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第83話 悪女は舞踏会を抜け出したい
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舞踏会当日がやって来た。
ヴィオレッタは、ルカと共にサンロレツォ公爵家の城に向かった。馬車の中では、想像通り会話はない。話さなければとお互い口を開こうとするも、適した言葉が見つからず、気まずい空間が流れる。結局一言も話すことができないまま、ふたりが乗る馬車は、サンロレツォ公爵城に到着してしまった。
ルカは先に馬車から降り、ヴィオレッタをエスコートする。淡い水色の生地に腰元を彩る深青のリボンが美しいドレスを身にまとったヴィオレッタは、ルカの手に自身の手をそっと乗せ、馬車から降りた。
ヴィオレッタとルカが腕を組んで登場したことに、周囲の貴族たちはあからさまに騒ぎ立てる。サンロレツォ公爵家が開催する舞踏会に、ふたり揃って現れたことが物珍しかったのだろうか。
いつもと変わらぬ視線に慣れたとでも言わんばかりの堂々とした姿で、舞踏会が開催される宮に足を踏み入れた。
燦然と輝く空間。シャンデリアが光を注ぐ下では、色鮮やかな衣装を身にまとった貴族の男女が華麗に舞う。中央奥には、巨大なシャンパンのタワーが鎮座している。まさに、金にものを言わせた舞踏会であった。
あまりの豪華さに気後れしながらも、ヴィオレッタはルカと共に、間の端のほうへ向かった。壁の花には到底なりきれないが、致し方ない。
「ご覧になって。騎士王様と悪女様よ」
「あら、踊りもせずにあんなに端のほうにいるのね?」
「ふふ、仕方がありませんわよ。さすがのルクアーデ子爵令嬢も、サンロレツォ公爵令嬢のお美しさに恐れ慄いていらっしゃるんだわ」
口元にセンスのない扇子をあてながら上品に笑うのは、ベアトリーチェの取り巻きの令嬢方だ。
ヴィオレッタは、無視を決め込む。令嬢方から視線を外した先には、令息たちに囲まれるベアトリーチェの姿があった。銀色の宝石が散りばめられたティアラで彩られているのは、綺麗にカールされたパステルピンクの髪。丸みを帯びたラピスラズリ色の双眸は、令息たちの心を的確に貫いていく。フリルの施された可愛らしくも上品なドレスを完璧に着こなすベアトリーチェは、今夜の主役、姫君と言っても過言ではない。
ヴィオレッタは隣に並ぶルカの横顔を盗み見る。彼は、ベアトリーチェをまっすぐ見つめていた。それを目の当たりにしたヴィオレッタは、ヒュッと喉を鳴らしてしまった。
「お優しくて、お美しくて、天使のようなサンロレツォ公爵令嬢と悪女のルクアーデ子爵令嬢とでは、比べるまでもありませんわね」
「ご存知? 騎士王様がルクアーデ子爵令嬢を婚約者に選んだ理由を……」
「知ってるわ。最近流れている噂よね?」
「えぇ」
先程の令嬢方とは違うグループの令嬢方から聞こえてきた話。聞いてはならない、まともに聞くことすらくだらないことだと分かっているのに、ルカの名が聞こえた瞬間、ヴィオレッタは思わず耳をそばだてた。
「ただの気紛れですって」
ヴィオレッタは凍りつく。まるで、極寒の氷に一晩ひたされたかのように。
分かっていたはず。痛いほど理解していたはず。なんなら噂が流れる前よりも、だいぶ前から分かっていただろう。
やはり聞くに足らない話であったと、ヴィオレッタは息を吐く。だがその場の空気に疲れてしまった彼女は、落ち着きのない様子でソワソワしながら黙りこくるルカに勇気を出して声をかける。
「ねぇ、もう帰ってもいいかしら」
「……ダメに決まってんだろ」
少しの沈黙のあと、そう言ったルカは、ヴィオレッタを睥睨する。
「なら、外の空気を吸ってくるわ」
ヴィオレッタは感情のこもらない声でそう言い放ち、背を向けて立ち去ろうとするが、パシッと手首を取られる。その反動で振り返るヴィオレッタ。眼前にルカの美貌が広がる。ルカはヴィオレッタの耳元に唇を寄せ、口を開く。
「ここはサンロレツォの城だ。前みてぇに連れ去られてみろ。どんな目に遭うか分からねぇ。外に行くなら……俺も行く」
脅しではない。真実を告げるルカに、ヴィオレッタは恐れを抱く。
巨万の富を持つサンロレツォ公爵家。ここはそんな公爵家の城である。ベアトリーチェによく思われていないヴィオレッタがひとりで出歩くことは、危険以外の何物でもないだろう。ルカは彼女を心配して言っているのだ。既に彼女は、過去に何度か危険な目に遭っているのだから。
どうしたものかと逡巡していると、ルカの背後にヴィロードの後ろ姿がはっきりと見えた。ヴィオレッタは衝動的にルカの手から逃れ、ヴィロードの元へ小走りに駆ける。
「お兄様と共に行ってくるわ」
「え、え……?」
状況が理解できないヴィロードは、ヴィオレッタとルカの顔を交互に見る。ヴィオレッタはヴィロードを半ば引き摺るようにして、間を出るべく歩き出した。そんなふたりの背中を、ルカは悲愴に濡れた瞳で注視し続けたのであった。
