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第14話 いいですよね、お父様
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アデリンに宛てた手紙を書き記したアリアリーナは、「最も速い方法で届けて」とレイに頼んだあと、すぐに皇帝のもとを訪ねた。多忙だと言い張る皇帝の護衛たちを簡単に蹴散らした彼女は、半ば強引に皇帝の第一執務室に踏み入った。
中央奥の大きなテーブル。巨大な椅子に腰掛け職務をこなしている皇帝と、彼の周囲には秘書官がいる。無謀に近い命令をされたのか、皆表情が死んでしまっていた。そんなことはアリアリーナにとってはどうでもいいが。
「騒がしくしていたのは貴様か、アリアリーナ」
「お騒がせしてしまい申し訳ございません、皇帝陛下」
「何用だ」
皇帝は手元の書類に目を通しながら、アリアリーナの訪問の理由を問う。
「ディオレント王国王妃殿下より、ディオレント王国への招待状の手紙をいただきました。そのため、ディオレント王国へ向かうご許可をいただきたいのです」
「………………」
簡潔な説明を受け、皇帝はようやく顔を上げた。丸眼鏡を取り、アリアリーナを睨む。周囲の秘書官たちは「ひいっ!」と声を荒らげる。皇帝の圧をまともに受けてもなお、彼女が怯えることはない。むしろ、「さっさと答えろ」と無表情で圧をかける。一分にも満たない睨み合いを見事に制したのは、アリアリーナ。先に折れたのは、意外にも皇帝であった。
「許可できん。他国に行かせたお前が何をやらかすのか分からんからな」
「さすがに私も叔母様の面目を潰す愚行はいたしません。叔母様直々に招待してくださったのですから」
悪気など一切ありません、と宣言するアリアリーナの面持ちに、皇帝は探るような眼差しを向けた。数十秒が経つ。ぴくりとも頬を動かさないアリアリーナに対して、皇帝は長々と溜息をついた。
「以前、リタ王国へ訪問をさせた際、騒動を起こしたすえ……リタ女王の夫であった、私の弟が死亡した。またもそんな暴動を起こす気か?」
「まさか。きっかけは私かもしれませんが、罪人たちとは無関係ですよ。そう何度も説明しましたのに……」
アリアリーナは意味深長な笑みを浮かべた。
以前、16歳の彼女は皇帝の命令により、ツィンクラウン帝国からかなり北上した場所に位置するリタ王国を訪問した。その際、アリアリーナは皇族らしからぬ暴挙を数多く行った。彼女をもてなした王族や貴族が痺れを切らし始めた頃、「帝国へ帰れ!」という王国民の暴動が起きた。その暴動の結果、リタ女王の夫が死亡したのだ。その男性は、皇帝の異母弟、かつてツィンクラウンを名乗った皇子であった。全てはアリアリーナが仕組んだことなのだが、馬鹿で阿呆な身の程知らずの彼女がそんな陰謀ができるとも知らず、罪には問われなかった。もちろん、暴動を起こして王族を殺した罪人たちは処刑となったが。
ツィンクラウン皇族を滅亡させるという使命のもと、殺人を何度か繰り返したが、それももう必要ない。アリアリーナが騒動を起こす理由も、ツィンクラウン皇族の血を引く者を殺す理由もない。既に亡くなった皇族の血縁者に関しては、もちろん悪いとは思っている。だが、それまでのこと。それ以上でも、以下でもない。
アリアリーナは笑みを深めたのであった。
「ディオレント王国でそんなことを起こしてみろ。お前の居場所はここにはなくなる」
「あら? もう既にないように感じるのですが、私の気のせいでしょうか?」
「………………」
「まぁそんなことはどうでもいいのですが、今の口ぶりからして、ディオレント王国への訪問は許可していただけるという認識でよろしいですね? お父様」
アリアリーナの念押しに、皇帝は険しい表情をしたまま、瞳を伏せた。
「勝手にしろ。お前の愚行の責任は取らんぞ。分かったらさっさと出ていけ」
皇帝は邪魔者を追い払う如く、手を払った。アリアリーナは頭を垂れると、すぐさま踵を返して第一執務室を出た。身構えた護衛たちに無視を決め込み、ひとり優雅に廊下を歩く。行き交う騎士や使用人、皇城で働く人々は彼女の登場に、ギョッと目を剥いた。
