリーナの背中を、ヴィルヘルムは淡々と見つめていたのであった。
「それ以上、近づかないでいただけますか?」
対話を試みると、ユーリはピタリと足を止めた。アリアリーナの拒絶の意志がしっかりと伝わったらしい。
「警戒する様子も、とても可愛らしいですね、アリアリーナ皇女殿下。私は少し、特殊な性癖を持っているのですが……拒絶されればされるほど、興奮するのです」
ユーリは頬を真っ赤に染め上げながら、目前にいる気高き人を見つめる。男らしい喉仏が上下する様を見て、アリアリーナは彼が「冗談」を言っていないことを理解した。茶化したり、誤魔化したりするのは逆効果になるかもしれない。冷静に判断した彼女は、まっすぐとユーリを見据える。
「あぁ……その目、とても良いですね……。皇女殿下、どうかお願いです。私に神々しいあなたを抱かせてください」
ユーリは纏っているシャツをはだけさせる。胸筋の間をじっとりとした汗が流れ落ちていく。シャツ越しでも分かる隆々とした筋肉に、目を奪われそうになるが、すんでのところで耐える。
一度目の人生でも二度目の人生でも、男性経験はない。ヴィルヘルム一筋で、結局彼とも結ばれなかったため、記憶上もこの体も処女だ。溢れ出る男性の色気を前にして、耐性のないアリアリーナには毒である。
ユーリは歩を進める。ブルームーンストーン色の双眸に、さらに強く熱が宿る。雌を狙う雄の圧倒的な本能。アリアリーナ以外の女性であったならば、孕む側としてすぐにでも体を明け渡すだろう。しかし彼女は軽い女ではないし、ユーリのようにどことなく気持ち悪さを醸し出してくる男は論外だ。これでは、愛する努力をする以前の問題になりかねない。
さて、どうしようか。そんなことを考えている間にもユーリは距離を縮めてくる。呪術を使うにも、それは不可能。剣術や魔法のように、すぐに扱える術ではないからだ。暗殺の技術で身を守るしかない。
「さぁ、アリアリーナ皇女殿下。あなたの体を、ぜひとも堪能させ、」
刹那、ドンドン、という激しい音が聞こえてくる。ユーリは立ち止まり、振り返る。再び、ドンドン、と音が鳴る。誰かが、客室の扉を叩いているのだ。アリアリーナはゴクリと息を呑み、ゆっくりと扉に近づく。しかし、ユーリに腕を取られた。信じられない力でソファーに押し倒される。
「居留守を装うしかないみたいですね?」
見下ろされる。ユーリの手が頬に触れる。尋常ではない手汗が頬を濡らしたと同時に、限界に達したアリアリーナが長い脚を振り上げる。既に元気いっぱいであったユーリの局部に、その蹴りは見事にぶち当たる。ユーリが目をひん剥き怯んだ隙を逃がさず、彼の首にすかさず手刀を決め込んだ。彼は白目となり、アリアリーナの上に力なく倒れた。アリアリーナは彼の髪の毛を何本か引きちぎる。それとほぼ同時に、扉がある方向で轟音が鳴る。そちらを見遣ると、なんと扉が文字通りまっぷたつに折れていた。白煙の中、現れたのは、白金に輝く剣を持ったヴィルヘルムであった。彼はたった一本の剣で、いとも簡単に扉を叩き斬って見せたのだ。薄暗い中で一際輝きを放つ剣を鞘に納めた彼は、アリアリーナの姿を目に入れる。ブルーダイヤモンド色の目が見開かれた。
「第四皇女殿下……」
ヴィルヘルムは小声でそう呟き、すぐさま駆け寄ってきた。アリアリーナの上で意識を失っているユーリを見るなり、彼の顔から表情が消え去る。極寒の地を思わせる冷たい目で、暫しユーリを見下ろしたあと、ユーリを足蹴りして落とす。意識を失ったままのユーリは、ソファーから無様に転げ落ちたのであった。ヴィルヘルムはアリアリーナに手を差し伸べる。
「ご無事ですか?」
相変わらず、何を考えているか分からない顔。ちっともヴィルヘルムの考えが読めない。それなのに、この時ばかりは彼が自身を心配してくれているのを感じ取った。
アリアリーナは彼の手には縋らず、自ら身を起こす。そして脚を組む。寝間着の隙間から、艶かしい生脚があらわとなった。
「よくもいいところを邪魔してくれたわね? グリエンド公爵」
「……何を、」
「分からない? あなたくらいモテる男なら、経験もあるでしょう」
そう冷たく言い放つと、ソファーから立ち上がる。
「分かっていると思うけど、このことは内緒にしなさい」
誘惑するかの如く嬌笑を浮かべ、ヴィルヘルムとユーリを置いて客室をあとにしたのであった。そんなアリアリーナの背中を、ヴィルヘルムは淡々と見つめていたのであった。
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