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第139話 内乱
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ルカはリアンナとの話を終え、騎士団の本部に帰還した。愛馬から降り、厩舎へと預ける。その時、血相を変えたひとりの騎士が厩舎に飛び込んできた。
「ふ、副長っ!!!」
「そんなでけぇ声出さなくても聞こえてんだよ静かに喋れクソが」
ルカは息継ぎひとつせず畳み掛ける。騎士は、また別の意味でも顔色を青ざめさせ、直角の一礼をして謝罪をしたのであった。
「副長、団長がお呼びです……! 至急、とのことです!」
ルカは愛馬を撫でる手を止め、騎士を一瞥する。なんら変化のない表情だが、その胸の内には言い表しがたい嫌な予感が立ち込めていた。
ルカは、《四騎士》の執務室兼自室がある建物に行き、自分の部屋には戻らず、団長の執務室に向かう。容赦なく扉を開け放ち、我が物顔で団長の執務室内を歩く。やたらと広い執務机の前、佇む男が振り返る。
「やぁ、副長」
アーサーは、艶やかな笑みを浮かべ、挨拶をする。どうやら団長であるイェレミスはまだ来ていないらしい。
「あの髭面野郎。人のこと呼び出しておいて待たせるなんぞ言語道断だぞ……」
「団長ならトイレ行ってるよ。もうすぐ出てくると思う」
「………………」
ルカは、脳内でヘラヘラと締りのない顔で笑うイェレミスを二発ほど殴る。
「ちなみに姫騎士は、南部の辺境の騎士団支部に赴いて指導をしているらしい。まだ帰ってこないみたいだね」
「……おい」
ルカの呼びかけに、アーサーは小首を傾げる。ふわふわと揺れるアッシュブロンドの髪。前髪の隙間から覗くバレヌブルーの双眸に光が宿る。髪色から癖毛、瞳の色までリアンナと瓜ふたつだ。リアンナによると、アーサーは滅多に彼女に連絡をしないらしいが。あまり仲がよくないことが窺える。それもそうだ。遺伝子レベルで異常が生じている影の女王を姉に持つなど、アーサーの品性も疑われるだろうから。だがアーサーは、恥を忍んでリアンナに頼んだのだ。「騎士王を助けてやってくれ」と――。
「影の女王の件、礼を言う」
「…………あぁ、別に構わないよ。副長が死んだら仕事の皺寄せが全部僕らにくるでしょ? それが嫌なだけ」
アーサーは、一瞬考えたあと、可愛くないことを口にした。彼に限っては、照れ隠しなどではなく本音なのだろうが、ルカにとっては嬉しかったのだ。ルカがもう一度礼を言おうと口を開きかけた途端、扉が開く音がする。
「待たせたな~」
ベルトをしめながら急いで走って来たのは、イェレミスであった。ルカのみならず、アーサーまでも軽蔑の眼差しを向けていた。イェレミスは執務椅子に深く腰掛ける。爽快に溢れた顔から一気に真顔へと早変わりした。アーサーが「切り替えはや……」とツッコミを入れる隙もないまま、イェレミスは話し始める。
「帝国内で内乱が起こった」
重低音が効いた声色が紡いだ真実は、アーサーを震駭させる。事前にリアンナから情報を仕入れていたルカは、大して驚きはしなかった。しかし、リアンナが言っていた、ヘティリガ帝国を攻めてくる軍勢との戦争とは、内乱のことであったということを初めて知る。
「北の領地を支配する公爵家を筆頭とする貴族騎士団が手を組んで、北のほかの領土を攻めて無差別殺人を行っている。北部を制圧したら、皇都もしくは別の領土に攻め入るだろう」
「内乱なんて……いつぶり?」
アーサーは顎に手をあてながら、あさっての方向を見遣る。