周囲の視線が今は心地が良く感じる。皇帝を折れさせることに成功したアリアリーナは、なんでもできるのではないかという感覚に陥ったのであった。
中央奥の大きなテーブル。巨大な椅子に腰掛け職務をこなしている皇帝と、彼の周囲には秘書官がいる。無謀に近い命令をされたのか、皆表情が死んでしまっていた。そんなことはアリアリーナにとってはどうでもいいが。
「騒がしくしていたのは貴様か、アリアリーナ」
「お騒がせしてしまい申し訳ございません、皇帝陛下」
「何用だ」
皇帝は手元の書類に目を通しながら、アリアリーナの訪問の理由を問う。
「ディオレント王国王妃殿下より、ディオレント王国への招待状の手紙をいただきました。そのため、ディオレント王国へ向かうご許可をいただきたいのです」
「………………」
簡潔な説明を受け、皇帝はようやく顔を上げた。丸眼鏡を取り、アリアリーナを睨む。周囲の秘書官たちは「ひいっ!」と声を荒らげる。皇帝の圧をまともに受けてもなお、彼女が怯えることはない。むしろ、「さっさと答えろ」と無表情で圧をかける。一分にも満たない睨み合いを見事に制したのは、アリアリーナ。先に折れたのは、意外にも皇帝であった。
「許可できん。他国に行かせたお前が何をやらかすのか分からんからな」
「さすがに私も叔母様の面目を潰す愚行はいたしません。叔母様直々に招待してくださったのですから」
悪気など一切ありません、と宣言するアリアリーナの面持ちに、皇帝は探るような眼差しを向けた。数十秒が経つ。ぴくりとも頬を動かさないアリアリーナに対して、皇帝は長々と溜息をついた。
「以前、リタ王国へ訪問をさせた際、騒動を起こしたすえ……リタ女王の夫であった、私の弟が死亡した。またもそんな暴動を起こす気か?」
「まさか。きっかけは私かもしれませんが、罪人たちとは無関係ですよ。そう何度も説明しましたのに……」
アリアリーナは意味深長な笑みを浮かべた。
以前、16歳の彼女は皇帝の命令により、ツィンクラウン帝国からかなり北上した場所に位置するリタ王国を訪問した。その際、アリアリーナは皇族らしからぬ暴挙を数多く行った。彼女をもてなした王族や貴族が痺れを切らし始めた頃、「帝国へ帰れ!」という王国民の暴動が起きた。その暴動の結果、リタ女王の夫が死亡したのだ。その男性は、皇帝の異母弟、かつてツィンクラウンを名乗った皇子であった。全てはアリアリーナが仕組んだことなのだが、馬鹿で阿呆な身の程知らずの彼女がそんな陰謀ができるとも知らず、罪には問われなかった。もちろん、暴動を起こして王族を殺した罪人たちは処刑となったが。
ツィンクラウン皇族を滅亡させるという使命のもと、殺人を何度か繰り返したが、それももう必要ない。アリアリーナが騒動を起こす理由も、ツィンクラウン皇族の血を引く者を殺す理由もない。既に亡くなった皇族の血縁者に関しては、もちろん悪いとは思っている。だが、それまでのこと。それ以上でも、以下でもない。
アリアリーナは笑みを深めたのであった。
「ディオレント王国でそんなことを起こしてみろ。お前の居場所はここにはなくなる」
「あら? もう既にないように感じるのですが、私の気のせいでしょうか?」
「………………」
「まぁそんなことはどうでもいいのですが、今の口ぶりからして、ディオレント王国への訪問は許可していただけるという認識でよろしいですね? お父様」
アリアリーナの念押しに、皇帝は険しい表情をしたまま、瞳を伏せた。
「勝手にしろ。お前の愚行の責任は取らんぞ。分かったらさっさと出ていけ」
皇帝は邪魔者を追い払う如く、手を払った。アリアリーナは頭を垂れると、すぐさま踵を返して第一執務室を出た。身構えた護衛たちに無視を決め込み、ひとり優雅に廊下を歩く。行き交う騎士や使用人、皇城で働く人々は彼女の登場に、ギョッと目を剥いた。
周囲の視線が今は心地が良く感じる。皇帝を折れさせることに成功したアリアリーナは、なんでもできるのではないかという感覚に陥ったのであった。
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