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第7話 諦める決意

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「レイ」

 アリアリーナは痛む頭を押さえながら、レイを呼んだ。

「ツィンクラウン皇族を殺さなければ、私含めリンドル家が破滅するという呪いの件だけど、解呪できたわ」
「……へ? か、解呪できたって?」
「えぇ」
「そ、そんなあっけらかんと言われても……。生まれつきの呪いを一体どうやって……」

 呪術師一族リンドル家の出身ではなく、暗殺一族エルンドレ家出身のレイだが、アリアリーナの身にかけられた呪いの件を知っている数少ない人物だ。裏世界においても、ツィンクラウン帝国建国に一役買ったリンドル家が消滅したのち、かろうじて復活を遂げ、以来細々と生活していることに関しては、当事者である者とエルンドレ家の限られた数人しか知らない。細々と生活していると言っても、今やリンドル家はアリアリーナしか残っていないが。
 謎に包まれたリンドル家の呪いを背負うアリアリーナは、レイと協力して解呪のために行動していた。ところがその道半みちなかば、突如として呪いが解かれたとなれば、レイも相応の理由がなければ納得しないだろう。
 アリアリーナは迷った末、真実を話すこととした。

「私、過去に戻ってきたみたい」

 正直に告げる。ふたりの間で流れる長いようで短い、一分間の沈黙。その間レイは、静かに瞠目し続けた。あまりにも彼の反応が薄いものだから、アリアリーナは不安になって再度口を開く。

「私、過去に戻ってきたみたいなんだけど」
「や、別に聞こえなかったとかではないから」

 レイは額に右手を押し当て、左手を前に突き出しながらそう言った。
 かの最強暗殺者の一族でさえも、過去への逆行ぎゃっこうというのは信じがたいものがあるのだろう。当の本人であるアリアリーナでさえ戸惑ったのだから、当事者ではないレイが耳を疑うのは当たり前のことだ。

「信じられないのも仕方ないわ。でも、本当なの。私は一度、皇族を滅ぼした。だけど何者かの力で……またここに戻ってきたの」

 アリアリーナの説明に、レイは疑いの眼差しを向ける。彼は暗殺者。生まれたその瞬間から、暗殺の技能を叩き込まれてきた。僅かな変化、動揺を見逃さない彼はアリアリーナの全身をくまなく観察する。まったく嘘をついていないと判断したのか、長嘆息ちょうたんそくした。

「そんな戯言ざれごとを俺に信じろと?」
「信じなくてもいいわ。もう私の身にその呪いはないことは事実だから」

 アリアリーナは絶対的自信を持って答える。
 1500年前から言い伝えられている呪いは解呪されたが、残念ながら彼女の体には新たな呪文が刻まれている。

『愛する人を殺さなければ死ぬ。これが、君にかけられた新たな呪いだ』

 謎の男、ルイドの言葉を思い出す。アリアリーナは、愛する人を殺さなければ生き残れない。あまりにも非人道的である。彼女の体に呪文を刻んだ者は、人の心を知らないのかもしれない。
 アリアリーナが愛する人。それは、ヴィルヘルムのことだ。一度目の人生にて、自らが皇位に座り彼を夫として迎えようとしたが、それは叶わなかった。そしてその願いは、二度目の人生でも叶うことはない。
 自分のために生きる。アリアリーナはルイドの言葉通り、そうありたいと思っている。ヴィルヘルムを殺さず、なおかつ自分が生き残る方法。それはもはや、ひとつしかない。

「私、グリエンド公爵を諦めるわ」

 レイがあんぐりと口を開ける。アリアリーナがヴィルヘルムを諦めるという事実があまりにも衝撃的だったらしい。
 彼女とて、本当に心から愛する人を殺したくはない。だからと言って、せっかくのやり直しの人生を終わらせたくもない。ヴィルヘルムを諦め、別の"愛する人"を作り上げてその人物を殺害するしか方法はないだろう。例えば、一度目の人生での名ばかりの婚約者、とか。
 恋情や愛情に関連する感情を誘導ゆうどう抹殺まっさつする呪術は、リンドル家に伝わる呪術では、存在しないのだ。理由は、分からない。リンドル家に現存するのは、〝殺すこと〟に特化した呪術と、ちょっとした役に立つ呪術、そして使う機会があるのかも分からない呪術である。そのため、己でなんとかするしかない。
 皇族に名を連ね、ヴィルヘルムを初めて見た時から彼に恋をしていた。一度目の人生も合わせると、気が遠くなるほどの長い片思いであった。執着に近い想いを簡単に捨てられるのかと問われれば、分からない。だがもう決意するしかないのだ。彼と、ヴィルヘルムと別々の道に進むことを――。

「お前がグリエンド公爵を諦めるなんて、一体、未来で何があったんだ……?」
「別に、何もないわ。皇族を殺して、私も死んだだけ」

 平然としながら答えると、レイは短い溜息をついた。「だけ」という語尾では片付けきれない情報量であるが、彼はそれ以上言及げんきゅうしない選択をしたのであった。
 アリアリーナがベッドから下りようと試みた時、扉を叩く音が聞こえる。

「どうぞ」

 アリアリーナが入室の許可を出すと、扉が開かれる。扉の向こうから現れたのは、ひとりの侍女であった。

「第四皇女殿下。ディオレント王国の王妃殿下が面会を望まれています」
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