144 / 158
第144話 再会と別れ
しおりを挟む
ラダベルの愛の言葉に、ジークルドは目を見張った。
そう、ラダベルは誰よりも、ジークルドのことを愛している。ほかの誰よりも、彼のことだけを愛しているのだ。
「ラダベル……。それは、嘘ではないか?」
「嘘ではありませんよ」
「元帥よりも……俺のことを愛していると?」
「はい。もちろんです。私の目には、ジークルド様しか映っていません」
ラダベルが熱い想いを伝えると、ジークルドの瞳が涙で潤む。彼は必死に涙を堪えながら、ラダベルを見つめ続けた。熱くも優しい眼差しに、胸がしめつけられる。
やはり自分には、ジークルドしかいない。彼しか、いないのだ。彼はラダベルだけを想っているし、ラダベルも彼だけを想っている。ならば、答えはひとつ。結ばれるしかないだろう。
「俺と共に、城へ帰ってくれるか?」
そう問いかけられ、ラダベルは黙り込んだ。
帰ってもいいのだろうか。また、ジークルドと、あの城で生活することを許されるのだろうか。
浮かない表情をする彼女の顎に、ジークルドの人差し指が触れる。
「もう、迷わないでくれ。悩まないでくれ。俺と共に生きる決意を、してほしい」
ラダベルは、息を呑んだ。ジークルドと一緒に生きたい。どんな時でも、彼の隣にいたい。それが許される限り、ずっと――。そう思った彼女は、強く頷いた。ジークルドは花が綻ぶように微笑んだ。
「誤解を解くために話したいことがたくさんあるが……ひとまずはこの状況をどうにかしなければならないな」
ジークルドはラダベルの腰に手を添えて、いとも簡単に横抱きにした。そして、冷たい川から出る。終始唖然とし続けていたソルを見遣る。パープルダイヤモンド色の目に、嫉妬の炎が灯った。ソルは、自身とあまりにも体格の違うジークルドを見上げる。
「あなたは……ベルの、恋人なのですか?」
「恋人だと? そんな生半可な繋がりではない。俺はラダベルの夫だ」
未だに夢見心地のソルに、ジークルドは現実を突きつける。ラダベルは彼の横顔を見つめて、頬に紅葉を散らす。ソルは恥じらいを見せる彼女を見て、絶望した。
「ふたりは、結婚を……。ベル、君は一体……」
「先程から気になっていたが、妻の名はラダベルだ。ラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガー。ルドルガー伯爵家の夫人だ」
ジークルドがラダベルの身分を明かすと、ソルは瞠目する。嘘に決まっている、そんなわけがないと一蹴することはできなかった。彼が恋した女性は、残酷にも東部の領主の妻であり、戦争の英雄“剣王”と結婚した悪女であったのだ。
「妻を名で呼ぶことは許さん」
ジークルドは強い口調で警戒心を剥き出しにする。ソルは尻込みして、後退した。
「二度と会うことはない。ラダベルのことは諦めろ」
少しの余地も与えられぬまま、死の鉄槌を食らったソルは顔面を蒼白に染めた。彼の相貌を目の当たりにしたラダベルは、心中で懺悔する。
決してソルの気持ちを弄んだわけではない。それだけは断言できる。だからと言って、彼の気持ちに応えることができないのも事実だ。ラダベルが口を閉ざしていると、ジークルドが歩き出す。
「帰るぞ」
そう言われて、ラダベルはハッと顔を上げる。
「ジークルド様っ。お待ちくださいっ」
「どうした?」
「彼と……彼のご両親にも礼を言わなくては……」
ジークルドは不貞腐れながらも、ラダベルの訴えは正当だと判断したのか、彼女を地面に下ろした。
「ひとまずはこの格好をどうにかしよう。礼を言うのはそれからだ」
ジークルドの提案に、ラダベルは大人しく従うこととしたのだった。
ずぶ濡れの格好から新しい服へと着替えたジークルドとラダベルは、ソルの家まで来ていた。ソルの両親であるラーヤとリュードは、ジークルドの姿を見て、そしてラダベルの本当の身分を耳にして、あんぐりと口を開けた状態で石のように固まっていた。
「ラーヤさん、リュードさん……。ずっと隠していてごめんなさい。短い間でしたがお世話になりました」
「妻が世話になったな」
ラダベルの腰を引き寄せながら、ジークルドは懐から何かを取り出す。袋に入ったそれを、ラーヤに差し出すと、彼女はそれを大人しく受け取る。袋を開き中身を見ると、恐ろしい額の大金であった。しばらくは金に困らないだろう。
「ちょっ、ちょっと……これ……」
「どうか、受け取ってください。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。よそ者の私を温かく迎えてくださり、本当にありがとうございました」
ラダベルの感謝の言葉に、ラーヤは悲痛の顔貌となる。
「本当に、行ってしまうんだね?」
