7 / 168
第7話 皇帝の提案
しおりを挟む
先代皇帝を目の前で惨殺してくれたことを感謝する。
ヴィオレッタの衝撃的な発言に、皇帝は目を見開いた後、くつくつと可愛らしく笑った。
「父親のことか」
「はい。父も心から喜んでいるでしょう」
分け隔てなく優しかったヴィオレッタの父が、本当に喜んでいるかは分からない。しかし、父を見捨てた先代皇帝の死で、少しは無念も晴らすことができたであろう。
「死すべき人間は正しく死ななければならぬ。お前の父親は、生きるべき人間であった。相当な怨念を向けられていたのだろうな」
「……父が、恨まれていたとでも?」
「さぁな。俺には分からん」
笑みをなくしたヴィオレッタ。悪女さながらの眼光に、皇帝は怯むことなく言い逃れをした。
ルクアーデ家最後の公爵の不祥事が発覚した時、先代皇帝はろくに調べようとせず、死刑に処した。いつか見滅びる苦しい思いをして死ねばいいと先代皇帝ばかりを恨んでいたのだが、もしかしてルクアーデ公爵は誰かに陥れられたのだろうか。皇帝の今の発言からして、そう捉えてもなんらおかしくはない。むしろそれが正しいことに思えてきた。
ヴィオレッタは、これ以上の詮索は命取りだと察し、話題を変えることとした。
「ところで、皇帝陛下。私を皇城へと呼び出した理由をお聞きいたしてもよろしいでしょうか」
「理由? そんなものはない」
皇帝はソファーから立ち上がり、壁際に掲げられるようにして備え付けてあったティーセットを持って来る。そして驚くことに、皇帝自らが茶を淹れ始めた。
「皇帝陛下。私が、」
「いい。座っていろ」
ヴィオレッタが変わろうと席を立つが、皇帝により断られてしまった。
侍女がお茶を持って来なかったのは、皇帝が誰も客間に入るなと命令を下したからなのだろう。だが、まさか皇帝が茶を淹れるとは。誰が予想できたであろうか。
慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく皇帝に、呆気に取られるヴィオレッタ。差し出された紅茶は、色味を一目見て上等な物だと判断できるほど高級であった。鼻を擽る甘くも爽やかな香りに、ヴィオレッタは今すぐ目の前の紅茶を飲みたい衝動に駆られる。しかし、皇帝より先に紅茶に口をつけるなど、無礼の何ものでもない。
ヴィオレッタがジッと我慢していると、皇帝は「飲むがいい」と促した。
「いただきます」
赤い唇が淡いオレンジに触れ、柔らかな色味に変わる。口の中に広がったのは、程よい甘み。ヴィオレッタは花が綻ぶように笑った。
「とても、美味しいです」
ひと睨みだけで人を殺すことができるような鋭い視線を持つヴィオレッタ。だが彼女の笑顔は、この世の男性を虜にして離さない、そんな底知れぬ魅力を漂わせていた。もちろん皇帝も、例外ではなく……。ヴィオレッタの不意打ちの笑顔に、驚いて声すらでなかったようだ。
「皇帝陛下。先程、私をここへ呼んだ理由はないと仰いましたが……」
「……あぁ。ただ、ヴィオレッタ、お前と話してみたかっただけだ」
「話、ですか」
ヴィオレッタは、到底理解できない様子で呟いた。
「歴史が変わるあの瞬間、悲惨とも言える場面を目撃したのにも関わらず、お前は笑っていた。男でさえ逃げ出していたあの状況で、だ。俺はお前の肝の座りように感服した」
「……光栄でございます」
「取るに足らないただの悪女だと思っていたが、どうやら違ったようだ」
考えを改めなければな、と付け加え、口角を上げた皇帝に、ヴィオレッタはなんと返事をしていいか分からず、目を逸らした。
今年27歳を迎えたとは、到底思えない美貌。結婚適齢期をとうに越えた年齢であるが、ヘティリガの貴族や他国の皇族、王族、貴族からの縁談が絶えない。あまりにも女性に興味がないことから、生涯未婚を貫くとまで噂されいるが、真相は分からない。
皇帝には、双子の弟がいる。皇弟は、既に結婚をしており子供もいるため、皇族の血が絶えることはないのだが、それをよしとしない輩もいるのだ。
皇帝は、少し冷めてしまった紅茶を優雅に飲みながら、ヴィオレッタを見つめた。
「ヴィオレッタ。たまにでいい。こうして、俺の話し相手となれ」
「………………」
「給与を支給しよう」
「………………」
無言のヴィオレッタに、皇帝は返事を急かすことはしなかった。あくまで決めるのはヴィオレッタである、ということだろう。暴君の君主のことだ。「お前に拒否権はない」とでも言うと思っていた。しかし、皇帝は意外にもヴィオレッタの気持ちを尊重した。彼女の婚約者であるルカとは、大きな違いだ。
ヴィオレッタも予測できぬ皇帝の提案。皇帝の話し相手となるだけで、給与が支給される。総財産も少なく、事業も立て直している最中のルクアーデ子爵家にとっては、思わぬ収入源だろう。ヴィロードの助けとなることができ、今よりほんの少しだけ贅沢できるようになるなら、この上ない喜びだ。
「お引き受けいたします」
ヴィオレッタの承諾に、皇帝はどこか嬉しそうに頷いたのであった。
