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第18話 侍女は只者ではない
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爽やかで心地のいい風が吹く。曇った窓からは、昼の訪れを知らせる眩い光が射し込む。
ルクアーデ子爵邸の小屋のような客間にて、ヴィロードとルカは向かい合って座っていた。張りつめた空気の中、年季の入ったソファーがギシギシと鳴く音だけが響く。非常に気まずい雰囲気。ヴィロードは、なんとか沈黙を打ち破ろうと口を開いた。
「きょ、今日はなんのご用で?」
あまりの緊張により、声が裏返ってしまったヴィロード。少しの気恥しさを感じている彼とは真反対に、ルカは真顔であった。場を和ませようと愛想笑いを浮かべることもなければ、ヴィロードの声の裏返りにクスッと笑うこともしない。恐ろしいまでの、無表情。頬を赤らめて照れていたヴィロードは、すんっと表情を元に戻した。
ルカは、少し傾いたテーブルの上に置かれたカップを手に取り、特売で安く購入した紅茶を一気に飲み干す。
「ヴィオレッタと、デートというものを、したいです」
途切れ途切れになりながらもなんとか最後まで伝えることができた。ヴィロードは、プラチナの瞳を大きく見開き驚愕した。
なぜルカは、ヴィオレッタとデートがしたいという願望をわざわざ伝えに来たのだろうか。彼は《四騎士》の一柱に名を連ねているため、決して暇ではない。なんとかして休みをもぎ取り、貴重なその時間をヴィオレッタとのデートに使いたいということだろうか。
ルカはヴィオレッタのことを女性として慕っている。前にルクアーデ子爵邸を訪れた時には、彼女に好きになってもらうためにはどうしたらいいのか、とヴィロードに問いかけた。彼は、ルカに協力することを約束してくれたのだ。ならばその約束をさっそく果たしてもらわなければならない。もちろんヴィオレッタが嫌がってしまえば、デートはなくなってしまうのだが、望みがあるのならそれにかけたいのだ。
「でーと……。デート、ですか」
「ルクアーデ子爵から伝えてはもらえませんか?」
「わ、私からですか? もちろん伝えるのは構いませんが、ヴィオレッタが頷いてくれるかどうか……」
ヴィオレッタがデートに応じてくれるかどうか、ヴィロードは不安なのである。
グリディアード公爵の舞踏会にだって、嫌々参加していたというのに、果たしてルカとのデートを喜んで参加するだろうか。十中八九、無理な話だろう。
不安を募りに募らせたその時、ルカはポケットの中を漁り、折り畳まれた紙を取り出した。そして丁寧に広げ、バンッとテーブルの上に叩きつけるようにして置く。ヴィロードはビクッと体を跳ね上がらせ、テーブルの心配をしたのであった。
ルカが差し出した紙。それは、新聞の記事であった。「ヘティリガ帝国一の不仲な婚約者のふたり、密会の夜はとびきり甘かった――!?」と、でかでかとした文字で書かれている。
「応じねぇのなら、これは事実だと記者の野郎に話してやる……とお伝えください」
「……………………」
それ脅しなんじゃ……という言葉がヴィロードの口から出ることはなかった。
ルカからすれば、仕方がないことだ。女性をデートに誘ったこともなければ、デートをしたことすらない。生まれてから剣が恋人だった彼が、むしろここまで成長できたことを褒め称えなければならないのではないか。
ヴィロードは決意を固め、控えめに頷きを見せた。ルカの眉間から深い皺が消え失せ、彫刻のような美貌があらわとなる。男であるヴィロードも見惚れてしまう美しさだ。
ぼけっと見つめていると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえる。だいぶ建て付けが悪くなってきているのか、嫌な音が響いているが。
「旦那様。マナです」
「入って構わないよ」
「失礼いたします」
木製の扉を開いて現れたのは、マナ。ヴィオレッタの侍女である。小動物の可愛らしさを持つ彼女は、ルカと目が合うなり柔らかく微笑む。そして空になったカップに紅茶を注いでいく。注ぎ終わると、自然な流れで新聞を手に取り、ビリビリと爽快な音を立てて破いた。ヴィロードは「……え?」と驚き、ルカは険しい表情となる。せっかく消え去った皺がまたも現れた。
「グリディアード公爵令息様は、この新聞がデマであるということをお伝えにいらっしゃったのでしょうか? わざわざそこまでしていただかなくとも、お嬢様は聡明なお方ですのでこの新聞の記事など信じておりません」
「あ゛?」
「え、ちょ、ま、マナ? え? お、おお落ち着いて、え?」
真っ先に落ち着かなければならないのは、ヴィロードのほうだ。マナが格上の、それも公爵家の令息に喧嘩を売るとは思っていなかったらしく、動揺が隠せない。
マナは完璧な笑顔を浮かべているのに、全身から放っているのは邪悪なオーラ。突然喧嘩を売られたと認識したルカは、マナを正面から睨みつける。彼女が男性であったのなら今すぐにでも殴りつけて蹴り飛ばしたいが、彼女は女性でありヴィオレッタの侍女だ。そんなことをしてしまえば、二度と邸宅の敷居を跨ぐことは許してもらえないだろう。
ルカは手を出さない代わりに、容赦なく殺意を向ける。
「俺に喧嘩売るとはいい度胸だ、モブ女」
