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第56話 閉じ込められる悪女
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セージリアと別れたヴィオレッタは、ルカを捜索し始める。外の空気が吸いたいとわがままを言って、会場をあとにしてしまったため、そろそろ戻らないと怒られてしまうかもしれない。あの随分とお綺麗な顔にくっきりと青筋を浮き上がらせ、激怒していますと宣言しんばかりの鬼の形相で、禁止用語をつらつらと並べることだろう。ルカの激昂した表情を想像したヴィオレッタは、クスクスと小さな笑いをこぼした。
酒の影響でいい感じに酔えているし、前々から何かと視界に入って邪魔だったセージリアとも少しは和解することもできた。ヴィオレッタの機嫌は、まさに最高潮に達していた。
人の気配を感じない宮の廊下で、華麗に回転し、ドレスの裾を遊ばせる。そして大きな窓から星々を拝んだ。
「今なら死んでもいい気分だわ」
「ならば殺してさしあげましょうか」
背後から突然声をかけられる。物騒な返事に、ヴィオレッタの恍惚とした表情は、一瞬で無情の表情と化した。
ヴィオレッタは窓に反射する男の顔を凝視する。騎士団の本部で開催された祭りにて、一度顔を合わせた覚えのある男であった。先程別れたばかりのセージリアの側近であった気がする。
「姫騎士様のお犬さんがなんの用かしら」
振り向きながら最上級の笑顔を浮かべるヴィオレッタからは、不穏なオーラが漂う。
ショコラ色の髪に、ヘリコニア色の瞳が特徴的の好青年であるラウノも、ぎこちなく微笑む。ルカにも「犬」だと罵られ、彼の婚約者であるヴィオレッタにも「お犬さん」と呼ばれる。ラウノにも一応人間としての尊厳はあるのだが、セージリアの犬だと認識されることに若干の喜びを感じてしまっているのも、彼が自身を腹立たしく思う理由でもあった。
「あの副長を虜にした悪女と名高いあなたと、少しだけお話をしてみたい、と思いまして」
「あら、光栄ね。祭りであった時とは別人のようだわ。気持ち悪い」
「き、………………」
莞爾として笑うヴィオレッタの唇からぽろっと飛び出た単語に、ラウノは頭を鈍器で思いっきり殴打された衝撃を覚えた。ヴィオレッタは固まるラウノに目もくれず、その場を立ち去ろうとする。艶かしい背中が見えた時、ラウノはハッと我に返る。本来の目的を達成するために、意を決してヴィオレッタのうなじに手刀を叩き込んだ。彼女は声すら発さず、その場に崩れ落ちる。ラウノはすかさず彼女の身体を抱き抱えた。自然と豊満な胸元に視線を落とすも、自分にはセージリアだけだと煩悩を殺しきったのであった。
ラウノは、貴族専用の休憩室にヴィオレッタを運び込み、彼女の手足を縛る。部屋を消灯すると、休憩室の扉に鍵をかけて立ち去った。
ラウノが去って数分後、ヴィオレッタは首の痛みと共に目を覚ます。視界は黒一色で塗られているし、手足も動かすことができない。恐怖に呑まれる中で、彼女は先程の記憶を蘇らせる。
セージリアの犬であるラウノに声をかけられ、彼に背を向けた時、全身が痺れるような苦痛が走り、ヴィオレッタは意識を失った。
ヴィオレッタを暗闇に閉じ込めた犯人は、もはや推理するまでもなかった。
「…………暗いわね」
恐怖に震えていると、轟音が響き渡る。黄色い光が飛び込んでくる。暗闇に一筋の光が射した。頑丈な扉を足で蹴り飛ばし、文字通りぶち破って見せたのは、なんとユリウスであった。トップクラスの暗殺者らしからぬ大胆な行動に、ヴィオレッタはあんぐりと口を開けて驚愕した。
スプレイグリーンの長髪がふわりと揺れる。一瞬女性かと見紛うが、今日は女装ではなく、しっかりと正装の騎士服を身にまとっていた。
「おねーさん。縛られる趣味あるんだ」
唇が緩やかな弧を描く。ファイアーオパール色の双眸が闇夜に輝いた。
ユリウスは倒れるヴィオレッタに近寄る。
「てっきり攻めるほうが好きなのかなって思ってたけど、案外攻められるほうが好き?」
こてん、と首を傾げて可愛く問いかけるユリウス。ヴィオレッタは、頬を赤らめて顔を背ける。部屋が暗いことに大きな感謝を寄せるも、彼女は気づいていない。暗殺者であるユリウスの本領は、暗闇の中でこそ発揮されるということに。ヴィオレッタの頬に赤みがさしているのも、彼はお見通しなのだ。
「綺麗なおねーさんが縛られてるのって、すごい興奮するよね」
「……何言ってるの、あなた」
ユリウスはどうやら、ヴィオレッタに叩かれる一歩手前くらいの口説き文句を並べることが得意なようだ。
初物を守っている令嬢でさえ、ユリウスに口説かれてしまえば、喜んで体を差し出すことだろう。しかしヴィオレッタは分かっている。ユリウスが本気ではない、遊び目的で自分に近づいているということに。そして恐らく、ユリウスも見破られていることに気がついているのだ。軽く口説いて、いなして、また口説いて、の終わりが見えない繰り返しである。
