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第82話 天使からの招待状

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 ルクアーデ子爵邸の自室にて、ヴィオレッタはテーブルに置かれた手紙と向き合っていた。美貌には、深い皺が刻み込まれ、不機嫌であることを如実に物語っていた。
 淡いピンク色の封筒。上品でありつつも豪華な見た目と掌に馴染む触り心地。一体いくらするのだろうか。その値段を予測するだけでも、喉元を掻っ切りたくなる衝動に襲われる。恐らく、ルクアーデ子爵家の一ヶ月分の生活費を越えてしまう額だろう。そう考えたヴィオレッタは、密かに震撼する。
 ヴィオレッタが皇帝の話し相手を務める上でかなりの給与を受け取っていることに加え、ヴィロードが手がける事業も波に乗っているため、最近のルクアーデ子爵家は以前よりだいぶ裕福な生活ができている。近いうちに子爵邸を大改装することも可能だろう。
 そっと封筒を手に取り、使い古したレターオープナーで丁寧に開封する。中に入っていたのは、これまたいくらするか想像つかない厚紙。そこには、ヴィオレッタを舞踏会に招待すると記してあった。紛れもない、サンロレツォ公爵家の舞踏会に――。

「何を企んでいるの……?」

 ヴィオレッタは溜息混じりにそう言った。もちろん、その問いかけに答えてくれる者はいない。
 サンロレツォ公爵家の舞踏会の招待状を送ってきたのは、サンロレツォ公爵やベアトリーチェではなく、なんとルカであった。わざわざ、「一緒に行くぞ」と美しい字で書かれた小さなメッセージカードもつけて。
 気まずい関係を解消し、仲を取り戻したいルカの意図には全く気がついていないヴィオレッタは、むしろ彼に猜疑心さいぎしんを抱いていた。やはりルカには、ベアトリーチェとの関係において、疑われてはいけない何かがあるのだ。ルカは、ベアトリーチェのことが好きなのだろうか。

「……違うわ。そんなわけがない。それなら、私ではなく最初からサンロレツォ公爵令嬢に婚約を申し込めばよかったのだから」

 ヴィオレッタは一気に不安に苛まれる心を無理に落ち着かせる。
 彼女の言う通り、ルカが単純にベアトリーチェのことを女性として好いているのであれば、わざわざヴィオレッタを介さずとも、直球にベアトリーチェに婚約を申し込めばいい。だがルカは、ヴィオレッタに婚約を申し込んだ。その時点で、彼がベアトリーチェを単純に好きというわけではないことが分かる。
 ルカには、ほかの理由、目的が存在するのだ。

「もしかして……サンロレツォ公爵令嬢と一緒に、私を陥れようとしているの……?」

 ヴィオレッタの手が震える。
 まさに、最悪の想像。今度こそヴィオレッタを完膚無きまでに叩きのめし、二度と社交界の場に姿を現せないようにするために。ベアトリーチェは、グリディアード公爵家の跡取りであり、騎士王の異名を持つルカさえも利用しようと目論んでいるのだろうか。それならルカがベアトリーチェに想いを寄せている可能性も理解できる。ヴィオレッタを叩きのめすまでは婚約を延期してほしい、そして協力してほしいとベアトリーチェに言われているのだとしたら、その目的を達成するためになんとしてでもベアトリーチェとの仲を疑われてはいけないだろうし。
 ヴィオレッタは嫌な音を立てて軋む心臓に手を当てる。落ち着け、と暗示をかけた。

「それは最悪の場合よ……」

 ルカがベアトリーチェと共に、ヴィオレッタを陥れようと企んでいる可能性は、限りなくゼロに近いと信じたい。
 あと可能性として考えられるのは、ルカがベアトリーチェを品定めしているということ。ヴィオレッタ以上に、都合のいい存在であるか、どうかを。しかし、それならば別に、取り乱してまで誤解を解く必要性は感じられない。もしかしたらルカは、婚約破棄する直前まで品定めしていることを悟られたくないのかもしれないが。
 ルカが何を企んでいたとしても、ヴィオレッタは結局行き詰まるのだ。こんな不安に駆られるのであれば、ルカを訪ねた日、衝動に任せて帰るなんてことしなければよかった。ヴィオレッタは大きな後悔をした。

「はぁ……。どの道、私に拒否権はないのよ」

 ヴィオレッタが大きく溜息をついた時、扉をノックする音が聞こえる。

「どなた?」
「私だ」
「お兄様……」

 扉をそっと開け中に入ってきたのは、ヴィロードであった。ヴィロードは、ヴィオレッタが受け取った招待状と同じ物を手にしていた。

「それ……」
「あぁ。少し用事があって、私もサンロレツォ公爵家の舞踏会に行くんだ。ヴィオレッタも行くんだろう?」

 その問いに対してヴィオレッタは答えに詰まるが、控えめに首を縦に振った。いつもと様子の違う彼女に、ヴィロードは違和感を抱いたのであった。
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