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第165話 騎士王は天を仰ぐ

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 ルカに連れ出されたヴィオレッタは、彼と共に正門までの道のりを歩いていた。重要な会議の最中ということで、ルカもあまりヴィオレッタに構っていられない様子だ。ヴィオレッタは隣を歩くルカの顔を覗き見る。明らかに不機嫌とまではいかないものの、機嫌がよろしくないのは事実。ヴィオレッタが惚れ込むお綺麗な顔に、皺が寄ってしまっていた。

「そんなに眉間に皺を寄せては、美しい顔が台無しよ、ルカ」
「……俺の勝手だろ」

 ツンケンな態度に、ヴィオレッタは呆れ返った。
 グリディアード公爵家は既に滅び、ルカはヴィオレッタと正式な婚姻を結ぶまで、貴族ではなくなった。だが彼は、貴族時代となんら変わりのない態度を取っている。エリート街道を突き進んできた貴族出身の騎士たちの中には、貴族位を失ってもなお騎士団の副団長の座に居座り続け、横暴な態度を崩さないルカに対して、邪念を抱く者もいるだろう。もちろん、声を大にして抗議できる勇敢で世間知らずな騎士はいないであろうが。副団長とは言え平民であるルカの態度が現在の騎士団に適しているのかいないのかという部分についてさほど興味はない。ヴィオレッタは、ルカにありのままの姿でいてほしいからだ。それに、彼がこれまでのスタンスを崩さなければ、周囲の女性陣も寄りつかないだろう。女性たちからしてみれば、貴族位を失ったルカは、突如として空から降ってきた恵の果実だ。神々より与えられし果実に触れることができるのは、彼を誰よりも知り尽くし、そして愛しているヴィオレッタの特権であるが――。

「やっぱりその顔のままでいてちょうだい」

 ヴィオレッタは優美な笑みを湛えた。何を考えているか分からない彼女に、ルカは訝しげな表情を浮かべる。

「あなたの可愛い顔を見ていいのは私だけよ」

 ヴィオレッタの唇から紡がれた衝撃的な言葉は、ルカの脳天を穿つ。確実に命を奪い去らんとする巧みな殺し文句に、ルカは天を仰ぐしかなかった。

「マジでテメェ、そうやって周りを誘惑すんのはやめろ。さっきのこともそうだが……テメェのストライクゾーンは女も含まれてんのか?」
「あら、誘惑なんてしてないわ。相変わらずお堅い姫騎士様を柔らか~く解してあげただけよ。私のストライクゾーンは、ルカだけですもの」

 つまり、誘惑するのも愛するのも、ルカだけであるということ。ルカはまたも完封負けとなる。自覚があるのかないのかはさておき、次から次へと挨拶のように殺し文句を並べるヴィオレッタに、ルカは本気でどうしてやろうか? と考え始めた。

「もう正門が見えてきてしまったわね。残念。ここでお別れよ」

 ヴィオレッタの言う通り、目の前には正門が。ルカも重要な会議中のため、彼女を送っていったあと、早急に戻らなければならない。ヴィオレッタはルカと向き合った。ルカは彼女の顔を見ると同時に、何かを思い出したのか、瞠目する。ヴィオレッタが何事かと顔を覗き込んだ時……。

「今思い出したんだが……今年のお前の誕生日、一緒に過ごせるか分からねぇ」
「……そうなの?」
「今年は昇級試験の難易度が前年度よりもさらに上げる。団員数も増えているし、競争は激化するだろうから、それに備えた準備をしなきゃならねぇ」

 舌打ちをして説明を終えるルカ。ヴィオレッタは仕方がないと肩を落とした。今年の誕生日は、ルカと心も身も結ばれてから、初めてふたりきりで過ごすため、お互いにとっても特別な誕生日である。しかしヴィオレッタも承知しての通り、ルカはヘティリガ騎士団の副団長だ。貴族の職務はなくなったとは言え、多忙を極めているのに変わりはない。それに、常に寛大な心で将来の夫を支えるのも、妻の役目だろう。もちろん逆もまた然りである。
 ルカは、ヴィオレッタよりもなぜか虚しい形相となっている。ヴィオレッタはそんな彼の頬に手を滑らせ、少し乾いた唇にキスをした。

「これから何度だってチャンスはあるわ。一年後も、二年後も、十年後も、ずっとずっとその先も、一緒にいるんだから」

 ヴィオレッタがそう諭すと、ルカは悲哀を堪えながら首を縦に振ったのであった。
 寂しいと言えば寂しいが、そこまでこだわることでもない。結論づけたヴィオレッタは、もう一度ルカにキスを仕掛けた。
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