騎士王の殺意が充満する小さな客間で、ヴィロードはどうすることもできずに震える。それに対してマナは、怯えるどころか、ニヒルな笑みを浮かべ、こう言った。
「黙れよクズ男」
ルクアーデ子爵邸の小屋のような客間にて、ヴィロードとルカは向かい合って座っていた。張りつめた空気の中、年季の入ったソファーがギシギシと鳴く音だけが響く。非常に気まずい雰囲気。ヴィロードは、なんとか沈黙を打ち破ろうと口を開いた。
「きょ、今日はなんのご用で?」
あまりの緊張により、声が裏返ってしまったヴィロード。少しの気恥しさを感じている彼とは真反対に、ルカは真顔であった。場を和ませようと愛想笑いを浮かべることもなければ、ヴィロードの声の裏返りにクスッと笑うこともしない。恐ろしいまでの、無表情。頬を赤らめて照れていたヴィロードは、すんっと表情を元に戻した。
ルカは、少し傾いたテーブルの上に置かれたカップを手に取り、特売で安く購入した紅茶を一気に飲み干す。
「ヴィオレッタと、デートというものを、したいです」
途切れ途切れになりながらもなんとか最後まで伝えることができた。ヴィロードは、プラチナの瞳を大きく見開き驚愕した。
なぜルカは、ヴィオレッタとデートがしたいという願望をわざわざ伝えに来たのだろうか。彼は《四騎士》の一柱に名を連ねているため、決して暇ではない。なんとかして休みをもぎ取り、貴重なその時間をヴィオレッタとのデートに使いたいということだろうか。
ルカはヴィオレッタのことを女性として慕っている。前にルクアーデ子爵邸を訪れた時には、彼女に好きになってもらうためにはどうしたらいいのか、とヴィロードに問いかけた。彼は、ルカに協力することを約束してくれたのだ。ならばその約束をさっそく果たしてもらわなければならない。もちろんヴィオレッタが嫌がってしまえば、デートはなくなってしまうのだが、望みがあるのならそれにかけたいのだ。
「でーと……。デート、ですか」
「ルクアーデ子爵から伝えてはもらえませんか?」
「わ、私からですか? もちろん伝えるのは構いませんが、ヴィオレッタが頷いてくれるかどうか……」
ヴィオレッタがデートに応じてくれるかどうか、ヴィロードは不安なのである。
グリディアード公爵の舞踏会にだって、嫌々参加していたというのに、果たしてルカとのデートを喜んで参加するだろうか。十中八九、無理な話だろう。
不安を募りに募らせたその時、ルカはポケットの中を漁り、折り畳まれた紙を取り出した。そして丁寧に広げ、バンッとテーブルの上に叩きつけるようにして置く。ヴィロードはビクッと体を跳ね上がらせ、テーブルの心配をしたのであった。
ルカが差し出した紙。それは、新聞の記事であった。「ヘティリガ帝国一の不仲な婚約者のふたり、密会の夜はとびきり甘かった――!?」と、でかでかとした文字で書かれている。
「応じねぇのなら、これは事実だと記者の野郎に話してやる……とお伝えください」
「……………………」
それ脅しなんじゃ……という言葉がヴィロードの口から出ることはなかった。
ルカからすれば、仕方がないことだ。女性をデートに誘ったこともなければ、デートをしたことすらない。生まれてから剣が恋人だった彼が、むしろここまで成長できたことを褒め称えなければならないのではないか。
ヴィロードは決意を固め、控えめに頷きを見せた。ルカの眉間から深い皺が消え失せ、彫刻のような美貌があらわとなる。男であるヴィロードも見惚れてしまう美しさだ。
ぼけっと見つめていると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえる。だいぶ建て付けが悪くなってきているのか、嫌な音が響いているが。
「旦那様。マナです」
「入って構わないよ」
「失礼いたします」
木製の扉を開いて現れたのは、マナ。ヴィオレッタの侍女である。小動物の可愛らしさを持つ彼女は、ルカと目が合うなり柔らかく微笑む。そして空になったカップに紅茶を注いでいく。注ぎ終わると、自然な流れで新聞を手に取り、ビリビリと爽快な音を立てて破いた。ヴィロードは「……え?」と驚き、ルカは険しい表情となる。せっかく消え去った皺がまたも現れた。
「グリディアード公爵令息様は、この新聞がデマであるということをお伝えにいらっしゃったのでしょうか? わざわざそこまでしていただかなくとも、お嬢様は聡明なお方ですのでこの新聞の記事など信じておりません」
「あ゛?」
「え、ちょ、ま、マナ? え? お、おお落ち着いて、え?」
真っ先に落ち着かなければならないのは、ヴィロードのほうだ。マナが格上の、それも公爵家の令息に喧嘩を売るとは思っていなかったらしく、動揺が隠せない。
マナは完璧な笑顔を浮かべているのに、全身から放っているのは邪悪なオーラ。突然喧嘩を売られたと認識したルカは、マナを正面から睨みつける。彼女が男性であったのなら今すぐにでも殴りつけて蹴り飛ばしたいが、彼女は女性でありヴィオレッタの侍女だ。そんなことをしてしまえば、二度と邸宅の敷居を跨ぐことは許してもらえないだろう。
ルカは手を出さない代わりに、容赦なく殺意を向ける。
「俺に喧嘩売るとはいい度胸だ、モブ女」
騎士王の殺意が充満する小さな客間で、ヴィロードはどうすることもできずに震える。それに対してマナは、怯えるどころか、ニヒルな笑みを浮かべ、こう言った。
「黙れよクズ男」
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