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第5話 ルイド
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瞳を開ける。眼前に広がるのは、見覚えのある雪白の世界であった。アリアリーナは全身を襲う寒気を感じながら、ゆっくりと身を起こした。全身が湖に浸かっていたせいで、酷く濡れてしまっているが、それがなぜか心地よく感じた。身に纏っているのは、舞踏会でも着用していた深緑のマーメイドラインのドレスだ。ドレスがたっぷりと水を吸収してしまっているため、体が重く感じる。二本の足で立つこともままならないため、彼女は座ったまま、視線を上げた。
「やぁ」
白い手を挙げてにっこりと笑った人物。艶のある黒髪にシーブルーの眼を持つ青年。雪白の世界がよく似合う、美しい人であった。
「また会ったね」
黒髪の男は、白々しくそう言った。
「せっかくの二度目の人生をすぐに棒に振ろうとするなんて、奇想天外なお転婆お嬢さんだ」
アリアリーナを心底理解できないとでも言いたげな素振りで両手を広げた。
「私は、今度こそ死ぬの?」
アリアリーナは男に問いかける。
一時の感情に任せて、アデリンが飲む予定だった毒を代わりに飲み干してしまった。自分が死ぬ可能性があるということも考慮せず。せっかく授かった命なのにも拘わらず、彼女はその命を捨て去ろうとしてしまった。
彼女の質問に、男は爽やかに笑う。
「いいや、死なないよ。峠を越えれば、の話だけど。そんなことよりも、君に伝えたいことがあるんだ」
男は柔和な笑顔を崩さない。彼は、アリアリーナが生死の狭間を彷徨うことを「そんなこと」と言った。まるでアリアリーナが生きようが死のうがどうでもいいとでも言いたげだ。いいや、それは違うかもしれない。彼女が生きるという確信を得ているからこそ、伝えたいことがあるのではないか。アリアリーナはそう予測した。
「ツィンクラウン皇族を滅ぼさなければリンドルの一族が滅びる。君はどちらを選択しても、死ぬ運命だったわけだ」
男は淡々と告げる。彼の言う通り、アリアリーナはツィンクラウン皇族を滅ぼそうが、それを無視しようがどちらにせよ死ぬ運命だった。彼女はこの世界で唯一、ツィンクラウン皇族とリンドル家の血を引く者なのだから。どちらを選択したとしても、彼女は死んでいた。己の身に、そして魂に刻まれた呪いの影響か、最も重要な事実に気づいたのは死に際のことであった。
「一度目の人生でその呪いを果たしたことにより、君は宿命から解放された。でも、残念ながら……その身にはまた新たな呪いがかけられている」
アリアリーナは瞠若する。
ようやく、破滅の呪いから逃れられたと思っていたのに、どうして、なぜ。男から告げられた無慈悲な言葉は、彼女の思考を支配していく。
「時間もない、手短に話すよ」
男はアリアリーナを置き去りに、口を開いた。
「愛する人を殺さなければ死ぬ。これが、君にかけられた新たな呪いだ」
アリアリーナは絶句する。男の酷薄な言葉は、彼女の精神を破壊させるには十分であった。
ツィンクラウン皇族を滅亡させなければ、彼女の母方の家系、呪術師一族リンドル家が滅びる。生まれた瞬間から彼女を取り巻いていた呪いは、一度目の人生を終えると共に消滅した。しかし、二度目の人生が始まった途端、また別の新たな呪いがかけられた。
愛する人を殺さなければ死ぬ。その期限は、前世の呪いと同様不明だ。考えられる期限は、呪いをかけた神的な存在の気まぐれか、もしくは一度目の人生を終えた年齢。いいや、そんなことは今はどうでもいい。脳内に浮かぶのは、アリアリーナが心から愛する人、ヴィルヘルムであった。ヴィルヘルムを殺さなければ、自身が死ぬ。それを自覚した瞬間、彼女は厭世的な感情を抱いてしまった。
「決して生きることを諦めないでほしい。生きると決めたら、最後までそれを貫いてくれ」
「………………」
「でもそれはただの僕の望みでしかない。だから僕は、たとえ君がどんな選択を選んだとしても、どんな結末を迎えたとしても、それを応援すると誓うよ」
男の優しい励ましに、アリアリーナは緩慢に顔を上げる。雪白の世界が徐々に崩れ落ちていく。男は彼女に向かって手を伸ばす。
「アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン。僕の名は、ルイド。君の幸せを、心から祈る者だ」
強い風が吹き荒れる。アリアリーナは引き寄せられるまま、ルイドと名乗った男の手を掴んだ。その瞬刻、視界が一面、白に染まった。
「やぁ」
白い手を挙げてにっこりと笑った人物。艶のある黒髪にシーブルーの眼を持つ青年。雪白の世界がよく似合う、美しい人であった。
「また会ったね」
黒髪の男は、白々しくそう言った。
「せっかくの二度目の人生をすぐに棒に振ろうとするなんて、奇想天外なお転婆お嬢さんだ」
アリアリーナを心底理解できないとでも言いたげな素振りで両手を広げた。
「私は、今度こそ死ぬの?」
アリアリーナは男に問いかける。
一時の感情に任せて、アデリンが飲む予定だった毒を代わりに飲み干してしまった。自分が死ぬ可能性があるということも考慮せず。せっかく授かった命なのにも拘わらず、彼女はその命を捨て去ろうとしてしまった。
彼女の質問に、男は爽やかに笑う。
「いいや、死なないよ。峠を越えれば、の話だけど。そんなことよりも、君に伝えたいことがあるんだ」
男は柔和な笑顔を崩さない。彼は、アリアリーナが生死の狭間を彷徨うことを「そんなこと」と言った。まるでアリアリーナが生きようが死のうがどうでもいいとでも言いたげだ。いいや、それは違うかもしれない。彼女が生きるという確信を得ているからこそ、伝えたいことがあるのではないか。アリアリーナはそう予測した。
「ツィンクラウン皇族を滅ぼさなければリンドルの一族が滅びる。君はどちらを選択しても、死ぬ運命だったわけだ」
男は淡々と告げる。彼の言う通り、アリアリーナはツィンクラウン皇族を滅ぼそうが、それを無視しようがどちらにせよ死ぬ運命だった。彼女はこの世界で唯一、ツィンクラウン皇族とリンドル家の血を引く者なのだから。どちらを選択したとしても、彼女は死んでいた。己の身に、そして魂に刻まれた呪いの影響か、最も重要な事実に気づいたのは死に際のことであった。
「一度目の人生でその呪いを果たしたことにより、君は宿命から解放された。でも、残念ながら……その身にはまた新たな呪いがかけられている」
アリアリーナは瞠若する。
ようやく、破滅の呪いから逃れられたと思っていたのに、どうして、なぜ。男から告げられた無慈悲な言葉は、彼女の思考を支配していく。
「時間もない、手短に話すよ」
男はアリアリーナを置き去りに、口を開いた。
「愛する人を殺さなければ死ぬ。これが、君にかけられた新たな呪いだ」
アリアリーナは絶句する。男の酷薄な言葉は、彼女の精神を破壊させるには十分であった。
ツィンクラウン皇族を滅亡させなければ、彼女の母方の家系、呪術師一族リンドル家が滅びる。生まれた瞬間から彼女を取り巻いていた呪いは、一度目の人生を終えると共に消滅した。しかし、二度目の人生が始まった途端、また別の新たな呪いがかけられた。
愛する人を殺さなければ死ぬ。その期限は、前世の呪いと同様不明だ。考えられる期限は、呪いをかけた神的な存在の気まぐれか、もしくは一度目の人生を終えた年齢。いいや、そんなことは今はどうでもいい。脳内に浮かぶのは、アリアリーナが心から愛する人、ヴィルヘルムであった。ヴィルヘルムを殺さなければ、自身が死ぬ。それを自覚した瞬間、彼女は厭世的な感情を抱いてしまった。
「決して生きることを諦めないでほしい。生きると決めたら、最後までそれを貫いてくれ」
「………………」
「でもそれはただの僕の望みでしかない。だから僕は、たとえ君がどんな選択を選んだとしても、どんな結末を迎えたとしても、それを応援すると誓うよ」
男の優しい励ましに、アリアリーナは緩慢に顔を上げる。雪白の世界が徐々に崩れ落ちていく。男は彼女に向かって手を伸ばす。
「アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン。僕の名は、ルイド。君の幸せを、心から祈る者だ」
強い風が吹き荒れる。アリアリーナは引き寄せられるまま、ルイドと名乗った男の手を掴んだ。その瞬刻、視界が一面、白に染まった。
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