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第10話 舞踏会の招待状
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「グリディアード公爵城で舞踏会、ですって?」
隙間なく塗られた紺色に、筆を振って黄金や白銀をまぶした美しい風景画が一面に広がる時間帯。ルクアーデ子爵邸では、ヴィオレッタが驚愕した表情を浮かべていた。ソファーに腰掛けていたヴィロードは、読んでいた一枚の招待状をヴィオレッタに手渡した。
そこには、一ヶ月後、グリディアード公爵城にて舞踏会を行うためヴィオレッタとヴィロードを招待するという趣旨が記されていた。
くだらない、と一蹴するように、ヴィオレッタは招待状をテーブルに叩きつけた。
「強制参加かしら」
「そんなことはないと思うけど、グリディアード公爵令息に恥をかかせることになるかもしれない」
「………………」
ヴィオレッタは黙り込む。恥をかかせてやればいいのだと言おうとしたが、すんでのところで思い留まったのだ。
ヴィオレッタはこれまで、余程の用事がある時や体調不良の時以外は、忠実に舞踏会や凱旋パーティーに出席をしてきた。ルカと衣装を合わせなかったり、と地味な嫌がらせはしてきたが、婚約者が出席しないという恥をかかせた記憶はない。ルカの18歳の誕生パーティーにさえ出席をした。形はどうであれ、一応は婚約者として顔を見せているのだ。
さすがのヴィオレッタもルカの生家主催の舞踏会に参加しないと言いきることはできない様子。
ヴィロードは、ヴィオレッタが嫌がらない範囲でルカの恋の手助けをすることを約束したのだ。彼は複雑な心境だが、ヴィオレッタには舞踏会に参加してもらうしかないと考えていた。
「一晩だけだから、な?」
「分かってるわ。ただ参加するだけでいいのでしょう?」
「もちろんだとも」
ヴィロードは純新無垢な笑顔を湛えた。腕を組みながら短く溜息をついたヴィオレッタの脳内の中で、思い出したくなどなかった記憶が再生される。
約一年前に、グリディアード公爵家から婚約を申し込まれた。ヴィオレッタはその時、人生で最も憤慨したことを覚えている。
婚約を受託することしかできなかったヴィオレッタは、婚約発表の場にいて世界を滅ぼすことなど造作でもないと言いたげな悪の面様を浮かべていた。婚約発表の場で初めて会ったルカは、想像以上の美貌を誇らしげに掲げ、どうすることもできない不機嫌さをまとっていた。それを見たヴィオレッタは、少しだけ心が傷ついた。あぁ、婚約を申し込んで来たあなたも、不本意だったのね、と。
ヴィオレッタは、回想したあと、今度は大きめに溜息を吐いた。
「グリディアード公爵城に行くのは、婚約発表以来ね」
「……そうだな」
「また、嫌な思い出を積み重ねるのかしら……」
悲しげに俯くヴィオレッタを見て、ヴィロードは胸を痛めた。
理不尽な事件で父を亡くし、気高くも根底にブレることのない軸と優しさを有する妹を苦労させていることに、ヴィロードはモヤついた感情を抱いていた。せめて嫁入りをする時は、幸せになってほしいと祈っているが、相手がルカでは……と少しガッカリしていた。
だが先日、ルカがヴィオレッタのことを慕っているということを知り、ヴィロードは運命の歯車が噛み合い今にも動き出しそうなのかもしれないと、大きな期待と予感を感じているのだ。少し変わり者のヴィオレッタを幸せにできるのは、ルカしかいないのかもしれないとも感じ始めていた。
ヴィロードは重たい腰を上げ、ヴィオレッタの隣に移動をする。寝間着の上に置かれた手をそっと上から包み込むと、表情に反してじんわりとした温もりが伝わって来た。
「まだ、嫌な思い出になると決まったわけではないだろう?」
「お兄様……」
「上手くやってほしいとか、愛し合ってほしいとか、そんな難しいことは私は言わない。ただ、決して共感はできなくとも、互いを理解しようと努める気持ちだけは、忘れてはダメだよ」
ヴィロードの語りかける優しい声色に、ヴィオレッタは何も言うことなく小さく頷いた。
ルカは、最高の造形美である美貌を誇り、家柄も地位も申し分ない。しかし彼の性格だけは、この世の悪という悪を切り刻み大鍋に入れ、じっくりと18年間煮詰めたのではないかと思うほどよろしくない。そんなルカを理解する気持ちは捨ててはダメだと、なかなか酷なことを言うヴィロードだが、ヴィオレッタもほんの少しは納得していた。共感できなくとも、理解するために歩み寄ることはできる。どうせ婚約破棄をするのがオチだが、それまでは思い出したくもない辛い思い出とならないよう、努力はしてみようか。
