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第17話 不思議くん
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アリアリーナは黙り込む。ヴィルヘルムの問いかけには答えられない。彼には、呪術を扱えることを伝えるわけにはいかないから。秘密を共有し合う仲になるつもりはないのだ。……今のところは。
「答えられないんですね」
心地よいヴィルヘルムの声。腰に添えられた手が下から上へと移動する。腰がビリビリと震えた。
彼は恐らく、無自覚でやっている。アリアリーナが自身の同行を拒む理由を単純に知りたいだけなのだ。それを探る行動が女性に勘違いをさせるものであるが、彼女は騙されない。
「もしや、俺が共に行ってはならない理由でもあるのですか?」
確信めいた言葉。肩を跳ね上がらせることも、息を呑むこともしない。アリアリーナはヴィルヘルムの顔を見上げた。「察しろ」と訴える目力に、ヴィルヘルムのほうが息を呑んだ。彼の手を振り払い、距離を取る。
「分かったら帰ってくださる?」
絹のような柔らかさを持つ長髪を手の甲で払い除ける。夕日に照らされる白銀色が、美しい。アリアリーナは振り向く。
「邪魔なの」
石竹色に染まる唇が残酷な一言を告げる。ヴィルヘルムの総身に鳥肌が立つ。彼は今まさしく、アリアリーナの一言を受けて、興奮を覚えていた。女性の、それも毛嫌いしていたはずの第四皇女に性的な興奮を感じるなど、ありえるわけがないのに。そう否定できないほど、ヴィルヘルムの心は燃え滾っていた。今すぐにでも彼女を押し倒して、女性経験のまったくない手で渾身の力を込めて欲望をぶつけたい。それなのに、最も食べたい部分、甘美な部分は触れてはダメだと命令されるようなもどかしさ。目の前に佇む孤高の美を自分色に染めたいと思う反面、跪かなければならないと、そう思わせる彼女の雰囲気に、呑まれる。
ヴィルヘルムから性的な視線を向けられているとは知らないアリアリーナは、扉を開ける。廊下から涼やかな空気が流れ込んできた。ヴィルヘルムを見て、にっこりと微笑む。一見美しい笑みだが、若干凄みが垣間見える。出ていけと顔に書かれている。
「分かりました」
ヴィルヘルムは頭を下げ、部屋を出ていった。アリアリーナは瞠目し、廊下に出る。彼は振り返ることなく、まっすぐに廊下を歩いていく。出ていけと言ったのは、アリアリーナのはずなのに、なぜだか複雑な心境に陥る。面倒な女に成り下がっていると自覚した彼女は、部屋の中へと入ったのであった。扉を閉め、後ろ手に鍵をかける。彼女は、大きく溜息をついた。
「おかしな人だな。あんなに熱烈にアリアに言い寄っていたのに、急に引くなんて……」
「私、本当にあの人の考えていることが分からないわ」
アリアリーナは息をついて、ソファーに座る。
「それはお互い様だ」
レイは肩を竦めて、ホテルに備えつけられていた紅茶を淹れ始めた。
お互い様だ、とは言うけれども、アリアリーナはヴィルヘルムに対してしっかり気持ちを伝えたはずだ。ほかに好きな人ができたから、もうヴィルヘルムのことはどうでもいい、と。アリアリーナからすれば、彼こそ、何を考えているか分からないのだ。以前まではまったく興味ない素振りをしていたのに、今では必要以上に関わってきているのだから。
長時間の移動に加え先程の一件で、今日はどっと疲れてしまったとソファーに深く沈む。同時に、レイが紅茶を差し出した。
「ありがとう」
一言礼を言って、紅茶を飲む。熱すぎず、ぬるすぎない、ちょうど良い温度だ。暗殺業はもちろん、執事としての役目も全て完璧にこなしてしまうレイに、アリアリーナは今一度恐れ入ったのであった。
