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第30話 悪女が助けた令嬢の正体
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「本当に申し訳ございませんでしたっ!!!」
快晴となった今日この頃。
ルクアーデ子爵邸の客間にて、深々と頭を下げながら謝罪をする女性がいた。
彼女の名は、ベル・ナナ・イルーシャ・アティーラ。《Bell》の経営者であり、天才的デザイナーとして名を馳せる女性だ。
「ほらっ!あなたも頭を下げなさいっ!」
「って……」
ガシッと後頭部を掴まれ、思いっきり頭を下げさせられたのは、一瞬女性だと見間違えてしまう美貌と清廉さを持つ美少年だった。
スプレイグリーンの長髪を後頭部でまとめ上げる。漆黒を基調とした地味な格好だが、どことなく異質な空気を漂わせていた。
ベルの手を振り払い、美少年は顔を上げる。ファイアーオパール色の双眸がヴィオレッタを注視する。思わず吸い込まれるのではないかと錯覚してしまう瞳は、恐ろしく美しかった。
「この間の、グリディアード公爵家の舞踏会にて、ルクアーデ子爵令嬢が助けてくださった女性は……実は男性だったのです……!」
頭を下げ続けるベルの声は、酷く震えていた。ヴィオレッタは呆気に取られる。
初めてベルの店舗に行った時、舞踏会で助けたはずだと問い詰めたら、見事にはぐらかされてしまった。しかし、彼女はいてもたってもいられなくて、ヴィオレッタが助けたという女性……男性を連れて謝罪に来たというわけだろうか。ベルの真面目さが窺える。
ヴィオレッタは震える彼女に頭を上げるよう促した。
「女装、していたということかしら」
「招待された私の代わりにこの子に出席してもらったのですが……まさか女装していたとは知らず……」
シルバーグリーンの大きな瞳が悲しげに震える。
「この子の名は、ユリウス・カイ・イルーシャ・アティーラ。私の実の弟にございます」
ヴィオレッタは、やはり、と思った。
ベルとユリウスは、よく似ている。瞳の色は違うものの髪色は全く同じだ。しかし、優しさを滲ませる美貌を持つベルとは裏腹に、ユリウスはどこか掴めない、とっつきにくい美しさだ。
「本当に申し訳ございません。ほら、ユリウスも謝って……!」
「……すんません」
姉に催促されて短い謝罪を口にするユリウス。謝る気があるのかないのか分からない彼は、女性顔負けの美貌とは対照的に、やけに男らしい口調と声色であった。
「まぁいいわ……。別に気にしていませんもの。怪我がなかったのであれば、それで結構だわ」
ヴィオレッタは本心からそう言った。
彼女の思わぬ対応に、ベルとユリウスは目を見張る。驚愕に塗られた二人の表情は、噂で聞く悪女のヴィオレッタとは全く違うではないか、と言いたげであった。
「悪女だったらブチギレてるはずなのに」
「ゆ、ユリウスッ! バカッ! ……ルクアーデ子爵令嬢っ! ごめんなさい!」
ユリウスの失言に、ベルは再び頭を下げた。
ヴィオレッタはパチクリと目を瞬かせたあと、艶やかに笑う。その微笑みに、ユリウスだけでなく、同じ女性であるベルも胸を高鳴らせた。
ヴィオレッタがいくら寛大だからと言って、それに甘えてはならないと我に返ったベルは、大きなバッグから数着のドレスとネックレスや指輪、ピアスなど様々な装飾品を取り出した。全て《Bell》の商品であり、ベルがデザインした代物たちだ。
「これはお詫びの品です!」
「……よしてくださいな。さすがにいただけません」
ヴィオレッタは溜息混じりに断るも、ベルは諦めない。
なんとかして詫びの品を受け取ってもらい、無礼を許してもらわなければならない。そして、これからも懇意にしてもらわなければ。
ベルは突然立ち上がり、一着のドレスを広げて見せた。ワインレッドと白を基調としたドレスは、胸元が大きく開いている。腰には細いリボンが巻かれており、スカートの間からはベルの艶かしい太ももが見えるデザインとなっている。
「このドレスは私の新作です。実はこれと揃いになった正装の騎士服をグリディアード公爵令息に贈らせていただいたのです」
「……つまり、私が受け取りを拒否すれば、彼にも連絡を入れなければならなくなる、ということね」
ベルの透き通った瞳がうるうると潤む。
ヴィオレッタがベルの詫びの品を受け取らなければ、ベルはルカに正装の騎士服を返せと連絡を入れなければならないのだ。
ベルの突発的な行動は好ましくないものだが、恐らくヴィオレッタが簡単に断れないよう、わざとルカに騎士服を贈りつけたのだろう。さすがは一世を風靡する《Bell》のオーナーだ。
