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第66話 ふたりの誓い

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 グリディアード公爵城にて。ルカの19歳の誕生パーティーが終焉に向かう中、令嬢方の熱烈なダンスの誘いを片っ端から断り、ようやくひとりとなることができたルクアーデ子爵のヴィロードは、茫洋ぼうような庭園にやって来た。疲労から、大きな息を吐き、どこか座れる場所はないかと辺りを見渡す。プラチナの瞳は、闇夜の下でも輝いて見えた。
 遠くのほうで、ベンチらしき物を発見し、ヴィロードは歩き始める。
 ヴィオレッタは、ルカと楽しく過ごせているだろうか。先程、パーティーの本会場である間で、華麗なダンスを踊り人々の視線を独り占めしていたふたりを見かけた。ヴィオレッタも、ルカと共に過ごすことを満更でもなく思っているのだろう。
 ヴィオレッタのことに関して、相変わらずルカから相談を受けているが、ヴィロードの協力がなくとも、彼はヴィオレッタとの距離を着実に詰めている。ヴィオレッタの誕生日、ルカからのプレゼントを受け取って、彼女が嬉しそうに笑っていたのがその証拠だ。
 ヴィロードは、ふたりが結婚する未来を思い描いて、兄も負けていられないなと苦笑いを浮かべるのであった。
 目的地としていたベンチに到着し、疲れを癒すため腰掛けようとすると、突然足音が聞こえる。

「おや……。ルクアーデ子爵」

 咲き乱れる花々が作り上げる花道から現れたのは、グリディアード公爵であった。ヴィロードは曲げかけていた腰を一気に伸ばし、グリディアード公爵に向き直る。

「こんばんは。まさか庭園でグリディアード公爵にお会いできるとは……」
「ははっ、本当だね。恋人たちの逢瀬おうせの場所で……こんないい歳をしたおじさんが相手で申し訳ない」
「そんな……。グリディアード公爵と久々にお話をさせていただきたいと思っておりましたので、私からしたらこの場所でグリディアード公爵にお会いできたことは運命のようです」

 言葉で表すのなら、純粋無垢。柔らかな笑みを湛えるヴィロード。髪色も目の色も、そして笑顔までも、何もかも亡き母にそっくりである。それを見たグリディアード公爵の美貌から、緩徐に微笑みが消え去っていく。

「さぁ、どうぞおかけください」
「……失礼」

 グリディアード公爵はベンチに腰を下ろす。ヴィロードもその隣にそっと座った。

「先程、ルカとルクアーデ子爵令嬢に会ったのだが、子爵令嬢は随分と父君に似ているな」
「そう、ですね」

 ヴィロードは頷く。
 ヴィロードが母に似ているのであれば、ヴィオレッタは父に似ている。両親とも美形であったため、どちらに似ようとも、美男美女であったことに変わりはないが。

「父君のことは……残念であった。未だに、あの処刑の瞬間を、思い出すよ」

 グリディアード公爵は悲哀を映した瞳で、夜空を見上げた。造形美である横顔を注視して、ヴィロードはグッと唇を噛みしめた。
 今は亡きルクアーデ公爵は、不正などとは無縁の正義に満ち溢れた貴族であった。ヴィロードはそんな父親のことを心から尊敬していたし、彼のような人間になりたいと常日頃から憧れていた。しかし、ヴィロードが憧れた父は、先代皇帝により次々と汚職を暴露され、最期は処刑されてしまったのだ。
 ヴィロードは今も、ルクアーデ公爵は何者かの陰謀いんぼうで殺されたと考えていた。先代皇帝は、ルクアーデ公爵を直接的に殺した人物であるが、その裏にはまだ暴かれていない真実が眠っている。その真実をすぐにでも暴きたいのだが、何せヴィロードの力だけでは難しい。
 そう思ったヴィロードは、思い切って口を開く。

「父は……ルクアーデ公爵の死は、先代皇帝ではなく、何者かによって仕組まれたものなのではないか、と私は思っております」

 夜空を見上げていたラベンダーモーヴの双眸は、一度瞬いたあと、ゆっくりとヴィロードに向けられた。その瞳は、少しの曇りも驚きも垣間見えない。
 貴族や皇族の死に、何者かの陰謀がつきまとうことは、不思議ではない。貴族位の中でも最高位である公爵、さらにそれを代表する重要な立場にあるグリディアード公爵は、社交界の裏、つまり血塗られた景色も幾度いくどとなく見てきているはず。ヴィロードの憶測を耳にしただけでは、特に驚きもしないだろう。

「そう思う根拠はあるのかい?」
「根拠は、父の人間性です」
「……つまり、根拠たるものはない。全ては私情であると?」

 ヴィロードは首を縦に振る。グリディアード公爵は顎に手を当てて、考える仕草を見せた。しばらくそうしていると、突如小さく頷きを見せた。

「私はいずれ、ルクアーデ子爵の妹君の義父になる。君たちの父君のことも他人事とは思えない。私ができることならばなんでも協力しよう」

 グリディアード公爵は、ヴィロードに手を差し出した。神からの救済のように見えたヴィロードは、涙ぐみながら彼の手を近強く握った。
 夜空が見守る中、ふたりは誓いを交わした。
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