165 / 168
第165話 騎士王は天を仰ぐ
しおりを挟む
ルカに連れ出されたヴィオレッタは、彼と共に正門までの道のりを歩いていた。重要な会議の最中ということで、ルカもあまりヴィオレッタに構っていられない様子だ。ヴィオレッタは隣を歩くルカの顔を覗き見る。明らかに不機嫌とまではいかないものの、機嫌がよろしくないのは事実。ヴィオレッタが惚れ込むお綺麗な顔に、皺が寄ってしまっていた。
「そんなに眉間に皺を寄せては、美しい顔が台無しよ、ルカ」
「……俺の勝手だろ」
ツンケンな態度に、ヴィオレッタは呆れ返った。
グリディアード公爵家は既に滅び、ルカはヴィオレッタと正式な婚姻を結ぶまで、貴族ではなくなった。だが彼は、貴族時代となんら変わりのない態度を取っている。エリート街道を突き進んできた貴族出身の騎士たちの中には、貴族位を失ってもなお騎士団の副団長の座に居座り続け、横暴な態度を崩さないルカに対して、邪念を抱く者もいるだろう。もちろん、声を大にして抗議できる勇敢で世間知らずな騎士はいないであろうが。副団長とは言え平民であるルカの態度が現在の騎士団に適しているのかいないのかという部分についてさほど興味はない。ヴィオレッタは、ルカにありのままの姿でいてほしいからだ。それに、彼がこれまでのスタンスを崩さなければ、周囲の女性陣も寄りつかないだろう。女性たちからしてみれば、貴族位を失ったルカは、突如として空から降ってきた恵の果実だ。神々より与えられし果実に触れることができるのは、彼を誰よりも知り尽くし、そして愛しているヴィオレッタの特権であるが――。
「やっぱりその顔のままでいてちょうだい」
ヴィオレッタは優美な笑みを湛えた。何を考えているか分からない彼女に、ルカは訝しげな表情を浮かべる。
「あなたの可愛い顔を見ていいのは私だけよ」
ヴィオレッタの唇から紡がれた衝撃的な言葉は、ルカの脳天を穿つ。確実に命を奪い去らんとする巧みな殺し文句に、ルカは天を仰ぐしかなかった。
「マジでテメェ、そうやって周りを誘惑すんのはやめろ。さっきのこともそうだが……テメェのストライクゾーンは女も含まれてんのか?」
「あら、誘惑なんてしてないわ。相変わらずお堅い姫騎士様を柔らか~く解してあげただけよ。私のストライクゾーンは、ルカだけですもの」
つまり、誘惑するのも愛するのも、ルカだけであるということ。ルカはまたも完封負けとなる。自覚があるのかないのかはさておき、次から次へと挨拶のように殺し文句を並べるヴィオレッタに、ルカは本気でどうしてやろうか? と考え始めた。
「もう正門が見えてきてしまったわね。残念。ここでお別れよ」
ヴィオレッタの言う通り、目の前には正門が。ルカも重要な会議中のため、彼女を送っていったあと、早急に戻らなければならない。ヴィオレッタはルカと向き合った。ルカは彼女の顔を見ると同時に、何かを思い出したのか、瞠目する。ヴィオレッタが何事かと顔を覗き込んだ時……。
「今思い出したんだが……今年のお前の誕生日、一緒に過ごせるか分からねぇ」
「……そうなの?」
「今年は昇級試験の難易度が前年度よりもさらに上げる。団員数も増えているし、競争は激化するだろうから、それに備えた準備をしなきゃならねぇ」
舌打ちをして説明を終えるルカ。ヴィオレッタは仕方がないと肩を落とした。今年の誕生日は、ルカと心も身も結ばれてから、初めてふたりきりで過ごすため、お互いにとっても特別な誕生日である。しかしヴィオレッタも承知しての通り、ルカはヘティリガ騎士団の副団長だ。貴族の職務はなくなったとは言え、多忙を極めているのに変わりはない。それに、常に寛大な心で将来の夫を支えるのも、妻の役目だろう。もちろん逆もまた然りである。
ルカは、ヴィオレッタよりもなぜか虚しい形相となっている。ヴィオレッタはそんな彼の頬に手を滑らせ、少し乾いた唇にキスをした。
「これから何度だってチャンスはあるわ。一年後も、二年後も、十年後も、ずっとずっとその先も、一緒にいるんだから」
ヴィオレッタがそう諭すと、ルカは悲哀を堪えながら首を縦に振ったのであった。
