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第9話 手のひらで転がってはくれない

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 アリアリーナのすらすらとした説明に、アデリンは怪訝けげんの表情となった。
 彼女に手渡されたワインに毒が入っているというのは、完全なるアリアリーナの直感。見たことのない使用人であったという嘘か本当かも分からない理由で、客人であるアデリンのワインを奪い取って飲んだのか。彼女にはそれが信じがたかった。
 しかし、アリアリーナは悪女だ。神々に愛されしツィンクラウン皇族の血を引きながら、皇女として不相応な言動を繰り返す私生児。アデリンに手渡されたワインに毒が入っていようとも、いなかろうとも、そのあとの始末など彼女にはなんら関係ないのだ。もう既に地に落ちた名声を気にする必要性など、どこにもないのだから――。
 アデリンは緩慢に顔を上げ、アリアリーナを見つめる。ツィンクラウン帝国民が思っているよりもずっと、アリアリーナという皇女は、賢いのかもしれない。

「何が、目的なの?」

 アデリンは敬語も忘れ、震える声で問いかける。それほど彼女には、アリアリーナという得体の知れない皇女が恐ろしく思えて仕方がなかった。

「いざとなった時、私の味方となってください」

 アリアリーナは莞爾として笑う。予想の斜め上の頼みに、アデリンは拍子抜ひょうしぬけした。
 正直に言ってしまうと、アリアリーナにアデリンを助けた目的など存在しない。純潔でまっすぐな性格。美しく気高い。そんな彼女を、既に不要になった陰謀いんぼう犠牲ぎせいとさせてしまうのは惜しいと感じたのだ。言うなれば、衝動的。それが最もしっくり来る。しかしながら、アデリンがあるはずもない目的を探ってくるのであれば、話は別。自らの都合の良いように後付けしてしまえば良いのだ。

「構いません。ですが、これだけはお伝えしておきます。私は曲がったことが大嫌いなのです」
「存じております、ディオレント王妃殿下」

 アデリンの宣言に、アリアリーナは笑顔のまま頷いた。
 曲がったことが嫌いだと口にしたアデリンの思惑は、規律や道理、倫理りんりなどに反する事柄に肩入れはしないということ。殺人や罪を代わりに背負う気はないと言っているのだ。それを考える間もなく瞬時に理解したアリアリーナは、内心ほくそ笑んだのであった。



 ディオレント王国王妃の代わりに毒を飲み干したアリアリーナが目覚めたという話は、すぐさま帝国中に広まった。中には自作自演だと訴える者もいた。ところが、ツィンクラウン皇帝が暗殺を試みた男を処刑し、その暗殺を指示したとしてディオレント王妃が自国の貴族を処刑し、なおかつ家門を没落させたことにより、事件は解決した。こうして一連の騒動は落ち着いたのであった。
 ワインに含まれていたのが有害な毒だと見抜き、ディオレント王妃の命を救ったアリアリーナは、手のひらをくるりと返した一部の貴族からかつぎ上げられる羽目はめとなった。もちろん彼女は、全てに無視を決め込んでいる。良い意味でも悪い意味でも社交界の中心を独り占めしている彼女に会いたがる者も多い中、ひとりの男から彼女のもとへ面会の申し込みの手紙が届いた。グリエンド公爵ヴィルヘルムだ。アリアリーナは彼への恋心を諦めることに決めたため、彼からの面会の手紙は呪術により跡形あとかたもなく消し去った。
 返事の手紙も書かぬまま、数日経つと、再びヴィルヘルムからの手紙が届く。またもアリアリーナは呪術で手紙を塵にした。そんな茶番を繰り返すことひと月と半月。秋も本格化し、朝晩が冷え込む季節となった頃。

「姫様」

 吹き抜けの形状となっている庭園のガゼボ。太陽の光を存分に浴びることのできる美しい場所にてひとりの時間を過ごすアリアリーナに声をかけたのは、彼女の執事レイであった。

「姫様にお客様がお見えです」

 アリアリーナは飲みかけの紅茶が入ったカップをソーサーに戻し、顔を上げる。左右に分けられた前髪の下、オパールグリーンの双眸が現れた。白銀に輝く髪は見事に巻かれ、頭上にはティアラが鎮座している。クリーム色に染められたプリンセスラインのドレスは、彼女の清楚せいそさを引き立てている。スカート部分に施された繊細せんさいなレースが美しい。一国の姫君としてふさわしい風貌の彼女は、悩ましげに溜息を吐いた。

「どちら様?」

 アリアリーナが問いかける。

「……グリエンド公爵です」

 数秒の沈黙の直後、レイが答える。アリアリーナの眉間みけんに深いしわが刻まれた。機嫌きげんは一気に急降下したようだ。

「お帰りいただいて」
「それが……」

 レイが珍しく言葉をにごす。それに不信感をつのらせたアリアリーナが再び彼に視線を戻したその時――。


「第四皇女殿下」
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