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第109話 侍女への頼み事

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 真夏の時期は過ぎ去る。美しい庭園にて、肌寒さが滲み出る秋風が吹く中、ヴィオレッタとマナはいた。ヴィオレッタがまとう淡いクリーム色のドレスの裾がふわりと舞う。白亜の椅子に腰掛けたヴィオレッタは、読書に勤しんでいた。平民、貴族問わず人気の書籍、姫君と騎士の恋物語だが、話の内容は全く頭に入ってこない。必死に読み進めているのに、情景が脳内で再生されるのはほんの一瞬だけ。全く集中できないと判断したヴィオレッタは、本を閉じて、テーブルの上に置く。口内に溜まった小さな息を吐いた。
 ルカと面と向かって話せないまま、景色は色を変える。ルカの誕生日の季節となったが、彼と気まずくなってしまい、自然と距離が開いてしまった。セージリアにも、そして皇帝にも助言を受けたのにも関わらず、ヴィオレッタはことごとくその助言を無駄にしていた。ルカと話したいという気持ちは山々なのに、彼の口から恐ろしい言葉が飛び出るのではないかと考えると、恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
 矛盾する心に見切りをつけるためにはどうしたらいいのだろう。ヴィオレッタは、顎に手をあてて思考する。その結果、とあるひとつの考えに辿り着いた。

「マナ、少しいいかしら……」

 ヴィオレッタの声と共に、強い風が吹く。再び舞い上がったドレスのスカートを手で押さえた。
 風が止む。その時、ふっと影がかかり、ヴィオレッタは顔を上げた。

「お呼びでしょうか、お嬢様」

 忽然と現れたマナは、ヴィオレッタを一心に見つめる。ヴィオレッタのドレスと同色の双眸は、秋空に瞬く太陽の光を吸収し、美しく輝いていた。

「頼みたいことがあるの」
「なんなりと」
「……ルカのことを、調べてくれるかしら」

 意を決して口を開いたヴィオレッタ。口紅を塗っていない、薄桃の唇から紡がれた頼み事に、マナは驚愕する。
 マナは、一流の暗殺者である。それもヘティリガ騎士団の暗殺者部隊の第零番隊や、皇族に直属に仕える暗殺部隊の実力者たちにも引けを取らない。暗殺だけで生計を立てることができるのに、一度は子爵家に堕ちたルクアーデ家を絶対に見捨てることはしなかった忠誠心の高い侍女だ。そんな彼女だからこそ最大限の信頼を寄せて、ヴィオレッタは重大な頼み事をしたのだ。マナはまさか主人からそんな頼み事をされるとは思っていなかったのか、未だ驚きの表情を隠せないでいる。

「出すぎた真似かもしれませんが……一体なんのために?」
「私とルカが気まずい関係にあることは、なんとなくあなたも察しているでしょう? それは、ルカが私を避け始めたことが原因なの」

(もしかしたら、避けられる理由を作ったのは自分であるかもしれないけど)

 心の中でそうつけ足す。
 マナは俯き、不気味な笑い声を上げ始める。次第に肩が震え出し、小柄な体も動き出す。突然ガバッと顔を上げたマナの顔は、憤懣に染まりきっていた。穏やかなクリーム色の瞳が表すのは、明確な殺意。ヴィオレッタも思わず気圧される。

「お嬢様を無理な婚約者にしておきながら、その御心を手に入れた瞬間、お嬢様を避け始めるとはなんたる冒涜でしょうかっ!? 決して許される行いではございません! そんな男、再起不能にして投げ捨ててしまえばいいのです!」

 畳み掛けるマナに、ヴィオレッタは圧倒され何も言えなくなってしまう。胸の内に溜まった憤怒をぶちまけたマナは、騒がしい心を鎮めるべく、何度か深呼吸を繰り返した。そよ風が凪いだと同時に、ようやく落ち着きを取り戻すことができたようだ。

「取り乱してしまいごめんなさい……。敬愛するお嬢様のためにも……グリディアード公爵令息のことは何がなんでも調べ上げて見せます」

 固い決意を胸に刻み込み、堂々と宣言をする。頼もしい侍女の言葉に安心したヴィオレッタは、莞爾として笑った。久々に見る主人の笑顔に対して、マナは安堵する。
 ヴィオレッタの行いは、一線を越えてしまえば、ルカに深く嫌われることとなるかもしれない。彼にバレてはならないのだ。だがもしかしたら見つかってしまうかもしれないという危険を冒してでも、ヴィオレッタは知りたい。ルカに何があるのか、そしてあったのか、を――。
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