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第2話 この身とあなたに別れを告げて
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絶望。その一言が相応だった。
憤懣でもない。ただ、絶念していた。
皇族を滅亡させ、ツィンクラウン帝国の最後の皇族として女帝となって、ヴィルヘルムを無理やり夫に添えようと考えていたアリアリーナの思考の結晶は、一瞬にして砕け散った。
ヴィルヘルムは今も変わらず、エナヴェリーナを愛している――。アリアリーナを愛することは、これまでも、今も、この先も、絶対にありえない。
「第四皇女殿下……。なぜ、あなたが、」
ヴィルヘルムの声が震えている。エナヴェリーナの名を呼んだ時よりも。エナヴェリーナの妹でもあるアリアリーナがなぜ彼女を殺すのか、とでも言いたげだが、アリアリーナの噂を知っているのであれば、少しは想像もできるだろう。それでも、ヴィルヘルムは喫驚していた。まぁ、エナヴェリーナをはじめとした皇族を皆殺しにした理由は、彼が想像しているものではないが。
アリアリーナが美貌や体を使って、いくらアピールしても、ヴィルヘルムは決してなびかなかった。その度にアリアリーナは、社交界で笑いものにされていた。ヴィルヘルムに直接的に暴言を吐かれることはなかったとしても、迷惑がられていたのは事実。結局、アリアリーナと同様、彼を心から好いていたエナヴェリーナと結婚してしまったが。感情に任されるがまま、彼女を本気でこの手で殺そうと思った。しかし、結婚したタイミングで彼女を殺してしまえば、どんな理由であれ疑われるのは、アリアリーナだ。なんとか殺意を抑え込み、ほかの皇族を順番に始末した。好きでもない男、ツィンクラウンの南の領主と無理やり結婚させられそうになったとしても、最も恨む家族をまとめて殺す時を待った。そう、この瞬間を、待ったのだ。
一族の悲願であり、アリアリーナの願いは果たされた。あとは目の前の男を、手に入れるだけ。己のものにするだけ。それだけ、なのに。
「無駄、だったのね」
人生は、全て、無駄だった。
「私が生きた人生も、この命も、ヴィルヘルム、あなたへの想いも無駄だった」
悲嘆に満ちた声色は無数の矢となって、ヴィルヘルムの心の臓に突き刺さる。ヴィルヘルムは、摂理を、運命を悟ったアリアリーナに対して声を発することはできなかった。
アリアリーナの脳内に、走馬灯が過る。数々の記憶の中。彼女は以前、ヴィルヘルムに向かって「私に愛されるなんてどれほど幸せなことか分かってる?」と投げかけたことを思い出した。
(私は、あなたの本当の愛が、欲しかったの。偽りではない。本当の愛が)
美貌が歪む。恐ろしく阿呆な思考だ。救いようがない、馬鹿の考えること。いつだってアリアリーナは、自分のことばかりであった。愛する人の気持ちなど微塵も考えていなかった。自分に愛されているのだから、あなたも幸せでしょうと哀れに思い込んでいた。勘違いも甚だしい。
走馬灯が終わりを告げたと同時に、オパールグリーンの瞳からひと粒の涙が溢れ落ちた。
エナヴェリーナを殺したのは、アリアリーナ。ヴィルヘルムは決して許してはくれないだろう。そんなこと、分かっていたはずなのに。盲目の愛というものは、恐ろしい。
もう、良いのではないか。これ以上、生きていても意味はない。それに――。
「ツィンクラウン皇族は、私で最後」
アリアリーナは一言呟いた直後、王座から立ち上がる。一段、一段。今度は、下りていく。君臨したばかりの名ばかりの王が自ら地位を下りる瞬間だ。刻一刻と迫る死。彼女は、少しも怖くなかった。このまま生き続けて、虚しさに駆られるほうが怖かった。頭上に乗った黄金に光り輝く冠を取り、捨てる。それはゴン、ゴンと重い音を鳴らして転がり落ちる。前代未聞、ツィンクラウン皇族の没落だ。死後、帝国がどうなるかなど、もはやどうでもよかった。眼前に座り込むヴィルヘルムと、その仲間たちがどうにかするだろう。
