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第12話 上辺だけの家族

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 足を止めたアリアリーナに釣られて、レイも立ち止まる。彼女の視線の先には、会いたくもない人物がいた。立ち止まってしまった以上、無視をするわけにはいかない。腹を括ったアリアリーナは、覚悟を決めて開眼した。

「アリアリーナ」

 皇女であるアリアリーナの名を呼べる人物は、帝国内でも限られている。
 彼女と同じ、白銀色の髪。ファイアーオパール色の双眸に、勇ましさを引き立たせるひげ。年齢により、皺こそ刻まれているものの、若かりし頃の美丈夫びじょうぶさは未だ健在けんざいだ。全身から溢れ出るオーラは、只者ただものではない風格を感じさせる。
 彼の名は、ダリル・レーナールト・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国の皇帝であり、皇帝は、アリアリーナの実父。よわい60。皇位に就いてから、長きにわたって帝国を守護しゅごしてきた。ツィンクラウンの歴史上においても大帝たいていの一柱となり得るであろう偉大な君主だ。

「皇帝陛下に拝謁はいえついたします」

 ドレスをつまみ、優雅に挨拶する。皇帝はそれを見て、目を細めた。疑いの眼差しであった。

「わたくしもいるというのに……」

 口元を豪奢ごうしゃな扇で隠しながら小言を吐いたのは、ブロンズグレイの髪に、カーネーションピンクの瞳の美しい女性であった。女性にしては随分と背が高い。アリアリーナと良い勝負である。
 女性の名は、エレノア・ドロシア・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン皇后であり、アリアリーナの義母。齢56。
 まるでゴミでも見るかのような目で、アリアリーナを見つめている。アリアリーナは、真っ向からそれをね返した。たまれなくなった皇后は、先に目を逸らした。

「存じております。そう焦らないでくださいな、皇后陛下」

 アリアリーナは皇后に対して、挨拶した。大人の対応をして見せた彼女に、皇后は敗北した気分に陥り、唇を強く噛みしめたのであった。

「久しぶりだな、アリアリーナ。体調はどうだ」

 皇帝と皇后の背後に立っていたひとりの女性がアリアリーナの体調を気にかけた。
 肩下までのブロンズグレイの髪。カーネーションピンクの瞳。若い頃の皇后の生き写しなどではないかと疑うほど、髪色も瞳の色も顔立ちもうりふたつであった。身長は高く、肩幅も広い。ドレス姿ではなく、軽装の騎士服を身に纏っていた。
 彼女の名は、シルヴィリーナ・レナ・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国第一皇女にして、皇太女。25歳。皇后の嫡女ちゃくじょにして、アリアリーナの異母姉だ。
 シルヴィリーナのありがたい気遣いに、アリアリーナは笑顔を作る。

「お気遣いありがとうございます、シルヴィリーナお姉様。無事に回復いたしました。体調も万全にございます」
「そうか、それはよかった」

 最悪の悪女アリアリーナの身を案じる数少ないひとり、シルヴィリーナは清らかな微笑みを浮かべたのであった。

「エナヴェリーナも随分と心配していた。そうだろう? エナヴェリーナ」
「は、はい……。アリア、大丈夫……? 倒れたあなたを見て、気が気ではなかったわ……」

 ツィンクラウン帝国第三皇女エナヴェリーナ・イレイン・リゼス・ツィンクラウンは、小刻みに震える手を押さえながら、アリアリーナを上目遣いで見た。
 皇后譲りのブロンズグレイの長髪は綺麗に巻かれ、純潔を表す白色のリボンで彩られている。長い睫毛の下、ファイアーオパール色の目が美しい。目は大きく、顔は小豆のように小さい。エナヴェリーナやアリアリーナと比較して背は低く、小動物さながらの可愛さを持つ。同時に、清廉せいれんさや美しさも感じさせた。
 ツィンクラウン帝国一の美姫。彼女の人気は、帝国内に収まることを知らない。未だ未婚、婚約者もいない彼女をなんとしてでも我がものにしようと、世界中の男共が躍起になっているのだ。エナヴェリーナの心は、もう既に決まっているというのに――。

「ご心配くださりありがとうございます、エナヴェリーナお姉様」
「心配するのは当たり前よ。わたしはあなたの姉なのだから」

 エナヴェリーナは胸元に両手を当てながら、聖女よりも清らかに笑ったのであった。笑みを向けられたアリアリーナは心中で、胡散臭うさんくさいと毒を吐くと共に悲哀に満ちた表情を作った。

「その割には、療養中に訪ねてきてくれなかったですね……」
「それはっ」
「無礼者っ!!!!!」

 アリアリーナの呟きに反論しようとしたエナヴェリーナの声をさえぎったのは、皇后の怒号どごうであった。ヒステリックな皇后を前にして、アリアリーナはほくそ笑んだ。

「お前と違ってエナは忙しいのです! なんの役にも立たない私生児が……えらそうな口を聞くでありませんっ!!!」

 普通の人間であれば腰を抜かしてしまいかねない皇后の憤怒ふんどに対して、アリアリーナはまったくおくすることはない。ツィンクラウン帝国の母を敵に回しているのにも拘わらず、彼女の顔には焦りの「あ」の字も見当たらなかった。

「皇后陛下」

 凛と透き通る声が通る。荒れた大地を再び芽吹かせるかのような、美しい声色だ。
 アリアリーナは一歩、一歩と皇后へ近づく。確実に距離を詰めてくる彼女に、皇后は微かにひるんだ。

「あまり声を荒げないほうがよろしいのでは? ツィンクラウン帝国の母君ともあろうお方が、誰が見ているかも分からないこの場で大声を上げるとは……。品性がないと噂を流されても反論はできませんね」

 アリアリーナの美貌から笑みが消え去る。たった17歳の子供ができるとは到底思えない表情に、皇后のみならず、その場の全員が重苦しい空気の中、息を呑んだ。

「そう言えばエナヴェリーナお姉様。先程、グリエンド公爵を見かけました。声をかけてさしあげてはいかがでしょう。では、私はこれで失礼いたします」

 アリアリーナは一礼して立ち去る。レイも同様に深々と頭を下げて、彼女のあとを追った。
 皇后は受けた屈辱くつじょくに対する憤懣を抑え込むのに、必死であった。
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