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第100話 白昼のキス
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後日、サンロレツォ公爵家は平民に没落。サンロレツォ公爵とベアトリーチェは、地下牢にて処刑された。民衆の前で命を落とさなかったことが、皇帝のせめてもの計らいなのかもしれない。サンロレツォ公爵家の財産は全て没収され、公爵家の地位を取り戻したルクアーデ家に譲渡されることとなった。金にものを言わせた煌びやかなサンロレツォ公爵城は、ルクアーデ公爵城となり、サンロレツォ家が手がけていた事業の権限は全てルクアーデ公爵家の手に渡った。
幽霊屋敷とはおさらばしたヴィロードとヴィオレッタは、久々の裕福な暮らしに一向に慣れないでいた。そんな彼らが暮らすルクアーデ公爵城には、珍客が訪れていた。
「………………」
「………………」
沈黙だけが優雅に舞い踊る客間の一室。派手派手しい家具たちに囲まれていたのは、めでたく公爵令嬢の地位を取り戻したヴィオレッタと、彼女の婚約者ルカであった。
数日前、ヴィオレッタの元に、イェレミスから休日をもぎ取ったため、公爵城に宿泊したいという趣旨が記されたルカからの手紙が届いた。ヴィオレッタはそれを了承して、彼が訪ねてくる今日という日を待ち侘びていたのだが、たった今ふたりの間には気詰まりな空気が流れていた。今日を楽しみにしていたが、いざそれを目の前にしてみると、上手く素直になれないのだろうか。
「そっちに、行って、いいか……」
「えぇ、構わないわよ」
沈黙を突き破ったのは、ルカであった。ヴィオレッタは快く受け入れる。ルカは高級な紅茶を味わうことなく一気飲みして、立ち上がる。そして、向かい側に座っていたヴィオレッタの隣に腰掛けた。少し開いた距離に焦れったく感じたヴィオレッタは、その距離を縮める。ルカは両肩を跳ね上がらせて、周章狼狽した。ヴィオレッタの中に、ぽっと顔を出したのは、悪戯心。もっとルカを困らせたくなったのだ。口端を吊り上げて笑いながら、彼に近寄る。そして彼の肩に、ちょこんと頭を預けた。
「……私たち、婚約者よ。それも、両思い」
「ん゛……」
ヴィオレッタの口から「両思い」という言葉が紡がれたのが胸にグッときたのか、ルカは変な声を出した。
今は亡きベアトリーチェの一件のあと、ヴィオレッタとルカは想いを通じ合わせることができた。募りに募った互いの誤解は見事に解消し、本当の意味で婚約者となることができたのだ。それは既に、社交界で周知の事実となっている。未婚の令嬢方たちは、ベアトリーチェのようにルカを手に入れるがために、ヴィオレッタにちょっかいをかけてしまえば、最悪命を刈り取られてしまうと恐れている。令息方の間では、ヴィオレッタが噂とは違う悪女であったことに、それはまた別の意味で興奮すると話題であるが、実行に起こしてしまえば騎士王ルカに惨殺されるため、誰ひとりとしてヴィオレッタに夜の誘いをする者はいなかった。
ヴィオレッタはルカと婚約したことで、かけがえのないものを取り戻し、そして愛を手に入れることができた。彼女は一生をかけても返せない恩を感じている。
「あなたにはいろいろお世話になったから、私がひとつだけなんでも言うことを聞いてあげるわ」
プリムローズイエローの瞳が熱に魘される。ヴィオレッタの上目遣いに心を射抜かれたルカは、激しく咳払いをした。ぎこちなくヴィオレッタの肩に腕を回して引き寄せたあと、剥き出しになった耳元でとびっきり甘く囁いた。
「また今度に取っておく」
ヴィオレッタは耳元を押さえ、至近距離に迫るルカの美貌を見上げた。黒い睫毛が震える下、爛々と輝く眼。唇はギュッと噤まれ、拗ねているとも取れる表情が可愛らしい。ルカの端正な顔立ちに思わず見惚れていると、徐々に近づいてきていることに気がつく。ハッとしたヴィオレッタは距離を取ろうとするが、彼女の肩に回されたルカの腕がそれを制止した。とうとう逃げ場のなくなったヴィオレッタは、潤ったルカの唇を愛しく見つめ、そっと瞳を伏せる。触れるだけの、優しいキス。一度離れたあと、またも交わる。今度は少しだけ強めに。
「んっ……」
唇を食まれ、ヴィオレッタは体を強ばらせる。そんな彼女のガチガチに固まった体を解すように、ルカは肩から手を滑らせた。性的な意味を持って、背中を撫で、腰に添える。指先を滑らせて、細い腰のラインをなぞった。ヴィオレッタの体から力が抜ける。
「ぁっ…ん、ふっ……」
