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第59話 姫騎士の犬は反省する
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ラウノが短剣に手を伸ばす。しかしその短剣は、セージリアの足によって弾かれてしまった。ラウノは涙が滲む目で彼女を見つめる。
「馬鹿な考えを抱いている暇があったらっ、ルカに謝罪をしろ!!!」
ルカはセージリアの怒鳴り声を聞いて、ラウノが謝罪すべきは自分ではなく、ヴィオレッタなんだが、と思った。
ラウノはセージリアの言う通り、両膝を地面について深々と頭を下げた。
「申し訳ございません……。騎士として、隊長の側近として、あるまじき行動をしてしまいました。心より、反省をいたします……」
ラウノは誠心誠意の謝罪をしたあと、頭を上げる。膝の上で拳を作り、強く握りしめた。その手は震えている。何かを決意したのか、ラウノは勢いよく顔を上げた。その面様は、愁嘆を表していた。ヘリコニア色の眼は、涙を溜めている。本人は全くもってそんなつもりなどないのかもしれないが、同情を煽る目をしていた。
「しかし……私は、疑問なんです。ずっと、長い間副長を想ってきた隊長が報われないことがあっていいのか、と……」
胸の内に秘めていた疑念をぽろりと漏らす。ルカは、ラウノの疑問を耳にした途端、鬼神の形相をほんの少し和らげた。
ラウノの疑問はもっともだ。彼はセージリアの一番傍で彼女を見守ってきた。彼女がルカに想いを寄せていることも、知っていた。だからこそ敬愛する彼女の長年の想いが報われないことが許せない。と言うよりかは、認めることができないのだろう。
セージリアやラウノは、長い時間、想えば想うほど、愛情が深まると考えている。しかし、ルカはその真逆。想いに、時は関係ないと思っている。確かに、時間で解決することができるものもあるし、より時間をかけたほうが報われることもある。だがそれは、愛の丈を説明するには不十分だ。実際ルカは、ヴィオレッタに一目惚れをしている。それが、彼が愛情に時間は関係ないと考える確たる証拠であろう。
ルカは棚に体重を乗せ、堂々と腕を組む。
「俺にも譲れねぇものがあんだよ。テメェの敬愛する女の想いに応えられねぇことは、申し訳ないと思っている。だが、仕方のねぇだろ」
ルカの呆れ混じりに吐き出された言葉を聞いたラウノは、再び俯く。
ルカの言葉の意味は、よく分かっているのだろう。ルカも人間である以上、誰かを愛し、誰かを嫌いになる。故に、彼がセージリアの一途な想いに応えられないのは、仕方のないことだと痛いほど分かっているのだ。
怒る気力も失せたとでも言うように、ルカは肩を落としながら、こう言った。
「誰かの想いを叶える時、誰かの想いを殺すのは、必然なことだ。もはや自然の摂理だろ」
ラウノは目を見開く。セージリアは悔しさを滲ませた面持ちをしているが、納得した様子も見せていた。
当たり前であるがために、盲目になっていたこと。ルカがヴィオレッタに想いを寄せれば、ルカを慕うセージリアの心は叶えられることはない。それは、人が生まれ、生きて、そして死ぬことと同じくらい、自然なことだ。
ラウノはひとつ、深く頷いた。直接的には関係のないヴィオレッタに対して、自害では足りない所業をしでかさなくてよかった。己の愚かさに気づけてよかった。ラウノは心から安堵をした。が、次の瞬間、ルカの口から投下された爆弾発言に、絶句することとなる。
「その分、テメェがその女を幸せにすればいいだろ」
文字通り、時が止まる。セージリアも、ラウノも、投下された爆弾発言の意味が分からず、氷よりも頑丈に固まってしまった。ルカはそんな彼女たちを見て、違和感を感じ取る。何がおかしなことを言ったか? とでも言いたげな顔であった。人形みの溢れるラウノの顔が、急に赤く染まる。全力でルカの言葉を否定しようと試みるも、適した単語が見当たらないのか、オロオロと手と口を動かすだけに留まった。
挙動不審のラウノに付き合っていられないと思ったルカは、セージリアに目を向ける。
「おい、セージリア。このクソ野郎になんらかの処罰を下しておけ」
「わ、私がか?」
「あ゛? 俺が下してもいいっつうなら自害一択だ」
「いや、直属の上官として私が責任を持って処罰しておこう」
間髪入れずして、セージリアは力強く頷いた。ルカは最後におまけと言わんばかりの舌打ちをして、執務室から立ち去った。
バタン。外界とを閉ざす扉の音に、セージリアは肩を震わせた。ラウノは彼女の女性らしい背中に声をかける。
「隊長……。本当に申し訳ございません」
「私にではなく、ルクアーデ子爵令嬢に謝罪をしろ」
