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第41話 怒れる騎士王

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 多くの人々が続々と門へと向かう中、皇帝と別れたヴィオレッタは人の波とは逆方向に進んでいた。
 ルカがヴィオレッタを探してくれているなら、どこかで会うことができるはず。彼女は、ルカが自身を必死に探しているというわずかな可能性にけて、ルカを探す。
 キョロキョロと辺りを見渡していると、酒に溺れた男たちの集団と目が合う。すぐに目を逸らしたが、男たちは人の悪い笑みを浮かべながら、ヴィオレッタに近寄って来る。下郎共、と貶すため振り向こうとするが、思いっきり腕を引かれたせいで、それは叶わなかった。

「ちょっ、と……」
「………………」

 ヴィオレッタの腕を強引に引っ張る人間こそ、彼女が探していたルカであった。
 柔らかな黒髪が風になびく。その度に香るのは、彼の体臭。香水の匂いではない、優しく色っぽい香りだ。
 全身から溢れ出すのは、恐ろしい殺気。まばらに行き交う騎士たちも思わず身構えるほどの殺気がヴィオレッタの精神をむしばむ。

「グリディアード公爵令息……」
「………………」
「ちょ、ちょっと聞いてるの?」

 いくら話しかけても、返答はない。長い時間歩いたからか、だいぶヒールが辛い。だがルカは、全く立ち止まってはくれない。
 そうして歩くこと、十数分。ようやく到着したのは、ほかの建物よりも一際大きい建造物であった。祭りの日だというのに真面目に勤務している見張りの騎士たちは、ヴィオレッタの姿を見るなり目を見張る。扉を開けるべきか狼狽うろたえているが、ルカの全身から漏れ出す殺気を感じ取った騎士たちは、すぐに扉を開けた。
 ルカはヴィオレッタを連れ、長い階段を登る。左右に鎮座する剣を交えた巨像は、次々に剣を地面へと突き刺して跪き、主の帰還を歓迎する。階段を登りきった先、両脇に立っていた巨像がルカを見つめた瞬間、自然と扉が開かれた。
 正真正銘、騎士王の執務室兼自室。ルカは厳重な鍵を開け、部屋の中に足を踏み入れた。

「こ、ここはさすがに駄目よね!? わ、私部外者よ?」

 焦りを隠せないヴィオレッタと反して、ルカは冷静だ。否、静かなる憤怒を抱いていると言ったほうがいいかもしれない。
 ルカは、ゆっくりと振り返る。神々から祝福を授かった天性の美貌は、怒りに歪められるどころか、極限までの無に染められていた。
 ヒュッと情けない音が喉を駆け上がり、口から抜けた時、ヴィオレッタは凄まじい勢いで部屋の中へと連れ込まれた。バタン、と閉まる扉。その音を聞く者は、誰ひとりとしていなかった。

「………………」

 長い沈黙が部屋を支配する。
 ヴィオレッタは、この瞬間ばかりは、ルカの小言が恋しく感じた。
 薄暗い室内。月光だけが射し込む執務室で、ルカは彼女に背を向けていた。

「どこに行っていた」

 たった一言。ヴィオレッタの背筋を凍らせるには、十分であった。
 彼女は震える手をもう一方の手で押さえつけ、平常を保とうと心がける。

「花火がよく見える、建物に……」
「誰だ」
「……だ、れって、どういうことよ」
「誰に連れ去られた」

 ルカが振り向く。月光を背負い佇む彼は、月の神にも劣らぬ美しさであった。
 思わず見惚れていたヴィオレッタは、小さく首を左右に振り、無理やり現実に舞い戻る。
 素直に皇帝に連れ去られたと打ち明けようとも思ったが、ヴィオレッタが皇帝との短いデートを楽しんでいたのもまた事実。それに、皇帝はヴィオレッタの兄を引き合いに出し脅すような倫理観りんりかんに欠けた人間である。もしかしたら彼女が正直に打ち明けてしまえば、《四騎士》の騎士王という玉座に君臨するルカも、立場が危うくなってしまう可能性も否定できない。もっと言えば、彼の生家であるグリディアード公爵家に迷惑がかかるかもしれないのだ。
 ヴィオレッタは、詰まっていた息を鼻から逃がす。

「分からないわ。何者かに目を塞がれ、連れ去られて……気づいたら違う建物にいたの。すぐに辺りを探したけど、それらしき人物は見当たらなかった。気分転換にクレープを食べて、ひとりで花火を見たのだけど……まさかあなたがそんなに怒ってるとは、思ってなかったわ……」

 事実と嘘を器用に交えて話すヴィオレッタに、ルカは怪訝の表情を浮かべながらも、信じている様子だった。

「私に恨みを持っている令嬢か、あなたに恋焦がれる女性の仕業ね。何者かを雇ったんだわ」

 ヴィオレッタは、こういう時ばかりは悪女だとけむたがられる人間でよかったと安堵する。

「騎士団の総力を挙げて調査する」
「……やめなさい。そんなことに尊い騎士団の力を注ぐ必要はないわ。騎士王様の隣にいる私を攫うくらいの大胆さを持つ方だもの。きっと、調査していると知ったらさらなる恨みを抱かれることだわ」

 ヴィオレッタの言葉に、ぐうの音も出ないルカは悔しさを滲ませた。彼の体から放たれていた殺気が消滅する。その直後、彼の唇から思いもよらぬ一言がこぼれ落ちた。


「悪かった……」
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