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第153話 罪の重さ
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ジークルドに連れられ、彼の寝室にやってきたラダベル。彼女は、複雑な心境に陥っていた。
「ラダベル」
ジークルドに名を呼ばれながら抱きしめられる。彼の広い背に腕を回す。
「アナスタシアは然るべき処罰を受けることになる。夫を……それも、南部の司令官を殺すというのは大罪。あの場で処刑されても良いくらいだ」
ジークルドの言う通りだ。彼の言っていることは、全て正しい。アナスタシアの愚行は、決して許されないことだ。先程の場にてアデルの命令により、彼女が殺されたとしても、彼女自身や身内であるオースター侯爵は文句を言えないだろう。
アナスタシアは根っからの極悪人だったのだろうか。いいや、違う。一時は、ラダベルが愛してやまないジークルドと結婚を騒がれた仲なのだから。優しくて心の広いジークルドが結婚を考えた相手なのだから。
これはラダベルの憶測にしか過ぎないが、恐らくアナスタシアは、ジークルドと恋仲のような仲にあった時は、聖女のように心清らかで美しい女性だったのだろう。ところが、愛と憎悪が彼女を変えたのだ。厳しい両親に愛する人との結婚を許されず、まったく好きでもない随分と年上の男性と結婚させられて、挙句の果てに夫の実家に疎まれるなんて。想像を絶する辛苦を味わっただろう。ラダベルならきっと、耐えられそうにない。
オースター先代侯爵夫妻が亡くなったあとに、夫であるサレオン先代公爵と離婚したり、姉のオースター侯爵に助けを求めたりなど、暴走してしまう前にできることはまだあったはず。だがしかし、夫であったサレオン先代公爵、またはサレオン侯爵家の一族に脅されていた可能性は否めない。アナスタシアにとっても、何を選択することが正解なのか、分からなかったのかもしれない。
可哀想な、アナスタシア。変わるしかなかった、変わらざるを得なかった。彼女の人生は、酷く虚しい――。
ラダベルが瞑目する。
「どうか、いつかは……幸せになれますように」
ラダベルの祈りを聞いたジークルドが彼女の後頭部を撫でる。
「そうだな……。俺にも責任はある。アナスタシアに酷な選択をさせてしまったのだから」
ジークルドの呟きに、ラダベルは無言を貫いた。
彼は、後悔しているのだろう。アナスタシアに愛されているのに、彼女に愛を返すことができなかった自分を。だが、ジークルドは悪くはない。結局、彼のアナスタシアへの想いは、いくら頑張ろうとも、深くはならなかったのだから。それに、ほかの人と結婚すると主張するアナスタシアの捨て身の選択に対して、ジークルドは反対した。だが、アナスタシアが彼の反対を押し切ったのも事実なのだ。あの時の彼らの選択に関しては、誰が悪いとは言いきれないだろう。
ラダベルは、アナスタシアの気持ちも分かるし、ジークルドの気持ちも理解していた。ただ、アナスタシアは償わなければならない。南部の司令官である幹部の軍人の殺害計画を企てた、罪を――。その点だけを見るのであれば、ラダベルもジークルドも、容認はできない。そうせざるを得ない心の状態まで追い詰められていたアナスタシアだが、彼女が犯した罪はさすがのふたりも庇えないのだから。
「死刑に処されるのは時間の問題かもしれない。長年、皇族に服従し続けてきたサレオン公爵家の当主を殺害してしまったのは、大罪に当たる。サレオン公爵家はアナスタシアのことをよく思っていなかったらしいからな、彼女を処刑しろと喚くだろう」
ジークルドはラダベルから離れて、そう言った。ラダベルは、大人しく首を縦に振る。
サレオン公爵家は、跡継ぎを生まないアナスタシアを忌み嫌っていた。彼女が自分たちの当主を殺したともなれば、彼女の命は安全ではない。一度助けられたとしても、何かしらの方法を使って殺しにかかるだろう。
「アナスタシアの件について、処刑以外の刑罰はどうかと進言するつもりだ。オースター侯爵はどうするかは分からないが……。声をあげないよりは、マシだろう」
ジークルドの言葉を受け、ラダベルの胸を渦巻いていた靄がゆっくりと晴れる。彼の尽力次第で、アナスタシアは処刑を免れるのか、と問われれば無理に近い。だが、彼の言う通り、何も言わないよりはマシだ。アナスタシアの罪に同情はできないが、彼女の心情やこれまでの人生には同情の余地はまだある。
「どんな形であれ……悔いが残らないようにしてほしいですね……」
