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第88話 父を殺した陰謀者
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少し開けた窓の隙間から春の温風が迷い込む。ヴィオレッタは落ち着かない様子で、自室を歩き回っていた。読みかけの本を読む気にもなれず、だからと言って街に出かける気にもなれない。何をやっても心は晴れない。我が物顔で堂々と心に居座るしこりを取り除くことができるのは、ルカからの返事の手紙しかない。だがその返事の手紙は、一向に届く気配がなかった。
十数日前。ヴィオレッタは、腰を据えて話をしたいと騎士団本部のルカ宛に手紙を出した。以前、直接押しかけて、ベアトリーチェと鉢合わせてしまったため、そうならないよう事前に手紙を書いたのだ。だが、待てど暮らせど、ルカからの返答はない。春は、新人騎士たちの入団の試験やその祝い事も多くあるため、ルカも忙しくしているのだろう。しかし、あまりにも扱いが酷いのではなかろうか。ヴィオレッタは、とうとう痺れを切らして、あと数日で返事の手紙が届かなければ、彼を訪ねようと決心していた。ベアトリーチェと鉢合わせてしまった時の憤怒と恐怖が脳裏を過ぎるが、なんとか会わないよう案内役の騎士に頼んでみよう。
ヴィオレッタは大きな決心をして、ようやくソファーに落ち着いた。そのタイミングを見計らったように、扉をノックする音が響き渡る。
「ヴィオレッタ。私だ」
「どうぞお入りになって」
ヴィロードが入室をする。ヴィオレッタは、先程まで落ち着きなく自室を歩き回っていたとは思えない優雅な態度でヴィロードを迎えた。ヴィロードはそんな妹に、一通の手紙を差し出した。
「グリディアード公爵令息からかしら?」
「……いや、皇帝陛下からだ」
「…………そう」
ヴィオレッタは肩を落として、あからさまにがっかりした様子を見せる。ヴィロードから皇帝の手紙を受け取り、レターオープナーで器用に封を切る。封筒から出てきたのは、一枚の招待状。皇帝即位の一周記念を祝う舞踏会の案内であった。どうやら既に、皇帝がウィンシュタインの君主に座ってから、一年という月日が経過していたようだ。ヴィオレッタは光に反射し黄金に輝く招待状と向き合う。
もしかしたら、これはチャンスなのではないか。休憩室でも庭園でも温室でもいい。とにかくルカとふたりきりとなり、彼と話をしよう。ヴィオレッタに招待状が届いているということは、当たり前にルカにも届いていることだろう。どう足掻いても、ルカはヴィオレッタから逃げられないのだ。
ヴィオレッタは悪巧みをし、人の悪い笑みを浮かべた。
「ヴィオレッタ。大事な話があるんだ」
ヴィオレッタの美貌に浮かび上がっていた悪人の笑みは、一瞬にして消滅する。プリムローズイエローの双眸は、ぱちくりと瞬きを繰り返した。唖然とするヴィオレッタとは反対に、ヴィロードはやけに上機嫌であった。
「前に、父上がほかの貴族の陰謀によって亡くなった可能性があると話しただろう?」
「それが何? ……もしかして」
「あぁ」
ヴィロードは強く頷く。いつになく真剣な眼差しに貫かれたヴィオレッタは、息を呑む。うなじを嫌な汗が流れていく感覚に吐き気を覚えた。
「父を陥れた貴族に目星がついた」
予想をしていた、だがそれでも十分に衝撃的な言葉に、ヴィオレッタは驚愕する。
「グリディアード公爵の協力もあって……トリト・ダーチェ・エセッタ・サンロレツォ公爵に辿り着いたんだ。先代皇帝との密会を証言する証人の確保、やり取りしていた多くの手紙も手に入れている」
「サンロレツォ公爵が……父を殺した陰謀者……」
ヴィオレッタの呟きを頷きで肯定するヴィロード。
サンロレツォ公爵は、ほかでもないベアトリーチェの父である。だがしかし、なぜルクアーデ公爵を殺す必要があったのだろうか。
ヴィオレッタの疑問にすかさず気がついたヴィロードが口を開く。
「サンロレツォ公爵は、父上が持つ財産を狙っていたらしい。旧ルクアーデ公爵家が持っていた資産の中に、皇都の辺境にある鉱山があったんだ。今ではその鉱山の所有者はサンロレツォ公爵となっている。もちろんその書類等も入手済みだ」
ヴィオレッタは嘘でしょう? と思いつつも、嘘だと言いきることができず、頭を抱える。
サンロレツォ公爵は、たかが鉱山のために、ルクアーデ公爵を、ヴィオレッタの尊い父を殺したのか。いや、金のために他人を陥れ殺すことは、立派な動機となるだろう。
ベアトリーチェは、己の父親がルクアーデ公爵を陰謀に巻き込んだことを知っているのだろうか。ヴィオレッタの陰口を叩き、よからぬ噂を流して、父であるルクアーデ公爵を奪っただけでは飽き足らず……。地位を撲滅し、ルカまでも奪おうと目論むのか。とんだ悪女なのは、ベアトリーチェのほうだ。
「ふふ、ふふ……本当におかしな話だわ……」
突然笑い出したヴィオレッタは、ヴィロードは気が狂ったのか? と彼女の顔を覗き込む。だが、ヴィオレッタの顔は、悲痛に歪んでいた。澄みきった目からは、とめどない涙が溢れ出ていた。
父を殺され、爵位も奪われた。やっと手に入れた安寧の生活も、跡形もなく消されてしまう可能性がある。ヴィオレッタとヴィロードはまさに、悲劇の兄妹であった。
十数日前。ヴィオレッタは、腰を据えて話をしたいと騎士団本部のルカ宛に手紙を出した。以前、直接押しかけて、ベアトリーチェと鉢合わせてしまったため、そうならないよう事前に手紙を書いたのだ。だが、待てど暮らせど、ルカからの返答はない。春は、新人騎士たちの入団の試験やその祝い事も多くあるため、ルカも忙しくしているのだろう。しかし、あまりにも扱いが酷いのではなかろうか。ヴィオレッタは、とうとう痺れを切らして、あと数日で返事の手紙が届かなければ、彼を訪ねようと決心していた。ベアトリーチェと鉢合わせてしまった時の憤怒と恐怖が脳裏を過ぎるが、なんとか会わないよう案内役の騎士に頼んでみよう。
ヴィオレッタは大きな決心をして、ようやくソファーに落ち着いた。そのタイミングを見計らったように、扉をノックする音が響き渡る。
「ヴィオレッタ。私だ」
「どうぞお入りになって」
ヴィロードが入室をする。ヴィオレッタは、先程まで落ち着きなく自室を歩き回っていたとは思えない優雅な態度でヴィロードを迎えた。ヴィロードはそんな妹に、一通の手紙を差し出した。
「グリディアード公爵令息からかしら?」
「……いや、皇帝陛下からだ」
「…………そう」
ヴィオレッタは肩を落として、あからさまにがっかりした様子を見せる。ヴィロードから皇帝の手紙を受け取り、レターオープナーで器用に封を切る。封筒から出てきたのは、一枚の招待状。皇帝即位の一周記念を祝う舞踏会の案内であった。どうやら既に、皇帝がウィンシュタインの君主に座ってから、一年という月日が経過していたようだ。ヴィオレッタは光に反射し黄金に輝く招待状と向き合う。
もしかしたら、これはチャンスなのではないか。休憩室でも庭園でも温室でもいい。とにかくルカとふたりきりとなり、彼と話をしよう。ヴィオレッタに招待状が届いているということは、当たり前にルカにも届いていることだろう。どう足掻いても、ルカはヴィオレッタから逃げられないのだ。
ヴィオレッタは悪巧みをし、人の悪い笑みを浮かべた。
「ヴィオレッタ。大事な話があるんだ」
ヴィオレッタの美貌に浮かび上がっていた悪人の笑みは、一瞬にして消滅する。プリムローズイエローの双眸は、ぱちくりと瞬きを繰り返した。唖然とするヴィオレッタとは反対に、ヴィロードはやけに上機嫌であった。
「前に、父上がほかの貴族の陰謀によって亡くなった可能性があると話しただろう?」
「それが何? ……もしかして」
「あぁ」
ヴィロードは強く頷く。いつになく真剣な眼差しに貫かれたヴィオレッタは、息を呑む。うなじを嫌な汗が流れていく感覚に吐き気を覚えた。
「父を陥れた貴族に目星がついた」
予想をしていた、だがそれでも十分に衝撃的な言葉に、ヴィオレッタは驚愕する。
「グリディアード公爵の協力もあって……トリト・ダーチェ・エセッタ・サンロレツォ公爵に辿り着いたんだ。先代皇帝との密会を証言する証人の確保、やり取りしていた多くの手紙も手に入れている」
「サンロレツォ公爵が……父を殺した陰謀者……」
ヴィオレッタの呟きを頷きで肯定するヴィロード。
サンロレツォ公爵は、ほかでもないベアトリーチェの父である。だがしかし、なぜルクアーデ公爵を殺す必要があったのだろうか。
ヴィオレッタの疑問にすかさず気がついたヴィロードが口を開く。
「サンロレツォ公爵は、父上が持つ財産を狙っていたらしい。旧ルクアーデ公爵家が持っていた資産の中に、皇都の辺境にある鉱山があったんだ。今ではその鉱山の所有者はサンロレツォ公爵となっている。もちろんその書類等も入手済みだ」
ヴィオレッタは嘘でしょう? と思いつつも、嘘だと言いきることができず、頭を抱える。
サンロレツォ公爵は、たかが鉱山のために、ルクアーデ公爵を、ヴィオレッタの尊い父を殺したのか。いや、金のために他人を陥れ殺すことは、立派な動機となるだろう。
ベアトリーチェは、己の父親がルクアーデ公爵を陰謀に巻き込んだことを知っているのだろうか。ヴィオレッタの陰口を叩き、よからぬ噂を流して、父であるルクアーデ公爵を奪っただけでは飽き足らず……。地位を撲滅し、ルカまでも奪おうと目論むのか。とんだ悪女なのは、ベアトリーチェのほうだ。
「ふふ、ふふ……本当におかしな話だわ……」
突然笑い出したヴィオレッタは、ヴィロードは気が狂ったのか? と彼女の顔を覗き込む。だが、ヴィオレッタの顔は、悲痛に歪んでいた。澄みきった目からは、とめどない涙が溢れ出ていた。
父を殺され、爵位も奪われた。やっと手に入れた安寧の生活も、跡形もなく消されてしまう可能性がある。ヴィオレッタとヴィロードはまさに、悲劇の兄妹であった。
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