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第143話 大舞踏会の悲劇
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皇城に到着したヴィオレッタとヴィロードは、皇帝即位一周年を祝う大舞踏会が開催される宮に向かった。毅然とした態度で入場するなり、貴族たちの視線が突き刺さった。社交界の憧れの的であるルカから婚約破棄を言い渡されたヴィオレッタを嘲笑する声が聞こえる。悪女だと貶されるのには慣れているが、ルカの名を持ち出されるとヴィオレッタは平常心ではいられないのだ。
「騎士王様に破談を言い渡されたんですってね?」
「ほら、やっぱり。悪女は悪女に変わりなかったのではなくて?」
「騎士王様も初めから何も想ってはなかったのでしょう」
ルカの第二の婚約者の座を狙う令嬢方は、ヴィオレッタに聞こえるよう話に花を咲かせる。そのほかにも、ルカは脅されてヴィオレッタと婚約していたとか、夜の相性がよくなかったとか、下品な話まで聞こえてくる。ヴィオレッタは、今にも俯きここにはいないルカに助けを求めたくなるが、マナとの約束を思い出し、堂々と背筋を伸ばした。言いたい人間には、言わせておけばいい。ヴィオレッタがルカと再び結ばれることは、変えようのない未来なのだから。いくら噂をされようとも怯まないヴィオレッタに、貴族たちはさらなる噂の棘を投げた。それを華麗に避けながら、ヴィオレッタはヴィロードと共に壁の花と化した。ヴィオレッタを噂する話とは別に、黄色い歓声と猫なで声が聞こえてくる。ヴィオレッタは心底迷惑だという表情を隠さず、その方向へ目を向けた。そこには、何かに群がる令嬢方の姿が。身動きが取れないでいるのは、皇帝であった。
「退け」
とうとう痺れを切らした皇帝は、威圧する声色を出す。令嬢方は盛り上がりすぎたと反省の色を見せて、自然と道を開けた。やっとのことで抜け出せた皇帝は、ヴィオレッタとヴィロードの元まで歩いてくる。
「皇帝陛下」
「久しいな、ヴィオレッタ」
砂漠となっていた皇帝の表情に、聖水が加えられる。ヴィオレッタに対しては笑みを見せる彼に対して、令嬢方は嫉妬の眼差しを向ける。ヴィオレッタが皇帝の話し相手を解消された時も様々な憶測で騒がれていたが、仲睦まじいふたりの様子を目の当たりにすれば、いかに憶測だけで語ることが愚かなる行為であるか、貴族たちも理解できることだろう。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
「よい、堅苦しいのはよせ。ルクアーデ公爵」
挨拶をしたヴィロードを皇帝は一喝する。堅苦しいからと挨拶を拒否するのは、歴代のヘティリガ皇帝の中でも類を見ない変人だ。従来の方法、凝り固まった考えに則り政を行っていた先代皇帝とは似ても似つかない。
皇帝はヴィオレッタの隣に経ち、壁に背を預け、腕を組んだ。彼の影響により、さらに多くの貴族から注目されてしまっているが、仕方がない。「あなたのせいで貴族方の視線が煩わしいので、今すぐどこかへ行ってもらえます?」などと図々しいこと、少なくとも今のヴィオレッタには伝える勇気はない。
「此度の内乱、騎士王には悪いと思っている」
皇帝は瞼を下ろし、そう言った。なぜ皇帝が悪いのか、と首を傾げるヴィオレッタを片目で見て、皇帝は口を開く。
「皇帝たる俺に不満があったが故に、勃発した戦争だ。わざわざ北部まで赴き、同胞の命を奪う行為を強いられている騎士王は、想像もできぬ苦痛を味わっていることだろう」
皇帝が語る話に、納得を示すヴィオレッタ。北部を統治している公爵家が皇族に対して不満を抱き、戦争を起こした。これは揺るぎない事実として存在している。だが彼らは、皇都を攻め落とし、皇帝の首を空へと掲げるのではなく、ほかの北部の民たちを武力で支配することを選んだ。手始めに仲間を増やしておきたいと思ったのだろうか。彼らの意図が全く読めないヴィオレッタは、顎に手をあてて考える仕草を見せた。
「騎士王が無事に帰還した際には、褒美をやろうと思っている。あいつは何を望むだろうな」
「……さぁ、存じ上げませんわ。しかし、今の彼が望むことは、もう既に決まっているのではないでしょうか」
皇帝は軽く笑い、頷いた。恐らく、ルカが望むものはただひとつ。グリディアード公爵の罪を暴き、その命をもって償わせることだ。グリディアード公爵城に飾られている美しい絵画、女神に許しを乞う男のように――。
ヴィオレッタがふと窓の外を見ようとした刹那、正面の扉が開かれる音がこだまする。
「ヘティリガ皇帝並びにルクアーデ公爵令嬢を捕らえよ!!!」
武装した男たちの先頭に立つ騎士が剣を突き上げ、大声で叫んだ。大勢の騎士たちは、宮を侵略し始める。皇帝とヴィオレッタの姿を発見するなり、足早に攻めてくる。
あぁ、そういうことだったのか。心の中にずっと存在していた蟠りは全て、この瞬間のためのものだったのか。民たちに寄り添う政を行う優秀な皇帝を恨んで起こされた内乱。それに運悪く駆り出されるルカ。全ては、ルカがいない絶好の瞬間を狙ってのもの。ヴィオレッタは自然と腑に落ちた。