ラダベルが同意を求めると、ジークルドは頷いた。そして彼女を再び、腕の中に収めたのであった。
「ラダベル」
ジークルドに名を呼ばれながら抱きしめられる。彼の広い背に腕を回す。
「アナスタシアは然るべき処罰を受けることになる。夫を……それも、南部の司令官を殺すというのは大罪。あの場で処刑されても良いくらいだ」
ジークルドの言う通りだ。彼の言っていることは、全て正しい。アナスタシアの愚行は、決して許されないことだ。先程の場にてアデルの命令により、彼女が殺されたとしても、彼女自身や身内であるオースター侯爵は文句を言えないだろう。
アナスタシアは根っからの極悪人だったのだろうか。いいや、違う。一時は、ラダベルが愛してやまないジークルドと結婚を騒がれた仲なのだから。優しくて心の広いジークルドが結婚を考えた相手なのだから。
これはラダベルの憶測にしか過ぎないが、恐らくアナスタシアは、ジークルドと恋仲のような仲にあった時は、聖女のように心清らかで美しい女性だったのだろう。ところが、愛と憎悪が彼女を変えたのだ。厳しい両親に愛する人との結婚を許されず、まったく好きでもない随分と年上の男性と結婚させられて、挙句の果てに夫の実家に疎まれるなんて。想像を絶する辛苦を味わっただろう。ラダベルならきっと、耐えられそうにない。
オースター先代侯爵夫妻が亡くなったあとに、夫であるサレオン先代公爵と離婚したり、姉のオースター侯爵に助けを求めたりなど、暴走してしまう前にできることはまだあったはず。だがしかし、夫であったサレオン先代公爵、またはサレオン侯爵家の一族に脅されていた可能性は否めない。アナスタシアにとっても、何を選択することが正解なのか、分からなかったのかもしれない。
可哀想な、アナスタシア。変わるしかなかった、変わらざるを得なかった。彼女の人生は、酷く虚しい――。
ラダベルが瞑目する。
「どうか、いつかは……幸せになれますように」
ラダベルの祈りを聞いたジークルドが彼女の後頭部を撫でる。
「そうだな……。俺にも責任はある。アナスタシアに酷な選択をさせてしまったのだから」
ジークルドの呟きに、ラダベルは無言を貫いた。
彼は、後悔しているのだろう。アナスタシアに愛されているのに、彼女に愛を返すことができなかった自分を。だが、ジークルドは悪くはない。結局、彼のアナスタシアへの想いは、いくら頑張ろうとも、深くはならなかったのだから。それに、ほかの人と結婚すると主張するアナスタシアの捨て身の選択に対して、ジークルドは反対した。だが、アナスタシアが彼の反対を押し切ったのも事実なのだ。あの時の彼らの選択に関しては、誰が悪いとは言いきれないだろう。
ラダベルは、アナスタシアの気持ちも分かるし、ジークルドの気持ちも理解していた。ただ、アナスタシアは償わなければならない。南部の司令官である幹部の軍人の殺害計画を企てた、罪を――。その点だけを見るのであれば、ラダベルもジークルドも、容認はできない。そうせざるを得ない心の状態まで追い詰められていたアナスタシアだが、彼女が犯した罪はさすがのふたりも庇えないのだから。
「死刑に処されるのは時間の問題かもしれない。長年、皇族に服従し続けてきたサレオン公爵家の当主を殺害してしまったのは、大罪に当たる。サレオン公爵家はアナスタシアのことをよく思っていなかったらしいからな、彼女を処刑しろと喚くだろう」
ジークルドはラダベルから離れて、そう言った。ラダベルは、大人しく首を縦に振る。
サレオン公爵家は、跡継ぎを生まないアナスタシアを忌み嫌っていた。彼女が自分たちの当主を殺したともなれば、彼女の命は安全ではない。一度助けられたとしても、何かしらの方法を使って殺しにかかるだろう。
「アナスタシアの件について、処刑以外の刑罰はどうかと進言するつもりだ。オースター侯爵はどうするかは分からないが……。声をあげないよりは、マシだろう」
ジークルドの言葉を受け、ラダベルの胸を渦巻いていた靄がゆっくりと晴れる。彼の尽力次第で、アナスタシアは処刑を免れるのか、と問われれば無理に近い。だが、彼の言う通り、何も言わないよりはマシだ。アナスタシアの罪に同情はできないが、彼女の心情やこれまでの人生には同情の余地はまだある。
「どんな形であれ……悔いが残らないようにしてほしいですね……」
ラダベルが同意を求めると、ジークルドは頷いた。そして彼女を再び、腕の中に収めたのであった。
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