ヴィオレッタは、ルカと共にサンロレツォ公爵家の城に向かった。馬車の中では、想像通り会話はない。話さなければとお互い口を開こうとするも、適した言葉が見つからず、気まずい空間が流れる。結局一言も話すことができないまま、ふたりが乗る馬車は、サンロレツォ公爵城に到着してしまった。
ルカは先に馬車から降り、ヴィオレッタをエスコートする。淡い水色の生地に腰元を彩る深青のリボンが美しいドレスを身にまとったヴィオレッタは、ルカの手に自身の手をそっと乗せ、馬車から降りた。
ヴィオレッタとルカが腕を組んで登場したことに、周囲の貴族たちはあからさまに騒ぎ立てる。サンロレツォ公爵家が開催する舞踏会に、ふたり揃って現れたことが物珍しかったのだろうか。
いつもと変わらぬ視線に慣れたとでも言わんばかりの堂々とした姿で、舞踏会が開催される宮に足を踏み入れた。
燦然と輝く空間。シャンデリアが光を注ぐ下では、色鮮やかな衣装を身にまとった貴族の男女が華麗に舞う。中央奥には、巨大なシャンパンのタワーが鎮座している。まさに、金にものを言わせた舞踏会であった。
あまりの豪華さに気後れしながらも、ヴィオレッタはルカと共に、間の端のほうへ向かった。壁の花には到底なりきれないが、致し方ない。
「ご覧になって。騎士王様と悪女様よ」
「あら、踊りもせずにあんなに端のほうにいるのね?」
「ふふ、仕方がありませんわよ。さすがのルクアーデ子爵令嬢も、サンロレツォ公爵令嬢のお美しさに恐れ慄いていらっしゃるんだわ」
口元にセンスのない扇子をあてながら上品に笑うのは、ベアトリーチェの取り巻きの令嬢方だ。
ヴィオレッタは、無視を決め込む。令嬢方から視線を外した先には、令息たちに囲まれるベアトリーチェの姿があった。銀色の宝石が散りばめられたティアラで彩られているのは、綺麗にカールされたパステルピンクの髪。丸みを帯びたラピスラズリ色の双眸は、令息たちの心を的確に貫いていく。フリルの施された可愛らしくも上品なドレスを完璧に着こなすベアトリーチェは、今夜の主役、姫君と言っても過言ではない。
ヴィオレッタは隣に並ぶルカの横顔を盗み見る。彼は、ベアトリーチェをまっすぐ見つめていた。それを目の当たりにしたヴィオレッタは、ヒュッと喉を鳴らしてしまった。
「お優しくて、お美しくて、天使のようなサンロレツォ公爵令嬢と悪女のルクアーデ子爵令嬢とでは、比べるまでもありませんわね」
「ご存知? 騎士王様がルクアーデ子爵令嬢を婚約者に選んだ理由を……」
「知ってるわ。最近流れている噂よね?」
「えぇ」
先程の令嬢方とは違うグループの令嬢方から聞こえてきた話。聞いてはならない、まともに聞くことすらくだらないことだと分かっているのに、ルカの名が聞こえた瞬間、ヴィオレッタは思わず耳をそばだてた。
「ただの気紛れですって」
ヴィオレッタは凍りつく。まるで、極寒の氷に一晩ひたされたかのように。
分かっていたはず。痛いほど理解していたはず。なんなら噂が流れる前よりも、だいぶ前から分かっていただろう。
やはり聞くに足らない話であったと、ヴィオレッタは息を吐く。だがその場の空気に疲れてしまった彼女は、落ち着きのない様子でソワソワしながら黙りこくるルカに勇気を出して声をかける。
「ねぇ、もう帰ってもいいかしら」
「……ダメに決まってんだろ」
少しの沈黙のあと、そう言ったルカは、ヴィオレッタを睥睨する。
「なら、外の空気を吸ってくるわ」
ヴィオレッタは感情のこもらない声でそう言い放ち、背を向けて立ち去ろうとするが、パシッと手首を取られる。その反動で振り返るヴィオレッタ。眼前にルカの美貌が広がる。ルカはヴィオレッタの耳元に唇を寄せ、口を開く。
「ここはサンロレツォの城だ。前みてぇに連れ去られてみろ。どんな目に遭うか分からねぇ。外に行くなら……俺も行く」
脅しではない。真実を告げるルカに、ヴィオレッタは恐れを抱く。
巨万の富を持つサンロレツォ公爵家。ここはそんな公爵家の城である。ベアトリーチェによく思われていないヴィオレッタがひとりで出歩くことは、危険以外の何物でもないだろう。ルカは彼女を心配して言っているのだ。既に彼女は、過去に何度か危険な目に遭っているのだから。
どうしたものかと逡巡していると、ルカの背後にヴィロードの後ろ姿がはっきりと見えた。ヴィオレッタは衝動的にルカの手から逃れ、ヴィロードの元へ小走りに駆ける。
「お兄様と共に行ってくるわ」
「え、え……?」
状況が理解できないヴィロードは、ヴィオレッタとルカの顔を交互に見る。ヴィオレッタはヴィロードを半ば引き摺るようにして、間を出るべく歩き出した。そんなふたりの背中を、ルカは悲愴に濡れた瞳で注視し続けたのであった。
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