上 下
6 / 185

第6話 専属執事の正体

しおりを挟む
 緩慢に瞼が上がる。白銀色の睫毛が目下に影を落とした。宝石と見まがうほどの輝きを放つオパールグリーンの瞳が現れる。霞がかる視界の中、何度か瞬きを繰り返す。
 苦痛を訴える体に無視を決め込み、無理に起き上がる。上体を起こしただけだと言うのに、体が悲鳴を上げている。激しい頭痛に、吐き気。体はなまりのように重く、目眩もする。こんなに体調が悪化したのは、久々だ。アリアリーナは、自身の記憶を回想しようとこころみる。

「姫様……?」

 何者かに呼ばれたことにより、回想は強制終了する。アリアリーナは自身を呼んだ人物を確認するべく、声がした方向を見遣る。

「目覚められたのですね。よかったです」

 まったくもって「よかった」とは思っていないであろう淡々とした声でそう言ったのは、黒色を基調とした執事服を身に纏った少年であった。光沢感こうたくかんのある黒髪が美しい。アザーブルーの右目にシャルトルーズイエローの左目、虹彩異色症オッドアイが神秘的である。顔立ちはやけに整っており、背は男性にしては低めだ。
 名は、レイ。アリアリーナの専属執事。年齢は16歳。フルネームは、レイ・エルンドレである。ありとあらゆる任務を完璧にこなす最強の暗殺者一族、エルンドレ家の次期当主。直系の中の直系。アリアリーナのかなりの遠縁に当たる。
 アリアリーナの母方の祖母は、このエルンドレ一族の末端の生まれ。母方の祖父が、かの最強の呪術師一族リンドル家の直系の生まれ。ふたりの間にアリアリーナの今は亡き母、アイーダは生をけた。そして彼女がアリアリーナを身篭ったのだ。『皇族を殺せ。緑の瞳を持つ子は一族の怨念を果たす。さもなければ一族は滅びる』という言い伝えのもと、アイーダは自らの娘を育てるため、エルンドレ一族を頼りながら、アリアリーナに自身の呪術とエルンドレの暗殺の技術を教えた。
 リンドル家の長年の執着しゅうちゃくじみた期待を背負いながら、エルンドレ家の嫌がらせに耐えてきたアリアリーナは、二年前の15歳の時、皇帝の前に自ら姿を現し、ツィンクラウン皇族に名を連ねた。全ては、皇族の血が濃く引き継ぐ者を根絶ねだやしにするための策略であった――。が、この男、レイは、暗殺一族の跡取あととり息子でありながら、突如として彼女の前に現れ、専属の執事として名乗り出たのだ。何を企んでいるのかは分からない。一度目の人生でも、最後までその目的が明かされることはなかった。大方おおかた、面白いとでも思っているのだろうし、表世界の、それも大帝国の皇女と繋がりを持てば何かしら役に立つとも考えているのだろう。

「姫様?」

 レイはコップに入った水を差し出しながら、心ここに在らずの状態のアリアリーナに声をかける。

「あなたにそう呼ばれるの、なかなか慣れないわね」

 レイの手からコップを奪い去り、一気に水を飲み干す。濡れた唇を人差し指と中指の腹でぬぐった。その仕草が、なんとも色っぽい。

「俺も、アリアと呼ぶほうが性に合ってる」

 レイはふわりと微笑む。花がほころぶような柔和な笑みは、アリアリーナの心をくすぐった。

「ところで、なぜ私はベッドの上にいるのかしら」
「……覚えてないのか? ディオレント王妃を殺すための毒を自ら飲んで倒れたんだよ。呪術が施された毒を飲んで生きているのが奇跡だ」

 レイの説明に、アリアリーナは先程中断してしまった記憶の回想に再度取りかかった。
 皇族を滅ぼすため、ツィンクラウン皇帝の異母妹に当たるディオレント王国の王妃アデリンを公衆こうしゅうの面前で殺害しようとした。しかし、一度目の人生にて皇族を殺すという呪いを見事解呪したアリアリーナは、過去へと逆行していることに気がつき、一時の感情の暴走によりアデリンを助けてしまった。自らが呪術を施した毒を代わりに飲み干した彼女であるが、奇跡的な生還せいかんげたのだ。
 15歳で私生児の皇女となったアリアリーナは、この約二年間、皇族の血縁かつ過去にツィンクラウンを一度でも名乗ったことのある人々、つまりかつての皇子や皇女、それも素知そしらぬ顔で悪行を行っている者からじっくりとゆっくりと、殺害していた。しかし呪いを一度果たしたことにより、それはもう必要なくなったのだ。
 だからと言って、毒を自ら飲むなど、どうかしている。アリアリーナは、自身の愚行ぐこういたのであった。

「アリアが意識を失ってから七日。俺がやとった男はディオレント王妃並びに第四皇女殺人未遂の容疑にかけられ拷問ごうもんののち処刑。俺が言い聞かせた通り……ディオレント王国の貴族により仕組まれた事件だと、拷問官に吐いてから死んでいったよ。これで哀れな自殺志願者の男は天国に行ける」

 レイは天使さながらの雰囲気を醸し出しながら、笑った。
 毒入りのワインを渡した男が自白し、彼の自室にあらかじめ仕組んでおいた空き瓶も見つかったことだろう。しかし毒を飲んだアリアリーナは危篤きとく状態にあったものの死んではいない。そんな状況にも拘わらず、アリアリーナの目覚めを待たずして、皇帝はワインを渡した男をすぐさま極刑に処したのだ。皇帝は彼女のことを心底嫌っていたはずだが、ここまで男を徹底的てっていてきに処すとは。まぁ、アリアリーナ、ではなく、異母妹を殺そうとした犯罪者を処刑するのは彼にとっては妥当だとうな判断なのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...