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第7話 皇帝の提案

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 先代皇帝を目の前で惨殺してくれたことを感謝する。 
 ヴィオレッタの衝撃的な発言に、皇帝は目を見開いた後、くつくつと可愛らしく笑った。

「父親のことか」
「はい。父も心から喜んでいるでしょう」

 分けへだてなく優しかったヴィオレッタの父が、本当に喜んでいるかは分からない。しかし、父を見捨てた先代皇帝の死で、少しは無念も晴らすことができたであろう。

「死すべき人間は正しく死ななければならぬ。お前の父親は、生きるべき人間であった。相当な怨念おんねんを向けられていたのだろうな」
「……父が、恨まれていたとでも?」
「さぁな。俺には分からん」

 笑みをなくしたヴィオレッタ。悪女さながらの眼光がんこうに、皇帝は怯むことなく言い逃れをした。
 ルクアーデ家最後の公爵の不祥事が発覚した時、先代皇帝はろくに調べようとせず、死刑に処した。いつか見滅みほろびる苦しい思いをして死ねばいいと先代皇帝ばかりをうらんでいたのだが、もしかしてルクアーデ公爵は誰かにおとしいれられたのだろうか。皇帝の今の発言からして、そうとらえてもなんらおかしくはない。むしろそれが正しいことに思えてきた。
 ヴィオレッタは、これ以上の詮索せんさくは命取りだと察し、話題を変えることとした。

「ところで、皇帝陛下。私を皇城へと呼び出した理由をお聞きいたしてもよろしいでしょうか」
「理由? そんなものはない」

 皇帝はソファーから立ち上がり、壁際に掲げられるようにして備え付けてあったティーセットを持って来る。そして驚くことに、皇帝自らが茶を淹れ始めた。

「皇帝陛下。私が、」
「いい。座っていろ」

 ヴィオレッタが変わろうと席を立つが、皇帝により断られてしまった。
 侍女がお茶を持って来なかったのは、皇帝が誰も客間に入るなと命令を下したからなのだろう。だが、まさか皇帝が茶を淹れるとは。誰が予想できたであろうか。
 慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく皇帝に、呆気に取られるヴィオレッタ。差し出された紅茶は、色味を一目見て上等な物だと判断できるほど高級であった。鼻をくすぐる甘くもさわやかな香りに、ヴィオレッタは今すぐ目の前の紅茶を飲みたい衝動に駆られる。しかし、皇帝より先に紅茶に口をつけるなど、無礼の何ものでもない。
 ヴィオレッタがジッと我慢していると、皇帝は「飲むがいい」とうながした。

「いただきます」

 赤い唇が淡いオレンジに触れ、柔らかな色味に変わる。口の中に広がったのは、程よい甘み。ヴィオレッタは花がほころぶように笑った。

「とても、美味しいです」

 ひと睨みだけで人を殺すことができるような鋭い視線を持つヴィオレッタ。だが彼女の笑顔は、この世の男性をとりこにして離さない、そんな底知れぬ魅力を漂わせていた。もちろん皇帝も、例外ではなく……。ヴィオレッタの不意打ふいうちの笑顔に、驚いて声すらでなかったようだ。

「皇帝陛下。先程、私をここへ呼んだ理由はないと仰いましたが……」
「……あぁ。ただ、ヴィオレッタ、お前と話してみたかっただけだ」
「話、ですか」

 ヴィオレッタは、到底理解できない様子で呟いた。

「歴史が変わるあの瞬間、悲惨とも言える場面を目撃したのにも関わらず、お前は笑っていた。男でさえ逃げ出していたあの状況で、だ。俺はお前のきもの座りように感服かんぷくした」
「……光栄でございます」
「取るに足らないただの悪女だと思っていたが、どうやら違ったようだ」

 考えを改めなければな、と付け加え、口角を上げた皇帝に、ヴィオレッタはなんと返事をしていいか分からず、目を逸らした。
 今年27歳を迎えたとは、到底思えない美貌。結婚適齢期をとうに越えた年齢であるが、ヘティリガの貴族や他国の皇族、王族、貴族からの縁談が絶えない。あまりにも女性に興味がないことから、生涯未婚を貫くとまで噂されいるが、真相は分からない。
 皇帝には、双子の弟がいる。皇弟は、既に結婚をしており子供もいるため、皇族の血が絶えることはないのだが、それをよしとしない輩もいるのだ。
 皇帝は、少し冷めてしまった紅茶を優雅ゆうがに飲みながら、ヴィオレッタを見つめた。

「ヴィオレッタ。たまにでいい。こうして、俺の話し相手となれ」
「………………」
「給与を支給しよう」
「………………」

 無言のヴィオレッタに、皇帝は返事を急かすことはしなかった。あくまで決めるのはヴィオレッタである、ということだろう。暴君の君主のことだ。「お前に拒否権はない」とでも言うと思っていた。しかし、皇帝は意外にもヴィオレッタの気持ちを尊重した。彼女の婚約者であるルカとは、大きな違いだ。
 ヴィオレッタも予測できぬ皇帝の提案。皇帝の話し相手となるだけで、給与が支給される。総財産も少なく、事業も立て直している最中のルクアーデ子爵家にとっては、思わぬ収入源だろう。ヴィロードの助けとなることができ、今よりほんの少しだけ贅沢ぜいたくできるようになるなら、この上ない喜びだ。

「お引き受けいたします」

 ヴィオレッタの承諾しょうだくに、皇帝はどこか嬉しそうに頷いたのであった。
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