ヴィオレッタは、ヴィロードの手を握り返す。兄の温もりと優しさに直接触れることで、少しは気持ちも晴れた気がした。
隙間なく塗られた紺色に、筆を振って黄金や白銀をまぶした美しい風景画が一面に広がる時間帯。ルクアーデ子爵邸では、ヴィオレッタが驚愕した表情を浮かべていた。ソファーに腰掛けていたヴィロードは、読んでいた一枚の招待状をヴィオレッタに手渡した。
そこには、一ヶ月後、グリディアード公爵城にて舞踏会を行うためヴィオレッタとヴィロードを招待するという趣旨が記されていた。
くだらない、と一蹴するように、ヴィオレッタは招待状をテーブルに叩きつけた。
「強制参加かしら」
「そんなことはないと思うけど、グリディアード公爵令息に恥をかかせることになるかもしれない」
「………………」
ヴィオレッタは黙り込む。恥をかかせてやればいいのだと言おうとしたが、すんでのところで思い留まったのだ。
ヴィオレッタはこれまで、余程の用事がある時や体調不良の時以外は、忠実に舞踏会や凱旋パーティーに出席をしてきた。ルカと衣装を合わせなかったり、と地味な嫌がらせはしてきたが、婚約者が出席しないという恥をかかせた記憶はない。ルカの18歳の誕生パーティーにさえ出席をした。形はどうであれ、一応は婚約者として顔を見せているのだ。
さすがのヴィオレッタもルカの生家主催の舞踏会に参加しないと言いきることはできない様子。
ヴィロードは、ヴィオレッタが嫌がらない範囲でルカの恋の手助けをすることを約束したのだ。彼は複雑な心境だが、ヴィオレッタには舞踏会に参加してもらうしかないと考えていた。
「一晩だけだから、な?」
「分かってるわ。ただ参加するだけでいいのでしょう?」
「もちろんだとも」
ヴィロードは純新無垢な笑顔を湛えた。腕を組みながら短く溜息をついたヴィオレッタの脳内の中で、思い出したくなどなかった記憶が再生される。
約一年前に、グリディアード公爵家から婚約を申し込まれた。ヴィオレッタはその時、人生で最も憤慨したことを覚えている。
婚約を受託することしかできなかったヴィオレッタは、婚約発表の場にいて世界を滅ぼすことなど造作でもないと言いたげな悪の面様を浮かべていた。婚約発表の場で初めて会ったルカは、想像以上の美貌を誇らしげに掲げ、どうすることもできない不機嫌さをまとっていた。それを見たヴィオレッタは、少しだけ心が傷ついた。あぁ、婚約を申し込んで来たあなたも、不本意だったのね、と。
ヴィオレッタは、回想したあと、今度は大きめに溜息を吐いた。
「グリディアード公爵城に行くのは、婚約発表以来ね」
「……そうだな」
「また、嫌な思い出を積み重ねるのかしら……」
悲しげに俯くヴィオレッタを見て、ヴィロードは胸を痛めた。
理不尽な事件で父を亡くし、気高くも根底にブレることのない軸と優しさを有する妹を苦労させていることに、ヴィロードはモヤついた感情を抱いていた。せめて嫁入りをする時は、幸せになってほしいと祈っているが、相手がルカでは……と少しガッカリしていた。
だが先日、ルカがヴィオレッタのことを慕っているということを知り、ヴィロードは運命の歯車が噛み合い今にも動き出しそうなのかもしれないと、大きな期待と予感を感じているのだ。少し変わり者のヴィオレッタを幸せにできるのは、ルカしかいないのかもしれないとも感じ始めていた。
ヴィロードは重たい腰を上げ、ヴィオレッタの隣に移動をする。寝間着の上に置かれた手をそっと上から包み込むと、表情に反してじんわりとした温もりが伝わって来た。
「まだ、嫌な思い出になると決まったわけではないだろう?」
「お兄様……」
「上手くやってほしいとか、愛し合ってほしいとか、そんな難しいことは私は言わない。ただ、決して共感はできなくとも、互いを理解しようと努める気持ちだけは、忘れてはダメだよ」
ヴィロードの語りかける優しい声色に、ヴィオレッタは何も言うことなく小さく頷いた。
ルカは、最高の造形美である美貌を誇り、家柄も地位も申し分ない。しかし彼の性格だけは、この世の悪という悪を切り刻み大鍋に入れ、じっくりと18年間煮詰めたのではないかと思うほどよろしくない。そんなルカを理解する気持ちは捨ててはダメだと、なかなか酷なことを言うヴィロードだが、ヴィオレッタもほんの少しは納得していた。共感できなくとも、理解するために歩み寄ることはできる。どうせ婚約破棄をするのがオチだが、それまでは思い出したくもない辛い思い出とならないよう、努力はしてみようか。
ヴィオレッタは、ヴィロードの手を握り返す。兄の温もりと優しさに直接触れることで、少しは気持ちも晴れた気がした。
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