キスの合間に漏れる声と吐息がルカを誘う。
白昼、初恋の女性と口付けを交わしている事実に、ルカは今にも口から心臓が飛び出そうなほど緊張していた。もちろん、キスにはそれを表さないが。
何度も唇を重ねる程よく熱いキスに、ヴィオレッタは至上の喜びを感じて、ルカに体を預けたのであった。
幽霊屋敷とはおさらばしたヴィロードとヴィオレッタは、久々の裕福な暮らしに一向に慣れないでいた。そんな彼らが暮らすルクアーデ公爵城には、珍客が訪れていた。
「………………」
「………………」
沈黙だけが優雅に舞い踊る客間の一室。派手派手しい家具たちに囲まれていたのは、めでたく公爵令嬢の地位を取り戻したヴィオレッタと、彼女の婚約者ルカであった。
数日前、ヴィオレッタの元に、イェレミスから休日をもぎ取ったため、公爵城に宿泊したいという趣旨が記されたルカからの手紙が届いた。ヴィオレッタはそれを了承して、彼が訪ねてくる今日という日を待ち侘びていたのだが、たった今ふたりの間には気詰まりな空気が流れていた。今日を楽しみにしていたが、いざそれを目の前にしてみると、上手く素直になれないのだろうか。
「そっちに、行って、いいか……」
「えぇ、構わないわよ」
沈黙を突き破ったのは、ルカであった。ヴィオレッタは快く受け入れる。ルカは高級な紅茶を味わうことなく一気飲みして、立ち上がる。そして、向かい側に座っていたヴィオレッタの隣に腰掛けた。少し開いた距離に焦れったく感じたヴィオレッタは、その距離を縮める。ルカは両肩を跳ね上がらせて、周章狼狽した。ヴィオレッタの中に、ぽっと顔を出したのは、悪戯心。もっとルカを困らせたくなったのだ。口端を吊り上げて笑いながら、彼に近寄る。そして彼の肩に、ちょこんと頭を預けた。
「……私たち、婚約者よ。それも、両思い」
「ん゛……」
ヴィオレッタの口から「両思い」という言葉が紡がれたのが胸にグッときたのか、ルカは変な声を出した。
今は亡きベアトリーチェの一件のあと、ヴィオレッタとルカは想いを通じ合わせることができた。募りに募った互いの誤解は見事に解消し、本当の意味で婚約者となることができたのだ。それは既に、社交界で周知の事実となっている。未婚の令嬢方たちは、ベアトリーチェのようにルカを手に入れるがために、ヴィオレッタにちょっかいをかけてしまえば、最悪命を刈り取られてしまうと恐れている。令息方の間では、ヴィオレッタが噂とは違う悪女であったことに、それはまた別の意味で興奮すると話題であるが、実行に起こしてしまえば騎士王ルカに惨殺されるため、誰ひとりとしてヴィオレッタに夜の誘いをする者はいなかった。
ヴィオレッタはルカと婚約したことで、かけがえのないものを取り戻し、そして愛を手に入れることができた。彼女は一生をかけても返せない恩を感じている。
「あなたにはいろいろお世話になったから、私がひとつだけなんでも言うことを聞いてあげるわ」
プリムローズイエローの瞳が熱に魘される。ヴィオレッタの上目遣いに心を射抜かれたルカは、激しく咳払いをした。ぎこちなくヴィオレッタの肩に腕を回して引き寄せたあと、剥き出しになった耳元でとびっきり甘く囁いた。
「また今度に取っておく」
ヴィオレッタは耳元を押さえ、至近距離に迫るルカの美貌を見上げた。黒い睫毛が震える下、爛々と輝く眼。唇はギュッと噤まれ、拗ねているとも取れる表情が可愛らしい。ルカの端正な顔立ちに思わず見惚れていると、徐々に近づいてきていることに気がつく。ハッとしたヴィオレッタは距離を取ろうとするが、彼女の肩に回されたルカの腕がそれを制止した。とうとう逃げ場のなくなったヴィオレッタは、潤ったルカの唇を愛しく見つめ、そっと瞳を伏せる。触れるだけの、優しいキス。一度離れたあと、またも交わる。今度は少しだけ強めに。
「んっ……」
唇を食まれ、ヴィオレッタは体を強ばらせる。そんな彼女のガチガチに固まった体を解すように、ルカは肩から手を滑らせた。性的な意味を持って、背中を撫で、腰に添える。指先を滑らせて、細い腰のラインをなぞった。ヴィオレッタの体から力が抜ける。
「ぁっ…ん、ふっ……」
キスの合間に漏れる声と吐息がルカを誘う。
白昼、初恋の女性と口付けを交わしている事実に、ルカは今にも口から心臓が飛び出そうなほど緊張していた。もちろん、キスにはそれを表さないが。
何度も唇を重ねる程よく熱いキスに、ヴィオレッタは至上の喜びを感じて、ルカに体を預けたのであった。
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