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第49話 招待状

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 ヴィオレッタの誕生日まで残り一週間となった。
 ルカは久々に、グリディアード公爵城に帰還していた。と言うのも、彼の父であるグリディアード公爵からルカ宛ての手紙が多く届けられているため、取りに来いというお達しが来たのだ。まとめて送ってくれればいいものを、なぜ多忙な自分がわざわざグリディアード公爵城まで行かなければならないのか、と不満をあらわにしながらも、ルカは仕方なく公爵城に帰ってきた。
 グリディアード公爵の執務室の前に到着すると、見張りの騎士たちが敬礼をし、執務室の扉を開けた。

「やぁ、待っていたよ。ルカ」

 黒塗りの扉の先、執務用の机に両肘を置き、胡散臭い笑顔を浮かべるグリディアード公爵。ラベンダーモーブの瞳に光が宿り、怪しげな雰囲気を醸し出す。
 ルカは父に対してろくな挨拶もせずに、ズカズカと歩く。そしてグリディアード公爵の目の前で歩みを止めると、執務机に綺麗に重ねられた手紙の束を鷲掴わしづかんだ。そのまま踵を返し立ち去ろうとする。

「サンロレツォ公爵令嬢の誕生パーティーの招待状が届いていたよ」
「…………サンロレツォ?」

 ルカは立ち止まる。
 サンロレツォ公爵家。ほかの公爵家よりも比較的新しく、巨万きょまんの富を携え、金にものを言わせるド派手な公爵家として知られている。そんな家の令嬢がルカに誕生パーティーの招待状を送ってきたとは、一体何事か。
 実はルカが無視を決め込んでいただけで、昨年もその前の年も、サンロレツォ公爵令嬢は彼に何度も招待状を送ってきていたのだ。が、そうとは知らないルカは、顎に手を当て考える仕草を見せた。

「ちなみに、五枚もあるよ。ルカがちっとも返事をしないから何枚も届けて来たみたいだね。騎士団のほうにも何枚か届いているんじゃないかな?」

 山の湧き水の如き清涼な声で紡がれたのは、信じ難い言葉であった。
 騎士団の本部にもルカに宛てた手紙が届いていたと思うが、どれもファンレターばかりであった気がする。読む価値もないと容赦なく切り刻んでいたのだが、どうやらその膨大なファンレターの中にサンロレツォ公爵家からの招待状も含まれていたらしい。
 ルカは切り刻んでしまったものは仕方がない、と溜息を漏らす。それよりも、愛する婚約者ヴィオレッタの誕生日の季節と被っていることがなんとも腹立たしい。サンロレツォ公爵家の令嬢がどんな女かは知らないが、できることならば誕生日をずらしてほしいものだ。
 グリディアード公爵が立ち上がる音が聞こえる。ルカの隣まで歩いてくると、彼の肩をポンッと叩いた。

「行くか行かないかは任せるよ。ルクアーデ子爵令嬢と共に行ってもいいしね?」

 グリディアード公爵は、年甲斐もなく可愛らしいウィンクをかますと、執務室を出て行ってしまった。
 ひとり残されたルカは、手元の手紙を見つめる。サンロレツォ公爵家の紋章が刻まれた手紙を破り、執務机の隣に置かれていたやたらと豪華な見た目のゴミ箱にぶち込んだ。その時、執務机の引き出しが少し開いていることに気がついた。ルカはなぜかそれに興味を惹かれ、そっと引き出しを開く。その中に丁寧に置かれていたのは、一枚の写真。

「誰だ……?」

 見たこともない美しい女性。清楚せいそで美麗なドレスに身を包み、聖女のような笑顔を浮かべている。
 ルカは初めてだった。ヴィオレッタ以外に、心から美しいと思った女性は――。これは浮気に入るのか? と危機感を感じたルカは、急いで引き出しをしまう。

「おや、まだいたのかい?」
「っ…………」

 突然聞こえたグリディアード公爵の声に、息を呑むルカ。顔を上げると、扉の前にグリディアード公爵がいた。どうやら、引き出しの中身を勝手に見たことは、バレていないようだ。ルカは小さく舌打ちをして、扉に向かって歩く。

「招待状は捨てた。俺は行かねぇ」
「ははっ、ルカらしいね。分かったよ」

 グリディアード公爵はクスクスと笑いながら頷いたのだった。ルカは特に反応を見せず、執務室をあとにする。いち早く、グリディアード公爵の根城ねじろである黒城から抜け出したかったのだ。
 今度こそ立ち去ることができると安堵するも、自然と早足になる。

「ルカ」

 しかしグリディアード公爵によって、再び呼び止められてしまった。額にピキッと青筋が浮かぶ。

「いつかはまだ未定だけど、また城で舞踏会を開いてもいいかい?」
「………………チッ」

 ルカはそんなことを聞くためにわざわざ呼び止めるな、とでも言いたげに舌を鳴らし、歩き出した。ルカの沈黙を肯定と受け取ったグリディアード公爵は、満足した様子で微笑んだのであった。
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