どうか、このままヴィルヘルムが自身の城に帰ってくれますように。そう祈りを込めて、窓の外に目を向ける。沈みゆく太陽は、彼女の祈りを嘲り笑うかの如く、煌々と光り輝いていた。嫌な予感を拭いきれないまま、もう一度紅茶を口に含んだ。
「答えられないんですね」
心地よいヴィルヘルムの声。腰に添えられた手が下から上へと移動する。腰がビリビリと震えた。
彼は恐らく、無自覚でやっている。アリアリーナが自身の同行を拒む理由を単純に知りたいだけなのだ。それを探る行動が女性に勘違いをさせるものであるが、彼女は騙されない。
「もしや、俺が共に行ってはならない理由でもあるのですか?」
確信めいた言葉。肩を跳ね上がらせることも、息を呑むこともしない。アリアリーナはヴィルヘルムの顔を見上げた。「察しろ」と訴える目力に、ヴィルヘルムのほうが息を呑んだ。彼の手を振り払い、距離を取る。
「分かったら帰ってくださる?」
絹のような柔らかさを持つ長髪を手の甲で払い除ける。夕日に照らされる白銀色が、美しい。アリアリーナは振り向く。
「邪魔なの」
石竹色に染まる唇が残酷な一言を告げる。ヴィルヘルムの総身に鳥肌が立つ。彼は今まさしく、アリアリーナの一言を受けて、興奮を覚えていた。女性の、それも毛嫌いしていたはずの第四皇女に性的な興奮を感じるなど、ありえるわけがないのに。そう否定できないほど、ヴィルヘルムの心は燃え滾っていた。今すぐにでも彼女を押し倒して、女性経験のまったくない手で渾身の力を込めて欲望をぶつけたい。それなのに、最も食べたい部分、甘美な部分は触れてはダメだと命令されるようなもどかしさ。目の前に佇む孤高の美を自分色に染めたいと思う反面、跪かなければならないと、そう思わせる彼女の雰囲気に、呑まれる。
ヴィルヘルムから性的な視線を向けられているとは知らないアリアリーナは、扉を開ける。廊下から涼やかな空気が流れ込んできた。ヴィルヘルムを見て、にっこりと微笑む。一見美しい笑みだが、若干凄みが垣間見える。出ていけと顔に書かれている。
「分かりました」
ヴィルヘルムは頭を下げ、部屋を出ていった。アリアリーナは瞠目し、廊下に出る。彼は振り返ることなく、まっすぐに廊下を歩いていく。出ていけと言ったのは、アリアリーナのはずなのに、なぜだか複雑な心境に陥る。面倒な女に成り下がっていると自覚した彼女は、部屋の中へと入ったのであった。扉を閉め、後ろ手に鍵をかける。彼女は、大きく溜息をついた。
「おかしな人だな。あんなに熱烈にアリアに言い寄っていたのに、急に引くなんて……」
「私、本当にあの人の考えていることが分からないわ」
アリアリーナは息をついて、ソファーに座る。
「それはお互い様だ」
レイは肩を竦めて、ホテルに備えつけられていた紅茶を淹れ始めた。
お互い様だ、とは言うけれども、アリアリーナはヴィルヘルムに対してしっかり気持ちを伝えたはずだ。ほかに好きな人ができたから、もうヴィルヘルムのことはどうでもいい、と。アリアリーナからすれば、彼こそ、何を考えているか分からないのだ。以前まではまったく興味ない素振りをしていたのに、今では必要以上に関わってきているのだから。
長時間の移動に加え先程の一件で、今日はどっと疲れてしまったとソファーに深く沈む。同時に、レイが紅茶を差し出した。
「ありがとう」
一言礼を言って、紅茶を飲む。熱すぎず、ぬるすぎない、ちょうど良い温度だ。暗殺業はもちろん、執事としての役目も全て完璧にこなしてしまうレイに、アリアリーナは今一度恐れ入ったのであった。
どうか、このままヴィルヘルムが自身の城に帰ってくれますように。そう祈りを込めて、窓の外に目を向ける。沈みゆく太陽は、彼女の祈りを嘲り笑うかの如く、煌々と光り輝いていた。嫌な予感を拭いきれないまま、もう一度紅茶を口に含んだ。
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