11 / 185
第11話 だから全部忘れて
しおりを挟む
「好きでなくとも、むしろ心底嫌っていたとしても、不可解でモヤモヤしてしまうわよね。大丈夫、理解するわ」
光に反射し、満天の星の如く輝きを放つティアラ。その下にあるのは、アリアリーナの天性の美貌だ。自然とキスを誘う、形の良い唇が弧を描く。
「教えてあげるわ。私があなたを避けている理由を」
手を伸ばしてはいけない。
触れてはいけない。
片足を突っ込んでしまったが最後、全身を呑まれる。そんな感覚に誘うアリアリーナの美しさに、ヴィルヘルムは心ごと惹かれる。
アリアリーナは彼からの手紙を手に取り、席を立つ。数段の階段を下りて、ガゼボの外に出た。東の空から昇りし朝日に照らされる初雪のような髪が風に揺れる。アリアリーナは振り向いた。
「好きな人ができたの」
あっけらかんとした声音。ヴィルヘルムに心底惚れ込んだ時から今までにかけて、そして一度目の人生での彼への所業をたった一言で済ませてしまった。
好きな人ができたというのは、もちろん嘘。アリアリーナはまだ、ヴィルヘルムを好いている。しかし彼女には、愛する人を殺さなければ生き残れないという足枷が課せられている。どうせヴィルヘルムは、彼女の異母姉エナヴェリーナと人生を共にする。それに彼を殺したいわけではない。それならば、とことん彼を避け続け、なんとしてでも諦めるほかない。別に愛する人を作り、その人物を殺すことによって、万事解決。ちなみに、一度目の人生で婚約関係にあった男が有力候補だ。覚悟はいるが。
どの道、アリアリーナの心に深い傷が刻まれることに違いはない。だがそれも、彼女にとっては「今さら」だ。構わない。たとえ別に愛する人を作りその人物を殺したとしても、彼女の世界の最上は、ヴィルヘルムただひとりなのだから。
「よかったわね、グリエンド公爵。これでしつこいストーカーともおさらばよ」
アリアリーナは後ろ手に手紙を軽く見せ、パッと手を放した。重力に従って落下した手紙は、地面に落ちる。彼女は、唖然とするヴィルヘルムを置き去りにして、ひとりその場を立ち去った。
去りゆく彼女の背中を刮目するヴィルヘルム。堂々とした立ち居振る舞い。人を惹き寄せる不思議な魅力。以前からも容姿端麗であった彼女だが、ヴィルヘルムが「気持ちはない」と一貫した態度を取っているのにも拘わらず、昼夜問わず度重なるストーカー行為を行っていた。時々ヒステリックになり、公然の場でも構わず皇女らしからぬ言動を取っていた。しかし、現在はどうだろうか。あの夜から、明らかに何かがおかしい。これまでの言動は全て演技でした、と言わんばかりの変容ぶり。もっと言うなら、人が変わったかのようだ――。
胸の内を渦巻く霧を晴らすために、わざわざアリアリーナのもとを訪ねてきたというのに。霧は晴れるどころか、さらに濃くなってしまった。「好きな人ができた」と嬉しそうに報告してきた彼女を脳裏に浮かべながら、ヴィルヘルムは瞳を伏せた。
ヴィルヘルムの突然の訪問をなんとか躱すことに成功した。疲労からか、体が重く感じる。長嘆息したと同時に、庭園の出入口にレイが立っているのが目に入った。
「レイ」
「姫様。お待ちしておりました」
レイは胸に手を当て、頭を下げる。アリアリーナとヴィルヘルムをふたりきりにして、早々に逃げていった彼を咎める目で見つめる。非難を汲み取った彼は、バツが悪そうに視線を逸らしたのであった。
「申し訳ございません。おふたりのほうが、何かと話しやすいと思いまして……」
「あなたは執事としての役目をまっとうしただけだわ。責められる理由はない。だけど、あの時ばかりは傍にいてほしかったわ」
肩にかかった長髪を払い除けながら、アリアリーナがそう言った。レイは主人の前でもお構いなしに、溜息を吐く。
「仕方がないだろ。誰だって、一触即発の現場になんて居合わせたくないに決まってる」
レイはかしこまった態度を解き、凝り固まった首を盛大に鳴らした。ボキッ、ボキッと関節が悲鳴を上げる。アリアリーナは彼の仕草を注視したあと、歩を進めた。
「グリエンド公爵のこと諦めるって言ってたけど……まさか、それを伝えてきたのか?」
「諦める、とは言っていないわよ。別のことを伝えただけ」
アリアリーナは腕を組み、堂々と告げる。プライドの高い彼女のことだ。飽きたやら、興味が失せたやら、上から目線の言葉を伝えたに違いない。それを瞬時に見抜いたレイは、呆れ返った様子で肩を竦めた。
「これで程よい距離感を保ちながら、それぞれの人生を生きることができるわ」
「どうかな………………」
アリアリーナの清々とした感じを装った言葉に、レイは含みを持たせた反応を示した。
実際、グリエンド公爵からの手紙を遣いから受け取ったのは彼自身だ。見る度に窶れていく遣いの男があまりにも気の毒で、大丈夫なのかと問いかけたこともある。すると物凄い剣幕で「お願いですから受け取ってください! そして返事をっ! 返事をぉぉぉぉ!!!」と懇願を受けたのだ。恐らく、グリエンド公爵から戒めを受けていたのだろう。ひと月と半月という間、執念深く手紙を送ってきたグリエンド公爵のことだ。これまではまったくアリアリーナに興味を持たなかったというのに。どういった風の吹き回しか。何か理由があるはず。
レイが頭を働かせると、アリアリーナが突如として足を止めた。
光に反射し、満天の星の如く輝きを放つティアラ。その下にあるのは、アリアリーナの天性の美貌だ。自然とキスを誘う、形の良い唇が弧を描く。
「教えてあげるわ。私があなたを避けている理由を」
手を伸ばしてはいけない。
触れてはいけない。
片足を突っ込んでしまったが最後、全身を呑まれる。そんな感覚に誘うアリアリーナの美しさに、ヴィルヘルムは心ごと惹かれる。
アリアリーナは彼からの手紙を手に取り、席を立つ。数段の階段を下りて、ガゼボの外に出た。東の空から昇りし朝日に照らされる初雪のような髪が風に揺れる。アリアリーナは振り向いた。
「好きな人ができたの」
あっけらかんとした声音。ヴィルヘルムに心底惚れ込んだ時から今までにかけて、そして一度目の人生での彼への所業をたった一言で済ませてしまった。
好きな人ができたというのは、もちろん嘘。アリアリーナはまだ、ヴィルヘルムを好いている。しかし彼女には、愛する人を殺さなければ生き残れないという足枷が課せられている。どうせヴィルヘルムは、彼女の異母姉エナヴェリーナと人生を共にする。それに彼を殺したいわけではない。それならば、とことん彼を避け続け、なんとしてでも諦めるほかない。別に愛する人を作り、その人物を殺すことによって、万事解決。ちなみに、一度目の人生で婚約関係にあった男が有力候補だ。覚悟はいるが。
どの道、アリアリーナの心に深い傷が刻まれることに違いはない。だがそれも、彼女にとっては「今さら」だ。構わない。たとえ別に愛する人を作りその人物を殺したとしても、彼女の世界の最上は、ヴィルヘルムただひとりなのだから。
「よかったわね、グリエンド公爵。これでしつこいストーカーともおさらばよ」
アリアリーナは後ろ手に手紙を軽く見せ、パッと手を放した。重力に従って落下した手紙は、地面に落ちる。彼女は、唖然とするヴィルヘルムを置き去りにして、ひとりその場を立ち去った。
去りゆく彼女の背中を刮目するヴィルヘルム。堂々とした立ち居振る舞い。人を惹き寄せる不思議な魅力。以前からも容姿端麗であった彼女だが、ヴィルヘルムが「気持ちはない」と一貫した態度を取っているのにも拘わらず、昼夜問わず度重なるストーカー行為を行っていた。時々ヒステリックになり、公然の場でも構わず皇女らしからぬ言動を取っていた。しかし、現在はどうだろうか。あの夜から、明らかに何かがおかしい。これまでの言動は全て演技でした、と言わんばかりの変容ぶり。もっと言うなら、人が変わったかのようだ――。
胸の内を渦巻く霧を晴らすために、わざわざアリアリーナのもとを訪ねてきたというのに。霧は晴れるどころか、さらに濃くなってしまった。「好きな人ができた」と嬉しそうに報告してきた彼女を脳裏に浮かべながら、ヴィルヘルムは瞳を伏せた。
ヴィルヘルムの突然の訪問をなんとか躱すことに成功した。疲労からか、体が重く感じる。長嘆息したと同時に、庭園の出入口にレイが立っているのが目に入った。
「レイ」
「姫様。お待ちしておりました」
レイは胸に手を当て、頭を下げる。アリアリーナとヴィルヘルムをふたりきりにして、早々に逃げていった彼を咎める目で見つめる。非難を汲み取った彼は、バツが悪そうに視線を逸らしたのであった。
「申し訳ございません。おふたりのほうが、何かと話しやすいと思いまして……」
「あなたは執事としての役目をまっとうしただけだわ。責められる理由はない。だけど、あの時ばかりは傍にいてほしかったわ」
肩にかかった長髪を払い除けながら、アリアリーナがそう言った。レイは主人の前でもお構いなしに、溜息を吐く。
「仕方がないだろ。誰だって、一触即発の現場になんて居合わせたくないに決まってる」
レイはかしこまった態度を解き、凝り固まった首を盛大に鳴らした。ボキッ、ボキッと関節が悲鳴を上げる。アリアリーナは彼の仕草を注視したあと、歩を進めた。
「グリエンド公爵のこと諦めるって言ってたけど……まさか、それを伝えてきたのか?」
「諦める、とは言っていないわよ。別のことを伝えただけ」
アリアリーナは腕を組み、堂々と告げる。プライドの高い彼女のことだ。飽きたやら、興味が失せたやら、上から目線の言葉を伝えたに違いない。それを瞬時に見抜いたレイは、呆れ返った様子で肩を竦めた。
「これで程よい距離感を保ちながら、それぞれの人生を生きることができるわ」
「どうかな………………」
アリアリーナの清々とした感じを装った言葉に、レイは含みを持たせた反応を示した。
実際、グリエンド公爵からの手紙を遣いから受け取ったのは彼自身だ。見る度に窶れていく遣いの男があまりにも気の毒で、大丈夫なのかと問いかけたこともある。すると物凄い剣幕で「お願いですから受け取ってください! そして返事をっ! 返事をぉぉぉぉ!!!」と懇願を受けたのだ。恐らく、グリエンド公爵から戒めを受けていたのだろう。ひと月と半月という間、執念深く手紙を送ってきたグリエンド公爵のことだ。これまではまったくアリアリーナに興味を持たなかったというのに。どういった風の吹き回しか。何か理由があるはず。
レイが頭を働かせると、アリアリーナが突如として足を止めた。
50
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。
豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。
なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの?
どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの?
なろう様でも公開中です。
・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる