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第11話 だから全部忘れて

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「好きでなくとも、むしろ心底嫌っていたとしても、不可解でモヤモヤしてしまうわよね。大丈夫、理解するわ」

 光に反射し、満天の星の如く輝きを放つティアラ。その下にあるのは、アリアリーナの天性の美貌だ。自然とキスを誘う、形の良い唇が弧を描く。

「教えてあげるわ。私があなたを避けている理由を」

 手を伸ばしてはいけない。
 触れてはいけない。
 片足を突っ込んでしまったが最後、全身を呑まれる。そんな感覚にいざなうアリアリーナの美しさに、ヴィルヘルムは心ごと惹かれる。
 アリアリーナは彼からの手紙を手に取り、席を立つ。数段の階段を下りて、ガゼボの外に出た。東の空からのぼりし朝日に照らされる初雪のような髪が風に揺れる。アリアリーナは振り向いた。


「好きな人ができたの」


 あっけらかんとした声音。ヴィルヘルムに心底惚れ込んだ時から今までにかけて、そして一度目の人生での彼への所業をたった一言で済ませてしまった。
 好きな人ができたというのは、もちろん嘘。アリアリーナはまだ、ヴィルヘルムを好いている。しかし彼女には、愛する人を殺さなければ生き残れないという足枷あしかせが課せられている。どうせヴィルヘルムは、彼女の異母姉エナヴェリーナと人生を共にする。それに彼を殺したいわけではない。それならば、とことん彼を避け続け、なんとしてでも諦めるほかない。別に愛する人を作り、その人物を殺すことによって、万事ばんじ解決。ちなみに、一度目の人生で婚約関係にあった男が有力候補だ。覚悟はいるが。
 どの道、アリアリーナの心に深い傷が刻まれることに違いはない。だがそれも、彼女にとっては「今さら」だ。構わない。たとえ別に愛する人を作りその人物を殺したとしても、彼女の世界の最上は、ヴィルヘルムただひとりなのだから。

「よかったわね、。これでしつこいストーカーともおさらばよ」

 アリアリーナは後ろ手に手紙を軽く見せ、パッと手を放した。重力に従って落下した手紙は、地面に落ちる。彼女は、唖然あぜんとするヴィルヘルムを置き去りにして、ひとりその場を立ち去った。
 去りゆく彼女の背中を刮目かつもくするヴィルヘルム。堂々とした立ち居振る舞い。人を惹き寄せる不思議な魅力。以前からも容姿端麗ようしたんれいであった彼女だが、ヴィルヘルムが「気持ちはない」と一貫いっかんした態度を取っているのにも拘わらず、昼夜問ちゅうやとわず度重なるストーカー行為を行っていた。時々ヒステリックになり、公然の場でも構わず皇女らしからぬ言動を取っていた。しかし、現在はどうだろうか。あの夜から、明らかに何かがおかしい。これまでの言動は全て演技でした、と言わんばかりの変容ぶり。もっと言うなら、人が変わったかのようだ――。
 胸の内を渦巻くきりを晴らすために、わざわざアリアリーナのもとを訪ねてきたというのに。霧は晴れるどころか、さらに濃くなってしまった。「好きな人ができた」と嬉しそうに報告してきた彼女を脳裏のうりに浮かべながら、ヴィルヘルムは瞳を伏せた。



 ヴィルヘルムの突然の訪問をなんとかかわすことに成功した。疲労からか、体が重く感じる。長嘆息したと同時に、庭園の出入口にレイが立っているのが目に入った。

「レイ」
「姫様。お待ちしておりました」

 レイは胸に手を当て、頭を下げる。アリアリーナとヴィルヘルムをふたりきりにして、早々に逃げていった彼をとがめる目で見つめる。非難をみ取った彼は、バツが悪そうに視線を逸らしたのであった。

「申し訳ございません。おふたりのほうが、何かと話しやすいと思いまして……」
「あなたは執事としての役目をまっとうしただけだわ。責められる理由はない。だけど、あの時ばかりは傍にいてほしかったわ」

 肩にかかった長髪を払い除けながら、アリアリーナがそう言った。レイは主人の前でもお構いなしに、溜息を吐く。

「仕方がないだろ。誰だって、一触即発いっしょくそくはつの現場になんて居合わせたくないに決まってる」

 レイはかしこまった態度を解き、り固まった首を盛大せいだいに鳴らした。ボキッ、ボキッと関節が悲鳴を上げる。アリアリーナは彼の仕草を注視したあと、歩を進めた。

「グリエンド公爵のこと諦めるって言ってたけど……まさか、それを伝えてきたのか?」
「諦める、とは言っていないわよ。別のことを伝えただけ」

 アリアリーナは腕を組み、堂々と告げる。プライドの高い彼女のことだ。飽きたやら、興味が失せたやら、上から目線の言葉を伝えたに違いない。それを瞬時に見抜いたレイは、呆れ返った様子で肩をすくめた。

「これで程よい距離感を保ちながら、それぞれの人生を生きることができるわ」
「どうかな………………」

 アリアリーナの清々せいせいとした感じをよそおった言葉に、レイは含みを持たせた反応を示した。
 実際、グリエンド公爵からの手紙を遣いから受け取ったのは彼自身だ。見る度にやつれていく遣いの男があまりにも気の毒で、大丈夫なのかと問いかけたこともある。すると物凄い剣幕けんまくで「お願いですから受け取ってください! そして返事をっ! 返事をぉぉぉぉ!!!」と懇願こんがんを受けたのだ。恐らく、グリエンド公爵からいましめを受けていたのだろう。ひと月と半月という間、執念しゅうねん深く手紙を送ってきたグリエンド公爵のことだ。これまではまったくアリアリーナに興味を持たなかったというのに。どういった風の吹き回しか。何か理由があるはず。
 レイが頭を働かせると、アリアリーナが突如として足を止めた。
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