「は、い……」
過去に見ないほど、深く反省をしている様子のラウノに、セージリアはどんな処罰を与えるべきか、頭を悩ませたのであった。
「馬鹿な考えを抱いている暇があったらっ、ルカに謝罪をしろ!!!」
ルカはセージリアの怒鳴り声を聞いて、ラウノが謝罪すべきは自分ではなく、ヴィオレッタなんだが、と思った。
ラウノはセージリアの言う通り、両膝を地面について深々と頭を下げた。
「申し訳ございません……。騎士として、隊長の側近として、あるまじき行動をしてしまいました。心より、反省をいたします……」
ラウノは誠心誠意の謝罪をしたあと、頭を上げる。膝の上で拳を作り、強く握りしめた。その手は震えている。何かを決意したのか、ラウノは勢いよく顔を上げた。その面様は、愁嘆を表していた。ヘリコニア色の眼は、涙を溜めている。本人は全くもってそんなつもりなどないのかもしれないが、同情を煽る目をしていた。
「しかし……私は、疑問なんです。ずっと、長い間副長を想ってきた隊長が報われないことがあっていいのか、と……」
胸の内に秘めていた疑念をぽろりと漏らす。ルカは、ラウノの疑問を耳にした途端、鬼神の形相をほんの少し和らげた。
ラウノの疑問はもっともだ。彼はセージリアの一番傍で彼女を見守ってきた。彼女がルカに想いを寄せていることも、知っていた。だからこそ敬愛する彼女の長年の想いが報われないことが許せない。と言うよりかは、認めることができないのだろう。
セージリアやラウノは、長い時間、想えば想うほど、愛情が深まると考えている。しかし、ルカはその真逆。想いに、時は関係ないと思っている。確かに、時間で解決することができるものもあるし、より時間をかけたほうが報われることもある。だがそれは、愛の丈を説明するには不十分だ。実際ルカは、ヴィオレッタに一目惚れをしている。それが、彼が愛情に時間は関係ないと考える確たる証拠であろう。
ルカは棚に体重を乗せ、堂々と腕を組む。
「俺にも譲れねぇものがあんだよ。テメェの敬愛する女の想いに応えられねぇことは、申し訳ないと思っている。だが、仕方のねぇだろ」
ルカの呆れ混じりに吐き出された言葉を聞いたラウノは、再び俯く。
ルカの言葉の意味は、よく分かっているのだろう。ルカも人間である以上、誰かを愛し、誰かを嫌いになる。故に、彼がセージリアの一途な想いに応えられないのは、仕方のないことだと痛いほど分かっているのだ。
怒る気力も失せたとでも言うように、ルカは肩を落としながら、こう言った。
「誰かの想いを叶える時、誰かの想いを殺すのは、必然なことだ。もはや自然の摂理だろ」
ラウノは目を見開く。セージリアは悔しさを滲ませた面持ちをしているが、納得した様子も見せていた。
当たり前であるがために、盲目になっていたこと。ルカがヴィオレッタに想いを寄せれば、ルカを慕うセージリアの心は叶えられることはない。それは、人が生まれ、生きて、そして死ぬことと同じくらい、自然なことだ。
ラウノはひとつ、深く頷いた。直接的には関係のないヴィオレッタに対して、自害では足りない所業をしでかさなくてよかった。己の愚かさに気づけてよかった。ラウノは心から安堵をした。が、次の瞬間、ルカの口から投下された爆弾発言に、絶句することとなる。
「その分、テメェがその女を幸せにすればいいだろ」
文字通り、時が止まる。セージリアも、ラウノも、投下された爆弾発言の意味が分からず、氷よりも頑丈に固まってしまった。ルカはそんな彼女たちを見て、違和感を感じ取る。何がおかしなことを言ったか? とでも言いたげな顔であった。人形みの溢れるラウノの顔が、急に赤く染まる。全力でルカの言葉を否定しようと試みるも、適した単語が見当たらないのか、オロオロと手と口を動かすだけに留まった。
挙動不審のラウノに付き合っていられないと思ったルカは、セージリアに目を向ける。
「おい、セージリア。このクソ野郎になんらかの処罰を下しておけ」
「わ、私がか?」
「あ゛? 俺が下してもいいっつうなら自害一択だ」
「いや、直属の上官として私が責任を持って処罰しておこう」
間髪入れずして、セージリアは力強く頷いた。ルカは最後におまけと言わんばかりの舌打ちをして、執務室から立ち去った。
バタン。外界とを閉ざす扉の音に、セージリアは肩を震わせた。ラウノは彼女の女性らしい背中に声をかける。
「隊長……。本当に申し訳ございません」
「私にではなく、ルクアーデ子爵令嬢に謝罪をしろ」
「は、い……」
過去に見ないほど、深く反省をしている様子のラウノに、セージリアはどんな処罰を与えるべきか、頭を悩ませたのであった。
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