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第58話 自害
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ヴィオレッタをルクアーデ子爵邸までしっかり送り届けたあと、ルカは騎士団本部に帰還した。
《四騎士》の執務室兼寝室が存在する建物に足を踏み入れ、ろくに着替えもせず、舞踏会帰りの格好でセージリアの執務室を訪れた。
大きく深呼吸をして、伏せていた瞳を開く。意志の強いターコイズブルーの眼が煌めいた瞬間、ルカは拳で扉を叩いた。廊下にこだまする轟音。扉こそ歪んでないものの、音だけで彼の拳がどれほど鍛え抜かれたものか理解できる。
「開いている」
執務室の中から聞こえたセージリアの声。ルカは扉を蹴り飛ばして開け放った。
落ち着いた色味で統一されたセージリアの執務室には、彼女とそれからちょうどいいことにラウノもいた。ルカの突然の登場に、ラウノは心底驚いている様子であった。
「なんの用だ、ルカ」
「惚けんなよ、クソデカ女が」
対峙する騎士王と姫騎士。《四騎士》のふたりの気が真っ向からぶつかり合う。
ラウノは、全身から血の気が引くのを感じた。もちろん、頂点同士の本気の睨み合いを間近で目撃しているという理由もあるが、それよりもルカが訪ねて来た原因が自身にあるのではないかという恐怖のほうが大きかった。
ルカはセージリアから視線を外し、彼女の傍らに立っていたラウノを見つめる。
「俺の婚約者……ヴィオレッタが城の休憩室に手足を拘束された状態で閉じ込められていた」
「……な、なんとっ! 誰だそんなことをしたのはっ!」
セージリアは声を荒らげる。明瞭に焦っているが、不審な点は見当たらない。
元より、セージリアは壊滅的なまでに嘘をつくことが苦手だ。想いを寄せるルカに物凄い剣幕で詰め寄られた上で、平気で嘘をつく器用なことなど、彼女にはできやしない。
セージリアと長い付き合いであるルカは、彼女の性質を理解していた。
「おい、まさか……私が指示を出したのではないかと疑っているのではあるまいな……?」
「テメェの反応を見れば分かる」
ルカは、溜息混じりにそう言った。セージリアは彼の抹殺候補から外れたことに、心から安堵する。
「……私は確かに、まだお前を……その……す、好いてはいるが、お前の婚約者であるルクアーデ子爵令嬢を陥れようという下衆な考えは持っていない。私はひとりの女である以前に、騎士だ。そこを疑ってもらっては、困る……」
セージリアの切実な思いに、ルカは頷いて見せた。決して謝罪はしないが、彼女の思いは認めるという意思表示だ。
ふたりの会話を見守っていたラウノは、絶望的な表情を浮かべていた。彼は今、誰よりも敬愛するセージリアの騎士としての尊厳と思いを、易々と裏切ってしまったと後悔をしている。
セージリアの様子とラウノの絶望的な表情から、ルカはラウノの単独犯かと推測し、彼に向かって歩く。そして、惚けた左頬をできる限りの力で殴った。衝撃で後ろに吹っ飛んだラウノは、壁に背中を打ちつけ、激しく吐血する。
「な、何を……。ラウノっ! 大丈夫か!?」
「テメェが心配するそのクソ野郎こそ、ヴィオレッタを閉じ込めやがった犯人の可能性がある」
「なっ……!?」
ラウノを心配し駆け寄ろうとしたセージリアは、ルカの口から飛び出た真相に動揺して立ち止まる。
何度か咳き込み、血飛沫を散らすラウノは、恐る恐る白状する。
「私が、やりました……。副長に図星を突かれたことに動揺して……そして、苛立って……一時の怒りに任せて、やってしまいました……」
途切れ途切れに話すラウノ。セージリアは、哀れみの目を向けるどころか、憤懣に溢れた目で彼を睨みつける。なんてことをしてくれたんだ、とあからさまにラウノを非難する眼差しであった。その眼差しに、ラウノはさらに傷を抉られてしまった。
ルカは長い前髪を掻き上げながら、舌を鳴らす。清閑に響くその音は、ラウノの心臓を貫かんばかりの恐ろしさを秘めていた。
「自害して詫びろ」
死刑宣告と同等の言葉に、ラウノは耳を疑った。縋る思いでルカを見上げるが、ターコイズブルーの瞳の深淵は、僅かな慈悲も垣間見ることはできなかった。
「俺の婚約者を危険に晒した罪はテメェの命で許してやる」
ルカはセージリアの執務室を見渡し、棚の上に丁寧に飾られていた短剣を手に取る。そして未だ立つことができないラウノに向かって、その短剣を放り投げた。短剣は地面に体を打ちつけ、回転して滑りながら、ラウノの目の前で不気味にピタリと止まる。
絶望に打ちひしがれているラウノの前に、セージリアが立ちはだかる。そして必死に頭を下げた。
「私の部下が本当にすまないことをした……! 私がいくらでも詫びるから、ラウノの自害だけは勘弁してほしい!」
「隊長……」
ラウノは、簡単には言い表せない強大な罪悪感に駆られた。
一時の苛立ちをヴィオレッタにぶつけ、彼女を監禁した。その行いは、取り返しのつかないものであったことを身をもって実感する。
ラウノが心より敬愛して止まないセージリアが、彼のために頭を下げている。自害だけは勘弁してほしい、と。