アリアリーナはヴィルヘルムの前に、腰を下ろす。ふわりと舞う白銀のオーバースカート。彼女の麗姿が暁光に照らされる。指先に力を込めると緑色の光が現れる。彼女は自身の周囲に陣を描いた。
「《深淵に眠りし我が呪力よ 代償を捧げ給う 対象はツィンクラウン帝国第四皇女アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン こめかみは天光によって撃ち抜かれん》」
美しい声で呪文を唱えたあと、ヴィルヘルムの頬に手を伸ばしその美貌に触れる。
「あなたは最後まで、憎たらしいくらいにかっこいいわ」
莞爾として笑う。あまりにも美麗な微笑みは、ヴィルヘルムの目に焼きつけられる。
アリアリーナは、彼の後ろ、大きく開かれた扉のもとに何者かが立っている様を見た。ブルームーンストーン色の瞳が大きく見開かれる。アリアリーナは、ほくそ笑んだ。
刹那――。光が瞬く。それは彼女のこめかみを貫通して宙に消え去った。血が飛び散る。彼女の体は、地面に叩きつけられた。
自ら、呪術による死をもたらす。苦痛を超越した無。脳が心が魂が、死を受け入れていた。生命として活動を停止させていく体に抗うことなく、アリアリーナは身を委ねる。薄れゆく景色の中で、彼女は呟いた。
「愛してしまって、ごめんなさい」
この世に、これほど悲しい呟きがあるだろうか。呪縛に溺れ、呪縛に殺された、愛を知らぬ悲劇の皇女。アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウンの命は、儚く散った。
彼女の死後、閑散とした王座の間に突如、大声が響く。
「アリアリーナ皇女殿下っ!!!」
ヴィルヘルムの目前で死した皇女の名を呼んだのは、彼女と婚約関係にあった南の領主であった気がする。ヴィルヘルムは呆然とする中、そんなことを考えていた。
次の瞬間、主を亡くした玉座に黒い靄がかかる。黒い靄はやがて形を成し、艶やかな濡鳥の髪を持つ美女が姿を見せた。長い睫毛の下、クリムゾンの瞳が現れる。やけに赤い唇が弧を描いた。
災厄の復活。世界は刻一刻と、破滅に向かうのだ。
憤懣でもない。ただ、絶念していた。
皇族を滅亡させ、ツィンクラウン帝国の最後の皇族として女帝となって、ヴィルヘルムを無理やり夫に添えようと考えていたアリアリーナの思考の結晶は、一瞬にして砕け散った。
ヴィルヘルムは今も変わらず、エナヴェリーナを愛している――。アリアリーナを愛することは、これまでも、今も、この先も、絶対にありえない。
「第四皇女殿下……。なぜ、あなたが、」
ヴィルヘルムの声が震えている。エナヴェリーナの名を呼んだ時よりも。エナヴェリーナの妹でもあるアリアリーナがなぜ彼女を殺すのか、とでも言いたげだが、アリアリーナの噂を知っているのであれば、少しは想像もできるだろう。それでも、ヴィルヘルムは喫驚していた。まぁ、エナヴェリーナをはじめとした皇族を皆殺しにした理由は、彼が想像しているものではないが。
アリアリーナが美貌や体を使って、いくらアピールしても、ヴィルヘルムは決してなびかなかった。その度にアリアリーナは、社交界で笑いものにされていた。ヴィルヘルムに直接的に暴言を吐かれることはなかったとしても、迷惑がられていたのは事実。結局、アリアリーナと同様、彼を心から好いていたエナヴェリーナと結婚してしまったが。感情に任されるがまま、彼女を本気でこの手で殺そうと思った。しかし、結婚したタイミングで彼女を殺してしまえば、どんな理由であれ疑われるのは、アリアリーナだ。なんとか殺意を抑え込み、ほかの皇族を順番に始末した。好きでもない男、ツィンクラウンの南の領主と無理やり結婚させられそうになったとしても、最も恨む家族をまとめて殺す時を待った。そう、この瞬間を、待ったのだ。
一族の悲願であり、アリアリーナの願いは果たされた。あとは目の前の男を、手に入れるだけ。己のものにするだけ。それだけ、なのに。
「無駄、だったのね」
人生は、全て、無駄だった。
「私が生きた人生も、この命も、ヴィルヘルム、あなたへの想いも無駄だった」
悲嘆に満ちた声色は無数の矢となって、ヴィルヘルムの心の臓に突き刺さる。ヴィルヘルムは、摂理を、運命を悟ったアリアリーナに対して声を発することはできなかった。
アリアリーナの脳内に、走馬灯が過る。数々の記憶の中。彼女は以前、ヴィルヘルムに向かって「私に愛されるなんてどれほど幸せなことか分かってる?」と投げかけたことを思い出した。
(私は、あなたの本当の愛が、欲しかったの。偽りではない。本当の愛が)
美貌が歪む。恐ろしく阿呆な思考だ。救いようがない、馬鹿の考えること。いつだってアリアリーナは、自分のことばかりであった。愛する人の気持ちなど微塵も考えていなかった。自分に愛されているのだから、あなたも幸せでしょうと哀れに思い込んでいた。勘違いも甚だしい。
走馬灯が終わりを告げたと同時に、オパールグリーンの瞳からひと粒の涙が溢れ落ちた。
エナヴェリーナを殺したのは、アリアリーナ。ヴィルヘルムは決して許してはくれないだろう。そんなこと、分かっていたはずなのに。盲目の愛というものは、恐ろしい。
もう、良いのではないか。これ以上、生きていても意味はない。それに――。
「ツィンクラウン皇族は、私で最後」
アリアリーナは一言呟いた直後、王座から立ち上がる。一段、一段。今度は、下りていく。君臨したばかりの名ばかりの王が自ら地位を下りる瞬間だ。刻一刻と迫る死。彼女は、少しも怖くなかった。このまま生き続けて、虚しさに駆られるほうが怖かった。頭上に乗った黄金に光り輝く冠を取り、捨てる。それはゴン、ゴンと重い音を鳴らして転がり落ちる。前代未聞、ツィンクラウン皇族の没落だ。死後、帝国がどうなるかなど、もはやどうでもよかった。眼前に座り込むヴィルヘルムと、その仲間たちがどうにかするだろう。
アリアリーナはヴィルヘルムの前に、腰を下ろす。ふわりと舞う白銀のオーバースカート。彼女の麗姿が暁光に照らされる。指先に力を込めると緑色の光が現れる。彼女は自身の周囲に陣を描いた。
「《深淵に眠りし我が呪力よ 代償を捧げ給う 対象はツィンクラウン帝国第四皇女アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン こめかみは天光によって撃ち抜かれん》」
美しい声で呪文を唱えたあと、ヴィルヘルムの頬に手を伸ばしその美貌に触れる。
「あなたは最後まで、憎たらしいくらいにかっこいいわ」
莞爾として笑う。あまりにも美麗な微笑みは、ヴィルヘルムの目に焼きつけられる。
アリアリーナは、彼の後ろ、大きく開かれた扉のもとに何者かが立っている様を見た。ブルームーンストーン色の瞳が大きく見開かれる。アリアリーナは、ほくそ笑んだ。
刹那――。光が瞬く。それは彼女のこめかみを貫通して宙に消え去った。血が飛び散る。彼女の体は、地面に叩きつけられた。
自ら、呪術による死をもたらす。苦痛を超越した無。脳が心が魂が、死を受け入れていた。生命として活動を停止させていく体に抗うことなく、アリアリーナは身を委ねる。薄れゆく景色の中で、彼女は呟いた。
「愛してしまって、ごめんなさい」
この世に、これほど悲しい呟きがあるだろうか。呪縛に溺れ、呪縛に殺された、愛を知らぬ悲劇の皇女。アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウンの命は、儚く散った。
彼女の死後、閑散とした王座の間に突如、大声が響く。
「アリアリーナ皇女殿下っ!!!」
ヴィルヘルムの目前で死した皇女の名を呼んだのは、彼女と婚約関係にあった南の領主であった気がする。ヴィルヘルムは呆然とする中、そんなことを考えていた。
次の瞬間、主を亡くした玉座に黒い靄がかかる。黒い靄はやがて形を成し、艶やかな濡鳥の髪を持つ美女が姿を見せた。長い睫毛の下、クリムゾンの瞳が現れる。やけに赤い唇が弧を描いた。
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