リアンナはひと月も経たないうちに、と言っていたがどうやら内乱は既に起こっていたようだ。皇都やほかの地域に攻め入る前に、早急に内乱を鎮圧しなければならない。ルカはイェレミスと目が合う。サンストーン色の光が瞬き、ふたつの三日月を描く。
「ってことで、ルカくん、よろしくね♡」
ルカの額に憤懣の血管が浮き上がる。イェレミスはルカに、内乱を鎮めるよう命令を下したのだ。
「却下だ。ありえねぇ」
「ちょっとルカくん。お前しかいないんだよ。ほかの領土に影響が及ばないようにするためにも、すぐに戦争を鎮圧させられる実力者が必要だ。ルカ、適任はお前しかいない」
「ちなみに僕は用事があって今から隣国に向かうから無理だよ~」
イェレミスとアーサーは、人の悪い笑みを浮かべた。ふたりしてルカを内乱の鎮圧に向かわせようとしているらしい。
「髭面野郎がやればいいだろうが」
ルカがイェレミスを睨みつける。彼の言い分はもっともだ。確かに早急に内乱を終戦に導く実力者は必要。しかし、それはルカでなくてもいいはず。セージリアとアーサーが不在なのであれば、イェレミス自らが赴いて戦闘をすることも可能だろう。それにルカは、できるだけ今の時期に皇都から離れたくないのだ。殺されることはないと分かっていても、ヴィオレッタの身が心配なのである。そんなルカの事情を他所に、イェレミスは真剣な表情で腕を組む。
「明後日、オレのひとり娘の誕生日がある。今年パーティーに出席しなかったら、家族に縁を切ると言われている。つまり、出席できないという失態を犯せば、オレは離婚だ」
「根っからのクソ野郎だな」
終始、真顔のイェレミスに、ルカは毒を吐く。年長者、そして騎士団のトップを敬おうという気持ちは彼には皆無だ。
了承せざるを得ない状況に、ルカは舌打ちをしたあと、大きな溜息を吐く。ヴィオレッタへの心配が募りに募る。自身が皇都を留守にする間、ユリウスにヴィオレッタを守らせるしかない。ルカは、とにかく無事でいてくれ、と祈ることしかできなかった。
「ふ、副長っ!!!」
「そんなでけぇ声出さなくても聞こえてんだよ静かに喋れクソが」
ルカは息継ぎひとつせず畳み掛ける。騎士は、また別の意味でも顔色を青ざめさせ、直角の一礼をして謝罪をしたのであった。
「副長、団長がお呼びです……! 至急、とのことです!」
ルカは愛馬を撫でる手を止め、騎士を一瞥する。なんら変化のない表情だが、その胸の内には言い表しがたい嫌な予感が立ち込めていた。
ルカは、《四騎士》の執務室兼自室がある建物に行き、自分の部屋には戻らず、団長の執務室に向かう。容赦なく扉を開け放ち、我が物顔で団長の執務室内を歩く。やたらと広い執務机の前、佇む男が振り返る。
「やぁ、副長」
アーサーは、艶やかな笑みを浮かべ、挨拶をする。どうやら団長であるイェレミスはまだ来ていないらしい。
「あの髭面野郎。人のこと呼び出しておいて待たせるなんぞ言語道断だぞ……」
「団長ならトイレ行ってるよ。もうすぐ出てくると思う」
「………………」
ルカは、脳内でヘラヘラと締りのない顔で笑うイェレミスを二発ほど殴る。
「ちなみに姫騎士は、南部の辺境の騎士団支部に赴いて指導をしているらしい。まだ帰ってこないみたいだね」
「……おい」
ルカの呼びかけに、アーサーは小首を傾げる。ふわふわと揺れるアッシュブロンドの髪。前髪の隙間から覗くバレヌブルーの双眸に光が宿る。髪色から癖毛、瞳の色までリアンナと瓜ふたつだ。リアンナによると、アーサーは滅多に彼女に連絡をしないらしいが。あまり仲がよくないことが窺える。それもそうだ。遺伝子レベルで異常が生じている影の女王を姉に持つなど、アーサーの品性も疑われるだろうから。だがアーサーは、恥を忍んでリアンナに頼んだのだ。「騎士王を助けてやってくれ」と――。
