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第6話 専属執事の正体
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緩慢に瞼が上がる。白銀色の睫毛が目下に影を落とした。宝石と見まがうほどの輝きを放つオパールグリーンの瞳が現れる。霞がかる視界の中、何度か瞬きを繰り返す。
苦痛を訴える体に無視を決め込み、無理に起き上がる。上体を起こしただけだと言うのに、体が悲鳴を上げている。激しい頭痛に、吐き気。体は鉛のように重く、目眩もする。こんなに体調が悪化したのは、久々だ。アリアリーナは、自身の記憶を回想しようと試みる。
「姫様……?」
何者かに呼ばれたことにより、回想は強制終了する。アリアリーナは自身を呼んだ人物を確認するべく、声がした方向を見遣る。
「目覚められたのですね。よかったです」
まったくもって「よかった」とは思っていないであろう淡々とした声でそう言ったのは、黒色を基調とした執事服を身に纏った少年であった。光沢感のある黒髪が美しい。アザーブルーの右目にシャルトルーズイエローの左目、虹彩異色症が神秘的である。顔立ちはやけに整っており、背は男性にしては低めだ。
名は、レイ。アリアリーナの専属執事。年齢は16歳。フルネームは、レイ・エルンドレである。ありとあらゆる任務を完璧にこなす最強の暗殺者一族、エルンドレ家の次期当主。直系の中の直系。アリアリーナのかなりの遠縁に当たる。
アリアリーナの母方の祖母は、このエルンドレ一族の末端の生まれ。母方の祖父が、かの最強の呪術師一族リンドル家の直系の生まれ。ふたりの間にアリアリーナの今は亡き母、アイーダは生を享けた。そして彼女がアリアリーナを身篭ったのだ。『皇族を殺せ。緑の瞳を持つ子は一族の怨念を果たす。さもなければ一族は滅びる』という言い伝えのもと、アイーダは自らの娘を育てるため、エルンドレ一族を頼りながら、アリアリーナに自身の呪術とエルンドレの暗殺の技術を教えた。
リンドル家の長年の執着じみた期待を背負いながら、エルンドレ家の嫌がらせに耐えてきたアリアリーナは、二年前の15歳の時、皇帝の前に自ら姿を現し、ツィンクラウン皇族に名を連ねた。全ては、皇族の血が濃く引き継ぐ者を根絶やしにするための策略であった――。が、この男、レイは、暗殺一族の跡取り息子でありながら、突如として彼女の前に現れ、専属の執事として名乗り出たのだ。何を企んでいるのかは分からない。一度目の人生でも、最後までその目的が明かされることはなかった。大方、面白いとでも思っているのだろうし、表世界の、それも大帝国の皇女と繋がりを持てば何かしら役に立つとも考えているのだろう。
「姫様?」
レイはコップに入った水を差し出しながら、心ここに在らずの状態のアリアリーナに声をかける。
「あなたにそう呼ばれるの、なかなか慣れないわね」
レイの手からコップを奪い去り、一気に水を飲み干す。濡れた唇を人差し指と中指の腹で拭った。その仕草が、なんとも色っぽい。
「俺も、アリアと呼ぶほうが性に合ってる」
レイはふわりと微笑む。花が綻ぶような柔和な笑みは、アリアリーナの心を擽った。
「ところで、なぜ私はベッドの上にいるのかしら」
「……覚えてないのか? ディオレント王妃を殺すための毒を自ら飲んで倒れたんだよ。呪術が施された毒を飲んで生きているのが奇跡だ」
レイの説明に、アリアリーナは先程中断してしまった記憶の回想に再度取りかかった。
皇族を滅ぼすため、ツィンクラウン皇帝の異母妹に当たるディオレント王国の王妃アデリンを公衆の面前で殺害しようとした。しかし、一度目の人生にて皇族を殺すという呪いを見事解呪したアリアリーナは、過去へと逆行していることに気がつき、一時の感情の暴走によりアデリンを助けてしまった。自らが呪術を施した毒を代わりに飲み干した彼女であるが、奇跡的な生還を遂げたのだ。
15歳で私生児の皇女となったアリアリーナは、この約二年間、皇族の血縁かつ過去にツィンクラウンを一度でも名乗ったことのある人々、つまりかつての皇子や皇女、それも素知らぬ顔で悪行を行っている者からじっくりとゆっくりと、殺害していた。しかし呪いを一度果たしたことにより、それはもう必要なくなったのだ。
だからと言って、毒を自ら飲むなど、どうかしている。アリアリーナは、自身の愚行を悔いたのであった。
「アリアが意識を失ってから七日。俺が雇った男はディオレント王妃並びに第四皇女殺人未遂の容疑にかけられ拷問ののち処刑。俺が言い聞かせた通り……ディオレント王国の貴族により仕組まれた事件だと、拷問官に吐いてから死んでいったよ。これで哀れな自殺志願者の男は天国に行ける」
レイは天使さながらの雰囲気を醸し出しながら、笑った。
毒入りのワインを渡した男が自白し、彼の自室にあらかじめ仕組んでおいた空き瓶も見つかったことだろう。しかし毒を飲んだアリアリーナは危篤状態にあったものの死んではいない。そんな状況にも拘わらず、アリアリーナの目覚めを待たずして、皇帝はワインを渡した男をすぐさま極刑に処したのだ。皇帝は彼女のことを心底嫌っていたはずだが、ここまで男を徹底的に処すとは。まぁ、アリアリーナ、ではなく、異母妹を殺そうとした犯罪者を処刑するのは彼にとっては妥当な判断なのだろう。