皇帝とヴィオレッタは抵抗せず、その場に跪かされ、両腕を頑丈な縄で縛られた。ヴィロードをはじめとした貴族たちは皆絶句し、どうすることもできない。だがヴィオレッタだけはひとり、凛としていた。
(死んでも、死んだとしても、私は負けない)
ヴィオレッタの決意は、プリムローズイエローの双眸に現れた。
「騎士王様に破談を言い渡されたんですってね?」
「ほら、やっぱり。悪女は悪女に変わりなかったのではなくて?」
「騎士王様も初めから何も想ってはなかったのでしょう」
ルカの第二の婚約者の座を狙う令嬢方は、ヴィオレッタに聞こえるよう話に花を咲かせる。そのほかにも、ルカは脅されてヴィオレッタと婚約していたとか、夜の相性がよくなかったとか、下品な話まで聞こえてくる。ヴィオレッタは、今にも俯きここにはいないルカに助けを求めたくなるが、マナとの約束を思い出し、堂々と背筋を伸ばした。言いたい人間には、言わせておけばいい。ヴィオレッタがルカと再び結ばれることは、変えようのない未来なのだから。いくら噂をされようとも怯まないヴィオレッタに、貴族たちはさらなる噂の棘を投げた。それを華麗に避けながら、ヴィオレッタはヴィロードと共に壁の花と化した。ヴィオレッタを噂する話とは別に、黄色い歓声と猫なで声が聞こえてくる。ヴィオレッタは心底迷惑だという表情を隠さず、その方向へ目を向けた。そこには、何かに群がる令嬢方の姿が。身動きが取れないでいるのは、皇帝であった。
「退け」
とうとう痺れを切らした皇帝は、威圧する声色を出す。令嬢方は盛り上がりすぎたと反省の色を見せて、自然と道を開けた。やっとのことで抜け出せた皇帝は、ヴィオレッタとヴィロードの元まで歩いてくる。
「皇帝陛下」
「久しいな、ヴィオレッタ」
砂漠となっていた皇帝の表情に、聖水が加えられる。ヴィオレッタに対しては笑みを見せる彼に対して、令嬢方は嫉妬の眼差しを向ける。ヴィオレッタが皇帝の話し相手を解消された時も様々な憶測で騒がれていたが、仲睦まじいふたりの様子を目の当たりにすれば、いかに憶測だけで語ることが愚かなる行為であるか、貴族たちも理解できることだろう。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
「よい、堅苦しいのはよせ。ルクアーデ公爵」
挨拶をしたヴィロードを皇帝は一喝する。堅苦しいからと挨拶を拒否するのは、歴代のヘティリガ皇帝の中でも類を見ない変人だ。従来の方法、凝り固まった考えに則り政を行っていた先代皇帝とは似ても似つかない。
皇帝はヴィオレッタの隣に経ち、壁に背を預け、腕を組んだ。彼の影響により、さらに多くの貴族から注目されてしまっているが、仕方がない。「あなたのせいで貴族方の視線が煩わしいので、今すぐどこかへ行ってもらえます?」などと図々しいこと、少なくとも今のヴィオレッタには伝える勇気はない。
「此度の内乱、騎士王には悪いと思っている」
皇帝は瞼を下ろし、そう言った。なぜ皇帝が悪いのか、と首を傾げるヴィオレッタを片目で見て、皇帝は口を開く。
「皇帝たる俺に不満があったが故に、勃発した戦争だ。わざわざ北部まで赴き、同胞の命を奪う行為を強いられている騎士王は、想像もできぬ苦痛を味わっていることだろう」
皇帝が語る話に、納得を示すヴィオレッタ。北部を統治している公爵家が皇族に対して不満を抱き、戦争を起こした。これは揺るぎない事実として存在している。だが彼らは、皇都を攻め落とし、皇帝の首を空へと掲げるのではなく、ほかの北部の民たちを武力で支配することを選んだ。手始めに仲間を増やしておきたいと思ったのだろうか。彼らの意図が全く読めないヴィオレッタは、顎に手をあてて考える仕草を見せた。
「騎士王が無事に帰還した際には、褒美をやろうと思っている。あいつは何を望むだろうな」
「……さぁ、存じ上げませんわ。しかし、今の彼が望むことは、もう既に決まっているのではないでしょうか」
皇帝は軽く笑い、頷いた。恐らく、ルカが望むものはただひとつ。グリディアード公爵の罪を暴き、その命をもって償わせることだ。グリディアード公爵城に飾られている美しい絵画、女神に許しを乞う男のように――。
ヴィオレッタがふと窓の外を見ようとした刹那、正面の扉が開かれる音がこだまする。
「ヘティリガ皇帝並びにルクアーデ公爵令嬢を捕らえよ!!!」
武装した男たちの先頭に立つ騎士が剣を突き上げ、大声で叫んだ。大勢の騎士たちは、宮を侵略し始める。皇帝とヴィオレッタの姿を発見するなり、足早に攻めてくる。
あぁ、そういうことだったのか。心の中にずっと存在していた蟠りは全て、この瞬間のためのものだったのか。民たちに寄り添う政を行う優秀な皇帝を恨んで起こされた内乱。それに運悪く駆り出されるルカ。全ては、ルカがいない絶好の瞬間を狙ってのもの。ヴィオレッタは自然と腑に落ちた。
皇帝とヴィオレッタは抵抗せず、その場に跪かされ、両腕を頑丈な縄で縛られた。ヴィロードをはじめとした貴族たちは皆絶句し、どうすることもできない。だがヴィオレッタだけはひとり、凛としていた。
(死んでも、死んだとしても、私は負けない)
ヴィオレッタの決意は、プリムローズイエローの双眸に現れた。
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