82 / 168
第82話 天使からの招待状
しおりを挟む
ルクアーデ子爵邸の自室にて、ヴィオレッタはテーブルに置かれた手紙と向き合っていた。美貌には、深い皺が刻み込まれ、不機嫌であることを如実に物語っていた。
淡いピンク色の封筒。上品でありつつも豪華な見た目と掌に馴染む触り心地。一体いくらするのだろうか。その値段を予測するだけでも、喉元を掻っ切りたくなる衝動に襲われる。恐らく、ルクアーデ子爵家の一ヶ月分の生活費を越えてしまう額だろう。そう考えたヴィオレッタは、密かに震撼する。
ヴィオレッタが皇帝の話し相手を務める上でかなりの給与を受け取っていることに加え、ヴィロードが手がける事業も波に乗っているため、最近のルクアーデ子爵家は以前よりだいぶ裕福な生活ができている。近いうちに子爵邸を大改装することも可能だろう。
そっと封筒を手に取り、使い古したレターオープナーで丁寧に開封する。中に入っていたのは、これまたいくらするか想像つかない厚紙。そこには、ヴィオレッタを舞踏会に招待すると記してあった。紛れもない、サンロレツォ公爵家の舞踏会に――。
「何を企んでいるの……?」
ヴィオレッタは溜息混じりにそう言った。もちろん、その問いかけに答えてくれる者はいない。
サンロレツォ公爵家の舞踏会の招待状を送ってきたのは、サンロレツォ公爵やベアトリーチェではなく、なんとルカであった。わざわざ、「一緒に行くぞ」と美しい字で書かれた小さなメッセージカードもつけて。
気まずい関係を解消し、仲を取り戻したいルカの意図には全く気がついていないヴィオレッタは、むしろ彼に猜疑心を抱いていた。やはりルカには、ベアトリーチェとの関係において、疑われてはいけない何かがあるのだ。ルカは、ベアトリーチェのことが好きなのだろうか。
「……違うわ。そんなわけがない。それなら、私ではなく最初からサンロレツォ公爵令嬢に婚約を申し込めばよかったのだから」
ヴィオレッタは一気に不安に苛まれる心を無理に落ち着かせる。
彼女の言う通り、ルカが単純にベアトリーチェのことを女性として好いているのであれば、わざわざヴィオレッタを介さずとも、直球にベアトリーチェに婚約を申し込めばいい。だがルカは、ヴィオレッタに婚約を申し込んだ。その時点で、彼がベアトリーチェを単純に好きというわけではないことが分かる。
ルカには、ほかの理由、目的が存在するのだ。
「もしかして……サンロレツォ公爵令嬢と一緒に、私を陥れようとしているの……?」
ヴィオレッタの手が震える。
まさに、最悪の想像。今度こそヴィオレッタを完膚無きまでに叩きのめし、二度と社交界の場に姿を現せないようにするために。ベアトリーチェは、グリディアード公爵家の跡取りであり、騎士王の異名を持つルカさえも利用しようと目論んでいるのだろうか。それならルカがベアトリーチェに想いを寄せている可能性も理解できる。ヴィオレッタを叩きのめすまでは婚約を延期してほしい、そして協力してほしいとベアトリーチェに言われているのだとしたら、その目的を達成するためになんとしてでもベアトリーチェとの仲を疑われてはいけないだろうし。
ヴィオレッタは嫌な音を立てて軋む心臓に手を当てる。落ち着け、と暗示をかけた。
「それは最悪の場合よ……」
ルカがベアトリーチェと共に、ヴィオレッタを陥れようと企んでいる可能性は、限りなくゼロに近いと信じたい。
あと可能性として考えられるのは、ルカがベアトリーチェを品定めしているということ。ヴィオレッタ以上に、都合のいい存在であるか、どうかを。しかし、それならば別に、取り乱してまで誤解を解く必要性は感じられない。もしかしたらルカは、婚約破棄する直前まで品定めしていることを悟られたくないのかもしれないが。
ルカが何を企んでいたとしても、ヴィオレッタは結局行き詰まるのだ。こんな不安に駆られるのであれば、ルカを訪ねた日、衝動に任せて帰るなんてことしなければよかった。ヴィオレッタは大きな後悔をした。
「はぁ……。どの道、私に拒否権はないのよ」
ヴィオレッタが大きく溜息をついた時、扉をノックする音が聞こえる。
「どなた?」
「私だ」
「お兄様……」
扉をそっと開け中に入ってきたのは、ヴィロードであった。ヴィロードは、ヴィオレッタが受け取った招待状と同じ物を手にしていた。
「それ……」
「あぁ。少し用事があって、私もサンロレツォ公爵家の舞踏会に行くんだ。ヴィオレッタも行くんだろう?」
その問いに対してヴィオレッタは答えに詰まるが、控えめに首を縦に振った。いつもと様子の違う彼女に、ヴィロードは違和感を抱いたのであった。