ヴィオレッタがユリウスに呆れ返っていると、彼は肩をピクリと反応させた。そして、突然後ろから飛んできた足技を軽やかに避ける。
「おい、避けてんじゃねぇぞ」
ドスの効いた声と共に姿を現したのは、ルカであった。
酒の影響でいい感じに酔えているし、前々から何かと視界に入って邪魔だったセージリアとも少しは和解することもできた。ヴィオレッタの機嫌は、まさに最高潮に達していた。
人の気配を感じない宮の廊下で、華麗に回転し、ドレスの裾を遊ばせる。そして大きな窓から星々を拝んだ。
「今なら死んでもいい気分だわ」
「ならば殺してさしあげましょうか」
背後から突然声をかけられる。物騒な返事に、ヴィオレッタの恍惚とした表情は、一瞬で無情の表情と化した。
ヴィオレッタは窓に反射する男の顔を凝視する。騎士団の本部で開催された祭りにて、一度顔を合わせた覚えのある男であった。先程別れたばかりのセージリアの側近であった気がする。
「姫騎士様のお犬さんがなんの用かしら」
振り向きながら最上級の笑顔を浮かべるヴィオレッタからは、不穏なオーラが漂う。
ショコラ色の髪に、ヘリコニア色の瞳が特徴的の好青年であるラウノも、ぎこちなく微笑む。ルカにも「犬」だと罵られ、彼の婚約者であるヴィオレッタにも「お犬さん」と呼ばれる。ラウノにも一応人間としての尊厳はあるのだが、セージリアの犬だと認識されることに若干の喜びを感じてしまっているのも、彼が自身を腹立たしく思う理由でもあった。
「あの副長を虜にした悪女と名高いあなたと、少しだけお話をしてみたい、と思いまして」
「あら、光栄ね。祭りであった時とは別人のようだわ。気持ち悪い」
「き、………………」
莞爾として笑うヴィオレッタの唇からぽろっと飛び出た単語に、ラウノは頭を鈍器で思いっきり殴打された衝撃を覚えた。ヴィオレッタは固まるラウノに目もくれず、その場を立ち去ろうとする。艶かしい背中が見えた時、ラウノはハッと我に返る。本来の目的を達成するために、意を決してヴィオレッタのうなじに手刀を叩き込んだ。彼女は声すら発さず、その場に崩れ落ちる。ラウノはすかさず彼女の身体を抱き抱えた。自然と豊満な胸元に視線を落とすも、自分にはセージリアだけだと煩悩を殺しきったのであった。
ラウノは、貴族専用の休憩室にヴィオレッタを運び込み、彼女の手足を縛る。部屋を消灯すると、休憩室の扉に鍵をかけて立ち去った。
ラウノが去って数分後、ヴィオレッタは首の痛みと共に目を覚ます。視界は黒一色で塗られているし、手足も動かすことができない。恐怖に呑まれる中で、彼女は先程の記憶を蘇らせる。
セージリアの犬であるラウノに声をかけられ、彼に背を向けた時、全身が痺れるような苦痛が走り、ヴィオレッタは意識を失った。
ヴィオレッタを暗闇に閉じ込めた犯人は、もはや推理するまでもなかった。
「…………暗いわね」
恐怖に震えていると、轟音が響き渡る。黄色い光が飛び込んでくる。暗闇に一筋の光が射した。頑丈な扉を足で蹴り飛ばし、文字通りぶち破って見せたのは、なんとユリウスであった。トップクラスの暗殺者らしからぬ大胆な行動に、ヴィオレッタはあんぐりと口を開けて驚愕した。
スプレイグリーンの長髪がふわりと揺れる。一瞬女性かと見紛うが、今日は女装ではなく、しっかりと正装の騎士服を身にまとっていた。
「おねーさん。縛られる趣味あるんだ」
唇が緩やかな弧を描く。ファイアーオパール色の双眸が闇夜に輝いた。
ユリウスは倒れるヴィオレッタに近寄る。
「てっきり攻めるほうが好きなのかなって思ってたけど、案外攻められるほうが好き?」
こてん、と首を傾げて可愛く問いかけるユリウス。ヴィオレッタは、頬を赤らめて顔を背ける。部屋が暗いことに大きな感謝を寄せるも、彼女は気づいていない。暗殺者であるユリウスの本領は、暗闇の中でこそ発揮されるということに。ヴィオレッタの頬に赤みがさしているのも、彼はお見通しなのだ。
「綺麗なおねーさんが縛られてるのって、すごい興奮するよね」
「……何言ってるの、あなた」
ユリウスはどうやら、ヴィオレッタに叩かれる一歩手前くらいの口説き文句を並べることが得意なようだ。
初物を守っている令嬢でさえ、ユリウスに口説かれてしまえば、喜んで体を差し出すことだろう。しかしヴィオレッタは分かっている。ユリウスが本気ではない、遊び目的で自分に近づいているということに。そして恐らく、ユリウスも見破られていることに気がついているのだ。軽く口説いて、いなして、また口説いて、の終わりが見えない繰り返しである。
ヴィオレッタがユリウスに呆れ返っていると、彼は肩をピクリと反応させた。そして、突然後ろから飛んできた足技を軽やかに避ける。
「おい、避けてんじゃねぇぞ」
ドスの効いた声と共に姿を現したのは、ルカであった。
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