「影の女王の件、礼を言う」
「…………あぁ、別に構わないよ。副長が死んだら仕事の皺寄せが全部僕らにくるでしょ? それが嫌なだけ」
アーサーは、一瞬考えたあと、可愛くないことを口にした。彼に限っては、照れ隠しなどではなく本音なのだろうが、ルカにとっては嬉しかったのだ。ルカがもう一度礼を言おうと口を開きかけた途端、扉が開く音がする。
「待たせたな~」
ベルトをしめながら急いで走って来たのは、イェレミスであった。ルカのみならず、アーサーまでも軽蔑の眼差しを向けていた。イェレミスは執務椅子に深く腰掛ける。爽快に溢れた顔から一気に真顔へと早変わりした。アーサーが「切り替えはや……」とツッコミを入れる隙もないまま、イェレミスは話し始める。
「帝国内で内乱が起こった」
重低音が効いた声色が紡いだ真実は、アーサーを震駭させる。事前にリアンナから情報を仕入れていたルカは、大して驚きはしなかった。しかし、リアンナが言っていた、ヘティリガ帝国を攻めてくる軍勢との戦争とは、内乱のことであったということを初めて知る。
「北の領地を支配する公爵家を筆頭とする貴族騎士団が手を組んで、北のほかの領土を攻めて無差別殺人を行っている。北部を制圧したら、皇都もしくは別の領土に攻め入るだろう」
「内乱なんて……いつぶり?」
アーサーは顎に手をあてながら、あさっての方向を見遣る。
リアンナはひと月も経たないうちに、と言っていたがどうやら内乱は既に起こっていたようだ。皇都やほかの地域に攻め入る前に、早急に内乱を鎮圧しなければならない。ルカはイェレミスと目が合う。サンストーン色の光が瞬き、ふたつの三日月を描く。
「ってことで、ルカくん、よろしくね♡」
ルカの額に憤懣の血管が浮き上がる。イェレミスはルカに、内乱を鎮めるよう命令を下したのだ。
「却下だ。ありえねぇ」
「ちょっとルカくん。お前しかいないんだよ。ほかの領土に影響が及ばないようにするためにも、すぐに戦争を鎮圧させられる実力者が必要だ。ルカ、適任はお前しかいない」
「ちなみに僕は用事があって今から隣国に向かうから無理だよ~」
イェレミスとアーサーは、人の悪い笑みを浮かべた。ふたりしてルカを内乱の鎮圧に向かわせようとしているらしい。
「髭面野郎がやればいいだろうが」
ルカがイェレミスを睨みつける。彼の言い分はもっともだ。確かに早急に内乱を終戦に導く実力者は必要。しかし、それはルカでなくてもいいはず。セージリアとアーサーが不在なのであれば、イェレミス自らが赴いて戦闘をすることも可能だろう。それにルカは、できるだけ今の時期に皇都から離れたくないのだ。殺されることはないと分かっていても、ヴィオレッタの身が心配なのである。そんなルカの事情を他所に、イェレミスは真剣な表情で腕を組む。
「明後日、オレのひとり娘の誕生日がある。今年パーティーに出席しなかったら、家族に縁を切ると言われている。つまり、出席できないという失態を犯せば、オレは離婚だ」
「根っからのクソ野郎だな」
終始、真顔のイェレミスに、ルカは毒を吐く。年長者、そして騎士団のトップを敬おうという気持ちは彼には皆無だ。
了承せざるを得ない状況に、ルカは舌打ちをしたあと、大きな溜息を吐く。ヴィオレッタへの心配が募りに募る。自身が皇都を留守にする間、ユリウスにヴィオレッタを守らせるしかない。ルカは、とにかく無事でいてくれ、と祈ることしかできなかった。
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