苦痛を訴える体に無視を決め込み、無理に起き上がる。上体を起こしただけだと言うのに、体が悲鳴を上げている。激しい頭痛に、吐き気。体は鉛のように重く、目眩もする。こんなに体調が悪化したのは、久々だ。アリアリーナは、自身の記憶を回想しようと試みる。
「姫様……?」
何者かに呼ばれたことにより、回想は強制終了する。アリアリーナは自身を呼んだ人物を確認するべく、声がした方向を見遣る。
「目覚められたのですね。よかったです」
まったくもって「よかった」とは思っていないであろう淡々とした声でそう言ったのは、黒色を基調とした執事服を身に纏った少年であった。光沢感のある黒髪が美しい。アザーブルーの右目にシャルトルーズイエローの左目、虹彩異色症が神秘的である。顔立ちはやけに整っており、背は男性にしては低めだ。
名は、レイ。アリアリーナの専属執事。年齢は16歳。フルネームは、レイ・エルンドレである。ありとあらゆる任務を完璧にこなす最強の暗殺者一族、エルンドレ家の次期当主。直系の中の直系。アリアリーナのかなりの遠縁に当たる。
アリアリーナの母方の祖母は、このエルンドレ一族の末端の生まれ。母方の祖父が、かの最強の呪術師一族リンドル家の直系の生まれ。ふたりの間にアリアリーナの今は亡き母、アイーダは生を享けた。そして彼女がアリアリーナを身篭ったのだ。『皇族を殺せ。緑の瞳を持つ子は一族の怨念を果たす。さもなければ一族は滅びる』という言い伝えのもと、アイーダは自らの娘を育てるため、エルンドレ一族を頼りながら、アリアリーナに自身の呪術とエルンドレの暗殺の技術を教えた。
リンドル家の長年の執着じみた期待を背負いながら、エルンドレ家の嫌がらせに耐えてきたアリアリーナは、二年前の15歳の時、皇帝の前に自ら姿を現し、ツィンクラウン皇族に名を連ねた。全ては、皇族の血が濃く引き継ぐ者を根絶やしにするための策略であった――。が、この男、レイは、暗殺一族の跡取り息子でありながら、突如として彼女の前に現れ、専属の執事として名乗り出たのだ。何を企んでいるのかは分からない。一度目の人生でも、最後までその目的が明かされることはなかった。大方、面白いとでも思っているのだろうし、表世界の、それも大帝国の皇女と繋がりを持てば何かしら役に立つとも考えているのだろう。
「姫様?」
レイはコップに入った水を差し出しながら、心ここに在らずの状態のアリアリーナに声をかける。
「あなたにそう呼ばれるの、なかなか慣れないわね」
レイの手からコップを奪い去り、一気に水を飲み干す。濡れた唇を人差し指と中指の腹で拭った。その仕草が、なんとも色っぽい。
「俺も、アリアと呼ぶほうが性に合ってる」
レイはふわりと微笑む。花が綻ぶような柔和な笑みは、アリアリーナの心を擽った。
「ところで、なぜ私はベッドの上にいるのかしら」
「……覚えてないのか? ディオレント王妃を殺すための毒を自ら飲んで倒れたんだよ。呪術が施された毒を飲んで生きているのが奇跡だ」
レイの説明に、アリアリーナは先程中断してしまった記憶の回想に再度取りかかった。
皇族を滅ぼすため、ツィンクラウン皇帝の異母妹に当たるディオレント王国の王妃アデリンを公衆の面前で殺害しようとした。しかし、一度目の人生にて皇族を殺すという呪いを見事解呪したアリアリーナは、過去へと逆行していることに気がつき、一時の感情の暴走によりアデリンを助けてしまった。自らが呪術を施した毒を代わりに飲み干した彼女であるが、奇跡的な生還を遂げたのだ。
15歳で私生児の皇女となったアリアリーナは、この約二年間、皇族の血縁かつ過去にツィンクラウンを一度でも名乗ったことのある人々、つまりかつての皇子や皇女、それも素知らぬ顔で悪行を行っている者からじっくりとゆっくりと、殺害していた。しかし呪いを一度果たしたことにより、それはもう必要なくなったのだ。
だからと言って、毒を自ら飲むなど、どうかしている。アリアリーナは、自身の愚行を悔いたのであった。
「アリアが意識を失ってから七日。俺が雇った男はディオレント王妃並びに第四皇女殺人未遂の容疑にかけられ拷問ののち処刑。俺が言い聞かせた通り……ディオレント王国の貴族により仕組まれた事件だと、拷問官に吐いてから死んでいったよ。これで哀れな自殺志願者の男は天国に行ける」
レイは天使さながらの雰囲気を醸し出しながら、笑った。
毒入りのワインを渡した男が自白し、彼の自室にあらかじめ仕組んでおいた空き瓶も見つかったことだろう。しかし毒を飲んだアリアリーナは危篤状態にあったものの死んではいない。そんな状況にも拘わらず、アリアリーナの目覚めを待たずして、皇帝はワインを渡した男をすぐさま極刑に処したのだ。皇帝は彼女のことを心底嫌っていたはずだが、ここまで男を徹底的に処すとは。まぁ、アリアリーナ、ではなく、異母妹を殺そうとした犯罪者を処刑するのは彼にとっては妥当な判断なのだろう。
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