寂しいと言えば寂しいが、そこまでこだわることでもない。結論づけたヴィオレッタは、もう一度ルカにキスを仕掛けた。
「そんなに眉間に皺を寄せては、美しい顔が台無しよ、ルカ」
「……俺の勝手だろ」
ツンケンな態度に、ヴィオレッタは呆れ返った。
グリディアード公爵家は既に滅び、ルカはヴィオレッタと正式な婚姻を結ぶまで、貴族ではなくなった。だが彼は、貴族時代となんら変わりのない態度を取っている。エリート街道を突き進んできた貴族出身の騎士たちの中には、貴族位を失ってもなお騎士団の副団長の座に居座り続け、横暴な態度を崩さないルカに対して、邪念を抱く者もいるだろう。もちろん、声を大にして抗議できる勇敢で世間知らずな騎士はいないであろうが。副団長とは言え平民であるルカの態度が現在の騎士団に適しているのかいないのかという部分についてさほど興味はない。ヴィオレッタは、ルカにありのままの姿でいてほしいからだ。それに、彼がこれまでのスタンスを崩さなければ、周囲の女性陣も寄りつかないだろう。女性たちからしてみれば、貴族位を失ったルカは、突如として空から降ってきた恵の果実だ。神々より与えられし果実に触れることができるのは、彼を誰よりも知り尽くし、そして愛しているヴィオレッタの特権であるが――。
「やっぱりその顔のままでいてちょうだい」
ヴィオレッタは優美な笑みを湛えた。何を考えているか分からない彼女に、ルカは訝しげな表情を浮かべる。
「あなたの可愛い顔を見ていいのは私だけよ」
ヴィオレッタの唇から紡がれた衝撃的な言葉は、ルカの脳天を穿つ。確実に命を奪い去らんとする巧みな殺し文句に、ルカは天を仰ぐしかなかった。
「マジでテメェ、そうやって周りを誘惑すんのはやめろ。さっきのこともそうだが……テメェのストライクゾーンは女も含まれてんのか?」
「あら、誘惑なんてしてないわ。相変わらずお堅い姫騎士様を柔らか~く解してあげただけよ。私のストライクゾーンは、ルカだけですもの」
つまり、誘惑するのも愛するのも、ルカだけであるということ。ルカはまたも完封負けとなる。自覚があるのかないのかはさておき、次から次へと挨拶のように殺し文句を並べるヴィオレッタに、ルカは本気でどうしてやろうか? と考え始めた。
「もう正門が見えてきてしまったわね。残念。ここでお別れよ」
ヴィオレッタの言う通り、目の前には正門が。ルカも重要な会議中のため、彼女を送っていったあと、早急に戻らなければならない。ヴィオレッタはルカと向き合った。ルカは彼女の顔を見ると同時に、何かを思い出したのか、瞠目する。ヴィオレッタが何事かと顔を覗き込んだ時……。
「今思い出したんだが……今年のお前の誕生日、一緒に過ごせるか分からねぇ」
「……そうなの?」
「今年は昇級試験の難易度が前年度よりもさらに上げる。団員数も増えているし、競争は激化するだろうから、それに備えた準備をしなきゃならねぇ」
舌打ちをして説明を終えるルカ。ヴィオレッタは仕方がないと肩を落とした。今年の誕生日は、ルカと心も身も結ばれてから、初めてふたりきりで過ごすため、お互いにとっても特別な誕生日である。しかしヴィオレッタも承知しての通り、ルカはヘティリガ騎士団の副団長だ。貴族の職務はなくなったとは言え、多忙を極めているのに変わりはない。それに、常に寛大な心で将来の夫を支えるのも、妻の役目だろう。もちろん逆もまた然りである。
ルカは、ヴィオレッタよりもなぜか虚しい形相となっている。ヴィオレッタはそんな彼の頬に手を滑らせ、少し乾いた唇にキスをした。
「これから何度だってチャンスはあるわ。一年後も、二年後も、十年後も、ずっとずっとその先も、一緒にいるんだから」
ヴィオレッタがそう諭すと、ルカは悲哀を堪えながら首を縦に振ったのであった。
寂しいと言えば寂しいが、そこまでこだわることでもない。結論づけたヴィオレッタは、もう一度ルカにキスを仕掛けた。
7
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる