上 下
149 / 168

第149話 断罪の瞬間

しおりを挟む
 扉が開かれる音が響き渡る。会場が静寂に包まれる。光沢のある扉の奥、闇の中より現れたのは、ヴィオレッタが待ち望んだ男であった。冷々とした空気が迷い込み、鴉の羽のように美しい黒髪を揺らす。血で穢れた漆黒の騎士服に、はためく濃紺のマント。長い前髪の隙間から覗くターコイズブルーの眸子ぼうしは、両腕を縛られているヴィオレッタを捉えたあと、彼女の前に佇むグリディアード公爵を見つめた。さすがのグリディアード公爵もルカが大舞踏会に乱入するとは考えていなかったのか、度肝を抜かれた形相をしていた。彼は、ルカの背後から現れたリアンナの顔を目撃するなり、「そういうことか」と呟いた。ルカは一歩、一歩進む。リアンナ、ユリウス、セージリア、マナ、そして第零番隊の隊員たちもそれに続いて歩く。貴族たちは、自然と道を開け、現時点においてヘティリガ最強の軍団の行進を見守った。誰も彼らの歩みを止めることができない中、勇敢とも言えるグリディアード公爵側の騎士たちがルカに斬りかかろうと剣を構える。

「う、うわぁぁぁ!!!」
「かかれー!!!!」

 左右から斬りかかるふたりの騎士に対して、ルカは横に一振り。たった一閃で、ふたりの騎士の命を奪う。胴体を切り離された騎士たちは、いつ自分が死んだのかも分からぬまま儚い人生に幕を下ろす。ルカが振るう一本の黒剣は、血を吸収して禍々しく光る。簡単に人を殺すことのできる斬れ味のよさ、さらにはその剣を扱う技量を持つルカの剣技に、貴族たちは恐れ慄き絶叫する。

「何をしている! 貴様たち! さっさとあの化け物を止めんかっ!!!」
 
 会場の端のほうで固まって怯えている大臣のひとりが声を荒らげる。我に返った騎士たちは、弱々しい雄叫びを上げて四方八方からルカたちに襲いかかった。だがしかし、影の女王、名無しの暗殺者、姫騎士、侍女にして最強の暗殺者のひとりに適うわけもなく。剣の切っ先がルカに届く前に、騎士たちの腕は斬り落とされていく。

「こ、この雑魚共がっ!!! 肉の壁を作ってでも止めろ!!! あの者たちをこちらにっ、グリディアード公爵に近づけるなっ!!!」

 再び大臣のひとりが催促する。刹那、感じたこともない寒気が大臣たちの背筋を駆け上がる。背後から聞こえるのは、可憐な笑い声。

「豚の方々が何やら騒いでおられますわね~。あら、こんなことを言ったら豚さんに失礼だわ。たっぷり甚振いたぶってなじって殺したあと、豚さんの肥料にでもしましょうか」

 大臣たちは、震えながら振り返る。バレヌブルーの眼球が狂気に満ちた光景を最後に、大臣たちの意識は消え去った。

「このわたしが、殺さずにおいて差し上げたのだから感謝してほしいものですわ」

 リアンナは、アッシュブロンドの癖毛を指先にクルクルと巻いて、笑った。
 騎士たちは大量の涙を流して、絶望の顔をしながらも、なんとか足腰を機能させてルカの前に立ちはだかる。ルカは足を止めない。不気味な靴音が反響する中、騎士たちが固唾を呑む。いつ仕掛けようか、タイミングを見計らっているのだ。ユリウスとマナはそれを好機と捉え、ルカの前に出る。たった一瞬、騎士たちが瞬きをする間、ユリウスとマナは猛攻を仕掛けた。人が人ではないかのように、騎士たちは無惨に蹴散らかされていく。血肉が舞い、文字通りの血の雨が降る。ルカはそれに構わず、歩き続ける。グリディアード公爵、皇帝、そしてヴィオレッタの前に立つ。ヴィオレッタはルカの顔を見つめ、一筋の涙を流した。

「ルカ……」

 口紅が薄れてしまった唇から、縋る声が漏れる。それを聞いたルカは、今すぐヴィオレッタに駆け寄り、その体を抱きしめたいと衝動に駆られた。だがグリディアード公爵に隙を見せてはならないと、グッと我慢をする。ルカは、ヴィオレッタの隣で彼女と同様に腕を拘束されている皇帝に目配せをする。皇帝は、フッと鼻で笑ったあと、彼の代わりに玉座に座っている皇弟に目を向けた。それだけでルカは、理解をする。皇弟はグリディアード公爵を欺くため、わざと彼に従っているということを。そうでなければ、リアンナがルカを戦場まで呼びに来る必要性がない。ルカはグリディアード公爵に視線を移す。ラベンダーモーヴの瞳が光を宿した。

「さすがは私の息子だ、ルカ」
「テメェとの血の繋がりなんぞ、今すぐ切りてぇくらいだ」

 ルカの本音に、グリディアード公爵は微笑む。ルカは今すぐにでもその面を恐怖に染めてやると覚悟を決め、口を開いた。

「グリディアード公爵家が当主、ジウベルト・レード・ティサレム・グリディアード。テメェの悪事を白日の下に晒し、断罪を決行する」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

処理中です...