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第42話 無意識のイチャイチャ
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「悪かった……」
謝罪を聞いたヴィオレッタは眉を顰める。彼女は、今のは聞き間違いか? とルカの言葉を疑ってしまった。聞き間違いではなくとも、なぜルカが彼女に謝罪をするのか。ヴィオレッタは、それが分からなかった。
「俺がいながらも、テメェを危険に晒した……。すまなかった」
「……別に、謝らなくともいいわよ。私も、グリディアード公爵令息も無事だったのだから」
調子が狂う、と思いながらヴィオレッタは、肩にかかるルージュ色の髪をさらりと払い除けた。甘く優しい匂いが執務室に立ち込める。
「だから、調査しようなどという馬鹿馬鹿しい考えは捨てなさい」
「……仕方ねぇな」
溜息と共に吐き捨てられた言葉は、全く「仕方ない」とは思っていないように聞こえた。
ヴィオレッタはルカがよからぬ考えを捨て去ることを祈り、踵を返す。そして扉の取っ手に手をかけた時、耳元でドンッと激しい音が響く。勢いよく顔を上げると、ルカの右手が扉に添えられていた。
いわゆる、壁ドン。巷で人気の雑誌にデカデカと乗っていた最近流行りのドキドキシチュエーションである。自らの身にそれが起こっていることを悟ったヴィオレッタは、氷の如く固まって動かなくなってしまった。
「帰さねぇよ」
耳元で囁かれた甘く低い声。ヴィオレッタは、全身に駆け巡る得体の知れない痺れを感じる。ルカの魅惑的な声を少し聞いただけで、彼が欲しくて堪らなくなるという謎の現象に襲われた。このままでは喰われる、と野生の勘を働かせ咄嗟に判断したヴィオレッタは、実力行使に出る。扉の取っ手を思いっきり引っ張り、扉を開けようと試みたのだ。ルカも彼女の思いもよらない行動に、呆気に取られた様子だったが、《四騎士》の騎士王の名は伊達ではない。扉を押さえ込み、素早く厳重な鍵をかける。必死に扉を開けようと頑張るヴィオレッタの細い腰を引き寄せ、華麗に反転させる。そしてもう一方の手で彼女の手首を掴み、扉に押しつけた。全く力は強くないし、痛くもないが、力の差はあまりにも歴然としていた。
「っ…………」
向き合う体勢に耐えられなかったヴィオレッタは、思わず目を逸らしてしまう。彼女の頬が紅色に染まっているのは、月光だけが頼りの薄暗い空間でも分かった。その表情を目の当たりにしたルカは、彼女はこういったことは慣れているのではないのか? と疑問を抱いた。
「ちょっと……近いわよ……」
ヴィオレッタがか細い声で訴える。しかしルカは、彼女から離れる気は毛頭ない。それどころか、さらに彼女との距離を詰めた。密着する体。彼女の豊満な胸がルカの胸板に触れる。互いの息がかかる距離で、ヴィオレッタは今にも正気を失いそうであった。
「ヴィオレッタ……」
名を呼ばれたヴィオレッタは、顔を上げる。間近に迫るルカの美貌。ターコイズブルーの双眸は、夜空に浮かぶブルームーンの如き美しさを誇っていた。目を逸らすことができない。いいや、許されない。霞のない澄み渡った瞳に、吸い込まれそうになる。やたらと艶やかなルカの唇が開いた。
「俺から逃げることは、いくらテメェでも許さねぇ」
ドクンッ。心臓が跳ね上がる音が響く。胸の高鳴りは治まることを知らぬまま、さらに高まっていく。緊張のあまり、口から心臓ごと飛び出てしまうのではないかとヴィオレッタは本気で危惧した。
先程、皇帝にも似たことを言われた。しかし威圧感を感じさせる皇帝とはまた違う。ルカは、懇願するような雰囲気を漂わせる。まるで、捨てられたくないと必死で訴えているみたいだ。
ヴィオレッタはルカの胸元に触れ、黒いネクタイをグッと引っ張る。唇が触れるか触れないかの瀬戸際を争うところ。たっぷりと水分を含んだ赤い唇が頬笑みを浮かべる。
「逃げないわよ」
ヴィオレッタは、一体どこでスイッチが入ったのか。子犬よりも、子猫よりも、どんな動物の赤ちゃんよりも可愛い縋り方をするルカを見て、いてもたってもいられなくなったのだろう。
挑発的かつ魅力的。一度、プリムローズイエローの双眸が放つ視線に捉えられてしまえば、逃亡することはできない。世界一脱出不可能と名高い監獄は、彼女が作り上げる瞳の牢獄の足元にも及ばない。そんな視線に見事に捕獲されたルカは、急に俯いてしまった。体調が悪くなったのか、と心配するヴィオレッタを他所に、足下に視線を落とすルカの顔は、赤一色に染色されていた。
「今のは、ダメだろ……。クソが……」
いつもよりもだいぶ覇気がない声色。ぷしゅ~、と煙を上げるルカに向かって、ヴィオレッタは「変な人ね」と囁いた。