淡いピンク色の封筒。上品でありつつも豪華な見た目と掌に馴染む触り心地。一体いくらするのだろうか。その値段を予測するだけでも、喉元を掻っ切りたくなる衝動に襲われる。恐らく、ルクアーデ子爵家の一ヶ月分の生活費を越えてしまう額だろう。そう考えたヴィオレッタは、密かに震撼する。
ヴィオレッタが皇帝の話し相手を務める上でかなりの給与を受け取っていることに加え、ヴィロードが手がける事業も波に乗っているため、最近のルクアーデ子爵家は以前よりだいぶ裕福な生活ができている。近いうちに子爵邸を大改装することも可能だろう。
そっと封筒を手に取り、使い古したレターオープナーで丁寧に開封する。中に入っていたのは、これまたいくらするか想像つかない厚紙。そこには、ヴィオレッタを舞踏会に招待すると記してあった。紛れもない、サンロレツォ公爵家の舞踏会に――。
「何を企んでいるの……?」
ヴィオレッタは溜息混じりにそう言った。もちろん、その問いかけに答えてくれる者はいない。
サンロレツォ公爵家の舞踏会の招待状を送ってきたのは、サンロレツォ公爵やベアトリーチェではなく、なんとルカであった。わざわざ、「一緒に行くぞ」と美しい字で書かれた小さなメッセージカードもつけて。
気まずい関係を解消し、仲を取り戻したいルカの意図には全く気がついていないヴィオレッタは、むしろ彼に猜疑心を抱いていた。やはりルカには、ベアトリーチェとの関係において、疑われてはいけない何かがあるのだ。ルカは、ベアトリーチェのことが好きなのだろうか。
「……違うわ。そんなわけがない。それなら、私ではなく最初からサンロレツォ公爵令嬢に婚約を申し込めばよかったのだから」
ヴィオレッタは一気に不安に苛まれる心を無理に落ち着かせる。
彼女の言う通り、ルカが単純にベアトリーチェのことを女性として好いているのであれば、わざわざヴィオレッタを介さずとも、直球にベアトリーチェに婚約を申し込めばいい。だがルカは、ヴィオレッタに婚約を申し込んだ。その時点で、彼がベアトリーチェを単純に好きというわけではないことが分かる。
ルカには、ほかの理由、目的が存在するのだ。
「もしかして……サンロレツォ公爵令嬢と一緒に、私を陥れようとしているの……?」
ヴィオレッタの手が震える。
まさに、最悪の想像。今度こそヴィオレッタを完膚無きまでに叩きのめし、二度と社交界の場に姿を現せないようにするために。ベアトリーチェは、グリディアード公爵家の跡取りであり、騎士王の異名を持つルカさえも利用しようと目論んでいるのだろうか。それならルカがベアトリーチェに想いを寄せている可能性も理解できる。ヴィオレッタを叩きのめすまでは婚約を延期してほしい、そして協力してほしいとベアトリーチェに言われているのだとしたら、その目的を達成するためになんとしてでもベアトリーチェとの仲を疑われてはいけないだろうし。
ヴィオレッタは嫌な音を立てて軋む心臓に手を当てる。落ち着け、と暗示をかけた。
「それは最悪の場合よ……」
ルカがベアトリーチェと共に、ヴィオレッタを陥れようと企んでいる可能性は、限りなくゼロに近いと信じたい。
あと可能性として考えられるのは、ルカがベアトリーチェを品定めしているということ。ヴィオレッタ以上に、都合のいい存在であるか、どうかを。しかし、それならば別に、取り乱してまで誤解を解く必要性は感じられない。もしかしたらルカは、婚約破棄する直前まで品定めしていることを悟られたくないのかもしれないが。
ルカが何を企んでいたとしても、ヴィオレッタは結局行き詰まるのだ。こんな不安に駆られるのであれば、ルカを訪ねた日、衝動に任せて帰るなんてことしなければよかった。ヴィオレッタは大きな後悔をした。
「はぁ……。どの道、私に拒否権はないのよ」
ヴィオレッタが大きく溜息をついた時、扉をノックする音が聞こえる。
「どなた?」
「私だ」
「お兄様……」
扉をそっと開け中に入ってきたのは、ヴィロードであった。ヴィロードは、ヴィオレッタが受け取った招待状と同じ物を手にしていた。
「それ……」
「あぁ。少し用事があって、私もサンロレツォ公爵家の舞踏会に行くんだ。ヴィオレッタも行くんだろう?」
その問いに対してヴィオレッタは答えに詰まるが、控えめに首を縦に振った。いつもと様子の違う彼女に、ヴィロードは違和感を抱いたのであった。
1
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる