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第21話 騎士王は悪女に貢ぎたい

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「も、申し訳ございません。私としたことが……すっかり忘れておりまして……。その節は本当にありがとうございました。ルクアーデ子爵令嬢のおかげで助かりました。心よりお礼申し上げます。そのお礼も兼ねまして、本日は大サービスさせていただこうと思います。グリディアード公爵令息、よろしいでしょうか」
「あ、あぁ……」

 一息つくことなく、最後まで言いきったベル。その問いかけに、ルカは戸惑いながらも頷いた。
 ベルの額には、尋常じんじょうではない汗がダラダラと流れているが、清々しい笑顔を浮かべている。ヴィオレッタは、明らかに何かおかしいと思ったが、これ以上掘り下げてもいいことはなさそうだと結論づけ、大人しく黙ろうとしたのだが――。

「この女に似合うドレスを適当に見繕みつくろってくれ」
「…………何言ってるの?」

 簡単には黙らせてくれないらしい。
 ルカの突拍子とっぴょうしもない言葉に、ヴィオレッタは怪訝の面様となる。
 ベルは、「かしこまりました」と頭を下げ、後ろに控えていた店員に的確に指示を出していく。そして突然振り返り、ヴィオレッタの手をガシリと掴む。逃がすまい、と笑みをたたえ、試着室まで案内という名の強制連行をはかったのであった。
 試着室に連れていかれたヴィオレッタの目の前にずらりと並ぶのは、数々のドレスとアクセサリー。そして、にっこりと笑うベル。恐怖を覚えたヴィオレッタに魔の手が伸び、次々とドレスを脱がされてしまった。
 その十数分後。手垢てあかひとつとして付着していない大きな鏡に現れたのは、深緑のドレスをまとったヴィオレッタだ。マーメイドラインが美しく、彼女の魅惑的な体を際立たせている。首元はホルターネックになっており、白く滑らかな背中を大胆に見せている。
 あまりの美しいドレスに言葉を失ったヴィオレッタ。ベルは美しい彼女に感激すると同時に、試着室を容赦なく開け放つ。

「あっ……」
「……………………」

 ターコイズブルーの瞳が見開かれる。森の女王たる風格を放つヴィオレッタに、ルカは驚いているのだ。もっと綺麗な彼女を見たいという欲が顔を出し、ルカの心を埋め尽くしていく。

「買ってやる……」
「ありがとうございます!ほかにもありますがいかがなさいますか?」
「……着せてみろ」
「かしこまりました!」

 バタンッと閉じられる扉。一瞬の出来事にヴィオレッタは酷く戸惑う。
 深緑のドレスを脱がされ、次に着せられたのは、薄紫のドレス。細いウエストからふんわりと膨らむプリンセスライン。腕元のパフスリーブが可愛く、腰元の大きなリボンがアクセントとなっている。
 再び開かれた試着室の扉。ヴィオレッタの姿を見たルカは、口元を押さえ震えながら、先程と同じセリフを口にしたのであった。


 ドレスを着て、ルカに見せて、また着替えるという一連の流れを繰り返すこと二時間。着たドレスは計十着。公爵家時代以来の出来事を新鮮に感じていたヴィオレッタは、少し疲れてしまっていた。

「全てルクアーデ子爵邸に送れ。支払いはグリディアード公爵家に」
「承知いたしました」

 元々まとっていた青と白のドレスに着替え終わったヴィオレッタは、ルカとベルの会話に割り込む。

「ちょっと待ちなさい。どういうことよ」
「あ゛? どういうこともクソもねぇだろうが」
「先日に続いて今日も仮を作るなんて冗談じゃないわ」
「いちいちうるせぇな……。黙って貢がれてろ」
「みつっ…………」

 ヴィオレッタは口を噤む。ルカはようやく静かになった彼女の手を握り、ベルに挨拶をして店をあとにする。
 続いてルカが向かった場所は、表通りから少し入り組んだ場所に位置するレストランだった。店内は、温かな雰囲気を醸し出すオレンジ色の光に照らされていた。優しげな音楽が聞こえる中、店主をはじめとした店員たちが一斉に頭を下げる。
 店の人間以外、客は誰ひとりとしていない広い店内。奥の席に案内をされ、ヴィオレッタはゆっくりと腰掛ける。

「すぐにご用意いたしますのでお待ちください」

 店主は深々と頭を下げ、店の奥に入っていった。
 ヴィオレッタは乾いた口を潤すために、程よく冷えた水を飲む。
 店主たちが次々と料理を運び、沈黙の空間を切り裂いていく。どうやら予約の時間に合わせて、事前に用意をしていたらしい。客を待たせないという彼らの理念だろうか。
 白いテーブルクロスの上に並べられた美しい料理たち。ルカはそっと手を合わせたあと、ナイフとフォークを手に取り料理を食べ始める。ヴィオレッタもそれに続いた。

「ん……」
「美味いだろ」
「……えぇ、とても」

 頷いてそう言うと、ルカはフッと小さく笑った。ヴィオレッタは驚く。あのルカが笑ったことに。そして、そんなルカにきゅんとしてしまった自分に――。
 借りてきた猫のように大人しくなったヴィオレッタは、黙々と料理を堪能たんのうしたのであった。
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