ヴィオレッタは仕方なく、ベルの謝罪を受け入れることとしたのであった。
快晴となった今日この頃。
ルクアーデ子爵邸の客間にて、深々と頭を下げながら謝罪をする女性がいた。
彼女の名は、ベル・ナナ・イルーシャ・アティーラ。《Bell》の経営者であり、天才的デザイナーとして名を馳せる女性だ。
「ほらっ!あなたも頭を下げなさいっ!」
「って……」
ガシッと後頭部を掴まれ、思いっきり頭を下げさせられたのは、一瞬女性だと見間違えてしまう美貌と清廉さを持つ美少年だった。
スプレイグリーンの長髪を後頭部でまとめ上げる。漆黒を基調とした地味な格好だが、どことなく異質な空気を漂わせていた。
ベルの手を振り払い、美少年は顔を上げる。ファイアーオパール色の双眸がヴィオレッタを注視する。思わず吸い込まれるのではないかと錯覚してしまう瞳は、恐ろしく美しかった。
「この間の、グリディアード公爵家の舞踏会にて、ルクアーデ子爵令嬢が助けてくださった女性は……実は男性だったのです……!」
頭を下げ続けるベルの声は、酷く震えていた。ヴィオレッタは呆気に取られる。
初めてベルの店舗に行った時、舞踏会で助けたはずだと問い詰めたら、見事にはぐらかされてしまった。しかし、彼女はいてもたってもいられなくて、ヴィオレッタが助けたという女性……男性を連れて謝罪に来たというわけだろうか。ベルの真面目さが窺える。
ヴィオレッタは震える彼女に頭を上げるよう促した。
「女装、していたということかしら」
「招待された私の代わりにこの子に出席してもらったのですが……まさか女装していたとは知らず……」
シルバーグリーンの大きな瞳が悲しげに震える。
「この子の名は、ユリウス・カイ・イルーシャ・アティーラ。私の実の弟にございます」
ヴィオレッタは、やはり、と思った。
ベルとユリウスは、よく似ている。瞳の色は違うものの髪色は全く同じだ。しかし、優しさを滲ませる美貌を持つベルとは裏腹に、ユリウスはどこか掴めない、とっつきにくい美しさだ。
「本当に申し訳ございません。ほら、ユリウスも謝って……!」
「……すんません」
姉に催促されて短い謝罪を口にするユリウス。謝る気があるのかないのか分からない彼は、女性顔負けの美貌とは対照的に、やけに男らしい口調と声色であった。
「まぁいいわ……。別に気にしていませんもの。怪我がなかったのであれば、それで結構だわ」
ヴィオレッタは本心からそう言った。
彼女の思わぬ対応に、ベルとユリウスは目を見張る。驚愕に塗られた二人の表情は、噂で聞く悪女のヴィオレッタとは全く違うではないか、と言いたげであった。
「悪女だったらブチギレてるはずなのに」
「ゆ、ユリウスッ! バカッ! ……ルクアーデ子爵令嬢っ! ごめんなさい!」
ユリウスの失言に、ベルは再び頭を下げた。
ヴィオレッタはパチクリと目を瞬かせたあと、艶やかに笑う。その微笑みに、ユリウスだけでなく、同じ女性であるベルも胸を高鳴らせた。
ヴィオレッタがいくら寛大だからと言って、それに甘えてはならないと我に返ったベルは、大きなバッグから数着のドレスとネックレスや指輪、ピアスなど様々な装飾品を取り出した。全て《Bell》の商品であり、ベルがデザインした代物たちだ。
「これはお詫びの品です!」
「……よしてくださいな。さすがにいただけません」
ヴィオレッタは溜息混じりに断るも、ベルは諦めない。
なんとかして詫びの品を受け取ってもらい、無礼を許してもらわなければならない。そして、これからも懇意にしてもらわなければ。
ベルは突然立ち上がり、一着のドレスを広げて見せた。ワインレッドと白を基調としたドレスは、胸元が大きく開いている。腰には細いリボンが巻かれており、スカートの間からはベルの艶かしい太ももが見えるデザインとなっている。
「このドレスは私の新作です。実はこれと揃いになった正装の騎士服をグリディアード公爵令息に贈らせていただいたのです」
「……つまり、私が受け取りを拒否すれば、彼にも連絡を入れなければならなくなる、ということね」
ベルの透き通った瞳がうるうると潤む。
ヴィオレッタがベルの詫びの品を受け取らなければ、ベルはルカに正装の騎士服を返せと連絡を入れなければならないのだ。
ベルの突発的な行動は好ましくないものだが、恐らくヴィオレッタが簡単に断れないよう、わざとルカに騎士服を贈りつけたのだろう。さすがは一世を風靡する《Bell》のオーナーだ。
ヴィオレッタは仕方なく、ベルの謝罪を受け入れることとしたのであった。
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