ルカが一歩、二歩リードしているかと思いきや、ヴィオレッタが三歩、四歩とさらに先を行ってしまう。ルカはいつまで経っても、ヴィオレッタには敵わないのだ。
謝罪を聞いたヴィオレッタは眉を顰める。彼女は、今のは聞き間違いか? とルカの言葉を疑ってしまった。聞き間違いではなくとも、なぜルカが彼女に謝罪をするのか。ヴィオレッタは、それが分からなかった。
「俺がいながらも、テメェを危険に晒した……。すまなかった」
「……別に、謝らなくともいいわよ。私も、グリディアード公爵令息も無事だったのだから」
調子が狂う、と思いながらヴィオレッタは、肩にかかるルージュ色の髪をさらりと払い除けた。甘く優しい匂いが執務室に立ち込める。
「だから、調査しようなどという馬鹿馬鹿しい考えは捨てなさい」
「……仕方ねぇな」
溜息と共に吐き捨てられた言葉は、全く「仕方ない」とは思っていないように聞こえた。
ヴィオレッタはルカがよからぬ考えを捨て去ることを祈り、踵を返す。そして扉の取っ手に手をかけた時、耳元でドンッと激しい音が響く。勢いよく顔を上げると、ルカの右手が扉に添えられていた。
いわゆる、壁ドン。巷で人気の雑誌にデカデカと乗っていた最近流行りのドキドキシチュエーションである。自らの身にそれが起こっていることを悟ったヴィオレッタは、氷の如く固まって動かなくなってしまった。
「帰さねぇよ」
耳元で囁かれた甘く低い声。ヴィオレッタは、全身に駆け巡る得体の知れない痺れを感じる。ルカの魅惑的な声を少し聞いただけで、彼が欲しくて堪らなくなるという謎の現象に襲われた。このままでは喰われる、と野生の勘を働かせ咄嗟に判断したヴィオレッタは、実力行使に出る。扉の取っ手を思いっきり引っ張り、扉を開けようと試みたのだ。ルカも彼女の思いもよらない行動に、呆気に取られた様子だったが、《四騎士》の騎士王の名は伊達ではない。扉を押さえ込み、素早く厳重な鍵をかける。必死に扉を開けようと頑張るヴィオレッタの細い腰を引き寄せ、華麗に反転させる。そしてもう一方の手で彼女の手首を掴み、扉に押しつけた。全く力は強くないし、痛くもないが、力の差はあまりにも歴然としていた。
「っ…………」
向き合う体勢に耐えられなかったヴィオレッタは、思わず目を逸らしてしまう。彼女の頬が紅色に染まっているのは、月光だけが頼りの薄暗い空間でも分かった。その表情を目の当たりにしたルカは、彼女はこういったことは慣れているのではないのか? と疑問を抱いた。
「ちょっと……近いわよ……」
ヴィオレッタがか細い声で訴える。しかしルカは、彼女から離れる気は毛頭ない。それどころか、さらに彼女との距離を詰めた。密着する体。彼女の豊満な胸がルカの胸板に触れる。互いの息がかかる距離で、ヴィオレッタは今にも正気を失いそうであった。
「ヴィオレッタ……」
名を呼ばれたヴィオレッタは、顔を上げる。間近に迫るルカの美貌。ターコイズブルーの双眸は、夜空に浮かぶブルームーンの如き美しさを誇っていた。目を逸らすことができない。いいや、許されない。霞のない澄み渡った瞳に、吸い込まれそうになる。やたらと艶やかなルカの唇が開いた。
「俺から逃げることは、いくらテメェでも許さねぇ」
ドクンッ。心臓が跳ね上がる音が響く。胸の高鳴りは治まることを知らぬまま、さらに高まっていく。緊張のあまり、口から心臓ごと飛び出てしまうのではないかとヴィオレッタは本気で危惧した。
先程、皇帝にも似たことを言われた。しかし威圧感を感じさせる皇帝とはまた違う。ルカは、懇願するような雰囲気を漂わせる。まるで、捨てられたくないと必死で訴えているみたいだ。
ヴィオレッタはルカの胸元に触れ、黒いネクタイをグッと引っ張る。唇が触れるか触れないかの瀬戸際を争うところ。たっぷりと水分を含んだ赤い唇が頬笑みを浮かべる。
「逃げないわよ」
ヴィオレッタは、一体どこでスイッチが入ったのか。子犬よりも、子猫よりも、どんな動物の赤ちゃんよりも可愛い縋り方をするルカを見て、いてもたってもいられなくなったのだろう。
挑発的かつ魅力的。一度、プリムローズイエローの双眸が放つ視線に捉えられてしまえば、逃亡することはできない。世界一脱出不可能と名高い監獄は、彼女が作り上げる瞳の牢獄の足元にも及ばない。そんな視線に見事に捕獲されたルカは、急に俯いてしまった。体調が悪くなったのか、と心配するヴィオレッタを他所に、足下に視線を落とすルカの顔は、赤一色に染色されていた。
「今のは、ダメだろ……。クソが……」
いつもよりもだいぶ覇気がない声色。ぷしゅ~、と煙を上げるルカに向かって、ヴィオレッタは「変な人ね」と囁いた。
ルカが一歩、二歩リードしているかと思いきや、ヴィオレッタが三歩、四歩とさらに先を行ってしまう。ルカはいつまで経っても、ヴィオレッタには敵わないのだ。
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