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第26話 悪女に与えられた任務

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 春の暖かな日射しが下界を照らす頃。
 ヴィオレッタは自室にて、腕を組みながら目の前の光景を目に焼きつけていた。
 深緑のドレス、薄紫のドレスをはじめ、十着のドレスが広がる。ヴィオレッタは冷や汗を垂らしながらそれを見つめる。
 ルカが全て購入してくれたドレスだが、やはり罪悪感ざいあくかんが凄まじい。今すぐにでも返品すべきか、と頓着とんじゃくした時、突然扉が開かれた。

「ヴィオレッタ!」
「お兄様……。ノックくらいしてくださいな」
「あっ、わ、悪かった」

 今にも壊れてしまいそうな扉を閉め、ヴィロードはヴィオレッタに謝罪をした。
 ヴィロードは彼女に一枚の封筒を差し出した。彼女はそれを受け取り、まじまじと見つめる。随分と美しい封筒だ。

「グリディアード公爵が訪ねてこられて……これを、ご令息に届けてほしいと……」
「……どういうことかしら」

 ヴィオレッタは小首を傾げる。肩にかかっていたルージュ色の髪がふわっと流れる。
 ヴィオレッタは真剣に、ヴィロードの言っていることが理解できなかった。グリディアード公爵がルクアーデ子爵邸を訪ねてきたという時点で耳を疑う。そしてヴィオレッタが持つ封筒をご令息、つまりはルカに届けて欲しいということ。さらに耳を疑ってしまう。
 詳しい話を聞くと、グリディアード公爵自身やグリディアード公爵家の人間が騎士団本部に出向くのは、相当ルカが嫌がるらしい。そのため、代わりに届けて欲しい物があると訪ねてきたのだ。ルカを訪ねることができる人間など、ヴィオレッタかヴィロードしか思い浮かばなかったという。ちなみに届けて欲しい物とは、ヴィオレッタが持つ封筒、そこに入ったドレスや写真を購入した領収書であるのだとか。
 それを聞いたヴィオレッタは、深刻な面持ちとなる。自分へのプレゼントの領収書なのだ。届けることを断るわけにはいかないだろう。

「私はこれから皇城に用があるから……悪いが、ヴィオレッタ。私の代わりにグリディアード公爵令息に届けてくれないか?」

 プラチナの瞳がじんわりと潤む。子犬のような表情を見て、ヴィオレッタは溜息をついた。
 グリディアード公爵の依頼であり、そして尊敬する兄からの頼みだ。決して、ルカのためではない。決して……。

「分かったわ。行けばいいのでしょう」

 ヴィオレッタが諦め気味にそう言えば、ヴィロードは大きく目を見開く。そして、穏やかな笑顔を浮かべた。

「頼んだよ、ヴィオレッタ」

 最後まで優しい笑顔を浮かべていたヴィロードは、部屋をあとにした。そんなヴィロードの背中を見送ったヴィオレッタは、さっさと用事を済ますべく、マナを呼びつけたのだった。


 マナの手伝いもあり、無事に外出用のドレスに着替え終わったヴィオレッタ。
 深緑のドレスは、マーメイドラインが特徴的。首元はホルターネックで、傷ひとつない白い背中を大胆に見せている。谷間は全く見えない作りになっているが、彼女の豊満過ぎる胸は隠すことができない。大胆に見えないからこそ、逆に暴きたくなる、唆られるというものだろう。
 ルージュ色の長髪は、編み込みでまとめ上げ、緑色の髪飾りで彩った。化粧はできるだけ薄く、ナチュラルを意識する。
 鏡に映るヴィオレッタは、マナがこれまで見てきたヴィオレッタの中でも一、二を争うくらいに美麗であった。

「うん、完璧ね」
「く…………」
「……何してるの?」
「お嬢様があまりにも輝かしくて、私の目が潰れてしまいそうですっ!」

 マナは両手で自身の目元を覆い、絶叫ぜっきょうにも近い声を上げた。

「相変わらず冗談がお上手なこと」

 ヴィオレッタは全く相手にしていない様子だ。マナは主人を差し置いて鏡に張り付き、自身の顔を確認する。どうやら目は潰れていないみたいだ。彼女はほっと胸を撫で下ろした。

「そろそろ行くわ。準備手伝ってくれてありがとう」
「それが私の役目ですので!」

 声を張り上げて謎の敬礼をしたマナに微笑み、ヴィオレッタは立ち上がる。その衝撃でふわりと香るのは、花の匂いだった。あまりにもいい香りに、マナはとうとう涙を流す。

「なんで泣いてるのよ。変な子ね」
「お嬢様がいい匂いなのがいけないんですよ~!」

 情緒じょうちょがなかなか安定しないマナの頭を優しく撫でてあげるヴィオレッタ。
 ヘティリガ一の悪女と名高いヴィオレッタだが、全く信用のできない噂だとマナは改めて思った。ヴィオレッタは気高くあり、そして慈悲じひ深くもある。懐に入れた人はとことん愛す。そんな人間だ。
 マナはヴィオレッタの優しさに触れ、違う意味で泣きたくなった。

「いい子にして待っているのよ」

 ヴィオレッタは尊い笑みを湛え、部屋をあとにしたのであった。
 やはり、女神の如き美しさを誇り、天使の如き優しさを持つ彼女を、あんな口も悪く野蛮な男に預けてはおけない。
 マナは目の色を変え、主人が消えた扉を見つめ続けた。
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