セージリアの騎士としての尊厳を土足で踏み躙る行為であったとようやく自覚したラウノは、短剣に震える手を伸ばす。彼女のために、自害するしかないと覚悟を決めて――。
《四騎士》の執務室兼寝室が存在する建物に足を踏み入れ、ろくに着替えもせず、舞踏会帰りの格好でセージリアの執務室を訪れた。
大きく深呼吸をして、伏せていた瞳を開く。意志の強いターコイズブルーの眼が煌めいた瞬間、ルカは拳で扉を叩いた。廊下にこだまする轟音。扉こそ歪んでないものの、音だけで彼の拳がどれほど鍛え抜かれたものか理解できる。
「開いている」
執務室の中から聞こえたセージリアの声。ルカは扉を蹴り飛ばして開け放った。
落ち着いた色味で統一されたセージリアの執務室には、彼女とそれからちょうどいいことにラウノもいた。ルカの突然の登場に、ラウノは心底驚いている様子であった。
「なんの用だ、ルカ」
「惚けんなよ、クソデカ女が」
対峙する騎士王と姫騎士。《四騎士》のふたりの気が真っ向からぶつかり合う。
ラウノは、全身から血の気が引くのを感じた。もちろん、頂点同士の本気の睨み合いを間近で目撃しているという理由もあるが、それよりもルカが訪ねて来た原因が自身にあるのではないかという恐怖のほうが大きかった。
ルカはセージリアから視線を外し、彼女の傍らに立っていたラウノを見つめる。
「俺の婚約者……ヴィオレッタが城の休憩室に手足を拘束された状態で閉じ込められていた」
「……な、なんとっ! 誰だそんなことをしたのはっ!」
セージリアは声を荒らげる。明瞭に焦っているが、不審な点は見当たらない。
元より、セージリアは壊滅的なまでに嘘をつくことが苦手だ。想いを寄せるルカに物凄い剣幕で詰め寄られた上で、平気で嘘をつく器用なことなど、彼女にはできやしない。
セージリアと長い付き合いであるルカは、彼女の性質を理解していた。
「おい、まさか……私が指示を出したのではないかと疑っているのではあるまいな……?」
「テメェの反応を見れば分かる」
ルカは、溜息混じりにそう言った。セージリアは彼の抹殺候補から外れたことに、心から安堵する。
「……私は確かに、まだお前を……その……す、好いてはいるが、お前の婚約者であるルクアーデ子爵令嬢を陥れようという下衆な考えは持っていない。私はひとりの女である以前に、騎士だ。そこを疑ってもらっては、困る……」
セージリアの切実な思いに、ルカは頷いて見せた。決して謝罪はしないが、彼女の思いは認めるという意思表示だ。
ふたりの会話を見守っていたラウノは、絶望的な表情を浮かべていた。彼は今、誰よりも敬愛するセージリアの騎士としての尊厳と思いを、易々と裏切ってしまったと後悔をしている。
セージリアの様子とラウノの絶望的な表情から、ルカはラウノの単独犯かと推測し、彼に向かって歩く。そして、惚けた左頬をできる限りの力で殴った。衝撃で後ろに吹っ飛んだラウノは、壁に背中を打ちつけ、激しく吐血する。
「な、何を……。ラウノっ! 大丈夫か!?」
「テメェが心配するそのクソ野郎こそ、ヴィオレッタを閉じ込めやがった犯人の可能性がある」
「なっ……!?」
ラウノを心配し駆け寄ろうとしたセージリアは、ルカの口から飛び出た真相に動揺して立ち止まる。
何度か咳き込み、血飛沫を散らすラウノは、恐る恐る白状する。
「私が、やりました……。副長に図星を突かれたことに動揺して……そして、苛立って……一時の怒りに任せて、やってしまいました……」
途切れ途切れに話すラウノ。セージリアは、哀れみの目を向けるどころか、憤懣に溢れた目で彼を睨みつける。なんてことをしてくれたんだ、とあからさまにラウノを非難する眼差しであった。その眼差しに、ラウノはさらに傷を抉られてしまった。
ルカは長い前髪を掻き上げながら、舌を鳴らす。清閑に響くその音は、ラウノの心臓を貫かんばかりの恐ろしさを秘めていた。
「自害して詫びろ」
死刑宣告と同等の言葉に、ラウノは耳を疑った。縋る思いでルカを見上げるが、ターコイズブルーの瞳の深淵は、僅かな慈悲も垣間見ることはできなかった。
「俺の婚約者を危険に晒した罪はテメェの命で許してやる」
ルカはセージリアの執務室を見渡し、棚の上に丁寧に飾られていた短剣を手に取る。そして未だ立つことができないラウノに向かって、その短剣を放り投げた。短剣は地面に体を打ちつけ、回転して滑りながら、ラウノの目の前で不気味にピタリと止まる。
絶望に打ちひしがれているラウノの前に、セージリアが立ちはだかる。そして必死に頭を下げた。
「私の部下が本当にすまないことをした……! 私がいくらでも詫びるから、ラウノの自害だけは勘弁してほしい!」
「隊長……」
ラウノは、簡単には言い表せない強大な罪悪感に駆られた。
一時の苛立ちをヴィオレッタにぶつけ、彼女を監禁した。その行いは、取り返しのつかないものであったことを身をもって実感する。
ラウノが心より敬愛して止まないセージリアが、彼のために頭を下げている。自害だけは勘弁してほしい、と。
セージリアの騎士としての尊厳を土足で踏み躙る行為であったとようやく自覚したラウノは、短剣に震える手を伸ばす。彼女のために、自害するしかないと覚悟を決めて――。
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