ヴィオレッタの衝撃的な発言に、皇帝は目を見開いた後、くつくつと可愛らしく笑った。
「父親のことか」
「はい。父も心から喜んでいるでしょう」
分け隔てなく優しかったヴィオレッタの父が、本当に喜んでいるかは分からない。しかし、父を見捨てた先代皇帝の死で、少しは無念も晴らすことができたであろう。
「死すべき人間は正しく死ななければならぬ。お前の父親は、生きるべき人間であった。相当な怨念を向けられていたのだろうな」
「……父が、恨まれていたとでも?」
「さぁな。俺には分からん」
笑みをなくしたヴィオレッタ。悪女さながらの眼光に、皇帝は怯むことなく言い逃れをした。
ルクアーデ家最後の公爵の不祥事が発覚した時、先代皇帝はろくに調べようとせず、死刑に処した。いつか見滅びる苦しい思いをして死ねばいいと先代皇帝ばかりを恨んでいたのだが、もしかしてルクアーデ公爵は誰かに陥れられたのだろうか。皇帝の今の発言からして、そう捉えてもなんらおかしくはない。むしろそれが正しいことに思えてきた。
ヴィオレッタは、これ以上の詮索は命取りだと察し、話題を変えることとした。
「ところで、皇帝陛下。私を皇城へと呼び出した理由をお聞きいたしてもよろしいでしょうか」
「理由? そんなものはない」
皇帝はソファーから立ち上がり、壁際に掲げられるようにして備え付けてあったティーセットを持って来る。そして驚くことに、皇帝自らが茶を淹れ始めた。
「皇帝陛下。私が、」
「いい。座っていろ」
ヴィオレッタが変わろうと席を立つが、皇帝により断られてしまった。
侍女がお茶を持って来なかったのは、皇帝が誰も客間に入るなと命令を下したからなのだろう。だが、まさか皇帝が茶を淹れるとは。誰が予想できたであろうか。
慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく皇帝に、呆気に取られるヴィオレッタ。差し出された紅茶は、色味を一目見て上等な物だと判断できるほど高級であった。鼻を擽る甘くも爽やかな香りに、ヴィオレッタは今すぐ目の前の紅茶を飲みたい衝動に駆られる。しかし、皇帝より先に紅茶に口をつけるなど、無礼の何ものでもない。
ヴィオレッタがジッと我慢していると、皇帝は「飲むがいい」と促した。
「いただきます」
赤い唇が淡いオレンジに触れ、柔らかな色味に変わる。口の中に広がったのは、程よい甘み。ヴィオレッタは花が綻ぶように笑った。
「とても、美味しいです」
ひと睨みだけで人を殺すことができるような鋭い視線を持つヴィオレッタ。だが彼女の笑顔は、この世の男性を虜にして離さない、そんな底知れぬ魅力を漂わせていた。もちろん皇帝も、例外ではなく……。ヴィオレッタの不意打ちの笑顔に、驚いて声すらでなかったようだ。
「皇帝陛下。先程、私をここへ呼んだ理由はないと仰いましたが……」
「……あぁ。ただ、ヴィオレッタ、お前と話してみたかっただけだ」
「話、ですか」
ヴィオレッタは、到底理解できない様子で呟いた。
「歴史が変わるあの瞬間、悲惨とも言える場面を目撃したのにも関わらず、お前は笑っていた。男でさえ逃げ出していたあの状況で、だ。俺はお前の肝の座りように感服した」
「……光栄でございます」
「取るに足らないただの悪女だと思っていたが、どうやら違ったようだ」
考えを改めなければな、と付け加え、口角を上げた皇帝に、ヴィオレッタはなんと返事をしていいか分からず、目を逸らした。
今年27歳を迎えたとは、到底思えない美貌。結婚適齢期をとうに越えた年齢であるが、ヘティリガの貴族や他国の皇族、王族、貴族からの縁談が絶えない。あまりにも女性に興味がないことから、生涯未婚を貫くとまで噂されいるが、真相は分からない。
皇帝には、双子の弟がいる。皇弟は、既に結婚をしており子供もいるため、皇族の血が絶えることはないのだが、それをよしとしない輩もいるのだ。
皇帝は、少し冷めてしまった紅茶を優雅に飲みながら、ヴィオレッタを見つめた。
「ヴィオレッタ。たまにでいい。こうして、俺の話し相手となれ」
「………………」
「給与を支給しよう」
「………………」
無言のヴィオレッタに、皇帝は返事を急かすことはしなかった。あくまで決めるのはヴィオレッタである、ということだろう。暴君の君主のことだ。「お前に拒否権はない」とでも言うと思っていた。しかし、皇帝は意外にもヴィオレッタの気持ちを尊重した。彼女の婚約者であるルカとは、大きな違いだ。
ヴィオレッタも予測できぬ皇帝の提案。皇帝の話し相手となるだけで、給与が支給される。総財産も少なく、事業も立て直している最中のルクアーデ子爵家にとっては、思わぬ収入源だろう。ヴィロードの助けとなることができ、今よりほんの少しだけ贅沢できるようになるなら、この上ない喜びだ。
「お引き受けいたします」
ヴィオレッタの承諾に、皇帝はどこか嬉しそうに頷いたのであった。
2
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる