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第147話 一生の思い出

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 ふたりは貪り合いながら、キスをし続ける。絡み合う舌が熱く痺れる。これ以上キスをしてしまえば、歯止めが効かなくなってしまう。全身から警報が聞こえてくるが、無視を決め込んだ。別に構わない。歯止めが効かなくなるから、なんだというのだ。我慢なんて、する必要はない。心から通じ合うことができたのだから、しっかりと互いの想いを伝え合うことができたのだから、抑え込んだりなんて、したくない。今だけは、欲望のままに、ジークルドを喰らい尽くしたい――。
 ラダベルがより一層、ジークルドに抱きつき、キスをせがむと、ジークルドが彼女の両肩をグッと押した。簡単に離れてしまう体。だが口元だけは、唾液でできた銀糸で繋がっていた。それさえも、興奮材料になる。ジークルドが口元を軽く拭った。どちらのものかも分からない唾液で濡れそぼった彼の唇を見て、ラダベルの下半身が疼いた。もう一度キスをしようと、自ら彼の首に腕を回そうとする。

「待ってくれ、ラダベル」

 ジークルドは頬を赤く染める。若干息が上がっているため、恐らく彼もこれまでないほどの興奮を覚えているのだろう。それなのに、なぜ止めるのか。ラダベルは不満げに、眉間に皺を寄せる。

「さすがに、ダメだ」
「……何がダメなのですか? ここに私たちを邪魔する方はいません」
「……お前を最後に抱いてから、かなり日が経っている。酷くしない自信が……ない」

 パープルダイヤモンド色の瞳は熱を含んでいるのに、どことなく不安げに揺れている。それがまた、ラダベルの欲を煽った。彼女は、自身の唇をジークルドの耳元へ寄せる。そして、甘い声で囁いた。

「酷くしてください」

 ジークルドの肩が面白いくらいに跳ねる。

「どんなに酷くしても、激しくしても、構いません」

 ジークルドの耳にキスをする。ちゅっと可愛らしいリップ音が鳴る。
 欲望に塗れた彼を全身で、心で受け止めたい。
 受け止めきれず、溢れてしまうかもしれないがそれでもいい。
 もういらない、と音を上げても止まらないでほしい。
 愛されているんだと細胞レベルで教え込んでほしい。
 ジークルドの頬、唇の横、首元へ順番にキスをする。彼特有のさっぱりとした体臭と汗の臭いが堪らない。ラダベルを快楽の沼へと突き落とす。

「早く、ジークルド」

 ラダベルがジークルドの名を呼ぶ。その瞬間、ジークルドの目の前でパチンッと何かが弾けた。我慢の糸が、ラダベルの誘惑によって呆気なく切れてしまったのだ。ジークルドは彼女をベッドに押し倒す。彼女が纏っていたドレスを剥いで、あらわになった白い肌に噛みついた。

「いっ……」

 ラダベルが声を上げる。総身に走る痛みに、ふと我に返った。咄嗟に、ジークルドの胸板を押し返す。ジークルドは何度か瞬きをした直後、不服そうな面様となる。誘ったのはラダベルなのに、拒絶されればそんな表情となるのも頷ける。しかし、ラダベルの切羽詰まった顔を目の当たりにし、これは只事ではないと察知したジークルドは力を弱め、彼女の言葉を待った。

「私も、あなたにお伝えしなければならないことが、あります」

 少しだけ上擦ったラダベルの声。ジークルドは密かに覚悟を決める。


「私は……ラダベルではありません」


 秘密を打ち明ける。一生誰にも言わないつもりだった秘密を――。
 ジークルドは腹を括って、伝説の軍人の実子ではないただの孤児だという己の秘密を暴露した。ならば、ラダベルも彼の覚悟を受け入れて、自身の秘密を言うべきだろう。彼女はそう判断したのだ。

「本当のラダベルでは、ないのです……。別の世界からやって来た者なのです……」

 ラダベルの口から紡がれた真実は、ジークルドにとってはかなり現実味がないらしい。 
 ラダベルであって、ラダベルではない。悪女であった頃の彼女の魂は、どこかへ行ってしまったのだから。ジークルドはどう思うのだろうか。騙されたと嘆くのだろうか。いいや、きっと彼なら……。
 ラダベルは緩慢に顔を上げる。目前には、柔らかな笑みを浮かべたジークルドがいた。

「それの何が問題だ。俺が好きになったのはだ、ラダベル」

 嘘偽りのない、まっすぐな言葉。ラダベルの瞳から、大粒の涙がこぼれた。ジークルドが自分という存在を認めてくれた。それだけで、存在意義があるというものだ。嬉しさのあまり、涙を流し続ける彼女にジークルドは愛撫を再開させた。

「泣くな……」

 優しい囁きとは裏腹に、ジークルドは止まってくれない。いつもより乱暴な手つきに、心臓の高鳴りが続いていた。彼が触れてくれている、彼と抱き合えているという事実だけで、ラダベルの全身の熱は滾る。もっともっととジークルドを招く。それに誘われるがまま、ジークルドは彼女に溺れていく。

「ラダベル……。好きだ」
「っ、ジークルドっ……わたしも、すきですっ」

 与えられ続ける快感のせいでろくに呂律も回らないが、なんとか想いを伝えることができた。ジークルドは額に汗を滲ませながら、微笑した。

(あぁ、きっと、今日のことは絶対に忘れないわ)

 まさに、一生の思い出。どれほど歳を取ったとしても、今日の出来事はラダベルの中で宝石のように輝き続けることだろう。絶対に忘れないよう、ラダベルは目の前で快感の波に溺れるジークルドを脳裏に焼きつけたのであった。
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