「……はい」
「そうかい……。出会えたのも何かの縁だ。また、いつでもうちにおいで」
ラーヤがラダベルの肩に触れながら、優しい声色で話しかける。ラダベルは涙腺の糸がプチッと切れそうになったが、なんとか堪えた。
「……ベル」
ソルがラダベルの偽名を呼ぶ。先程注意したばかりだというのに、またもラダベルを「ベル」と呼んだ彼に対して、ジークルドの機嫌は急降下した。そうとも知らないラダベルは、ソルに微笑みを向ける。
「ごめんなさい、ソル……。またどこかで、会えるといいわね」
ソルは俯いたがその数秒後に顔を上げ、無理に笑ったのだった。愁傷を隠そうとも隠しきれていない彼の顔に、ラダベルの胸は激しく痛んだ。
(ソル、ごめんなさい)
ラダベルがもう一度謝罪したと同時に、ジークルドが彼女に手を差し出した。彼女は強い意志をもって、彼の手を強く握る。ソルたちに向かって大きく頭を下げると、ふたりは背を向けた。
こうして、短いようで長かったラダベルの逃亡生活が、終焉を迎えたのであった。
そう、ラダベルは誰よりも、ジークルドのことを愛している。ほかの誰よりも、彼のことだけを愛しているのだ。
「ラダベル……。それは、嘘ではないか?」
「嘘ではありませんよ」
「元帥よりも……俺のことを愛していると?」
「はい。もちろんです。私の目には、ジークルド様しか映っていません」
ラダベルが熱い想いを伝えると、ジークルドの瞳が涙で潤む。彼は必死に涙を堪えながら、ラダベルを見つめ続けた。熱くも優しい眼差しに、胸がしめつけられる。
やはり自分には、ジークルドしかいない。彼しか、いないのだ。彼はラダベルだけを想っているし、ラダベルも彼だけを想っている。ならば、答えはひとつ。結ばれるしかないだろう。
「俺と共に、城へ帰ってくれるか?」
そう問いかけられ、ラダベルは黙り込んだ。
帰ってもいいのだろうか。また、ジークルドと、あの城で生活することを許されるのだろうか。
浮かない表情をする彼女の顎に、ジークルドの人差し指が触れる。
「もう、迷わないでくれ。悩まないでくれ。俺と共に生きる決意を、してほしい」
ラダベルは、息を呑んだ。ジークルドと一緒に生きたい。どんな時でも、彼の隣にいたい。それが許される限り、ずっと――。そう思った彼女は、強く頷いた。ジークルドは花が綻ぶように微笑んだ。
「誤解を解くために話したいことがたくさんあるが……ひとまずはこの状況をどうにかしなければならないな」
ジークルドはラダベルの腰に手を添えて、いとも簡単に横抱きにした。そして、冷たい川から出る。終始唖然とし続けていたソルを見遣る。パープルダイヤモンド色の目に、嫉妬の炎が灯った。ソルは、自身とあまりにも体格の違うジークルドを見上げる。
「あなたは……ベルの、恋人なのですか?」
「恋人だと? そんな生半可な繋がりではない。俺はラダベルの夫だ」
未だに夢見心地のソルに、ジークルドは現実を突きつける。ラダベルは彼の横顔を見つめて、頬に紅葉を散らす。ソルは恥じらいを見せる彼女を見て、絶望した。
「ふたりは、結婚を……。ベル、君は一体……」
「先程から気になっていたが、妻の名はラダベルだ。ラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガー。ルドルガー伯爵家の夫人だ」
ジークルドがラダベルの身分を明かすと、ソルは瞠目する。嘘に決まっている、そんなわけがないと一蹴することはできなかった。彼が恋した女性は、残酷にも東部の領主の妻であり、戦争の英雄“剣王”と結婚した悪女であったのだ。
「妻を名で呼ぶことは許さん」
ジークルドは強い口調で警戒心を剥き出しにする。ソルは尻込みして、後退した。
「二度と会うことはない。ラダベルのことは諦めろ」
少しの余地も与えられぬまま、死の鉄槌を食らったソルは顔面を蒼白に染めた。彼の相貌を目の当たりにしたラダベルは、心中で懺悔する。
決してソルの気持ちを弄んだわけではない。それだけは断言できる。だからと言って、彼の気持ちに応えることができないのも事実だ。ラダベルが口を閉ざしていると、ジークルドが歩き出す。
「帰るぞ」
そう言われて、ラダベルはハッと顔を上げる。
「ジークルド様っ。お待ちくださいっ」
「どうした?」
「彼と……彼のご両親にも礼を言わなくては……」
ジークルドは不貞腐れながらも、ラダベルの訴えは正当だと判断したのか、彼女を地面に下ろした。
「ひとまずはこの格好をどうにかしよう。礼を言うのはそれからだ」
ジークルドの提案に、ラダベルは大人しく従うこととしたのだった。
ずぶ濡れの格好から新しい服へと着替えたジークルドとラダベルは、ソルの家まで来ていた。ソルの両親であるラーヤとリュードは、ジークルドの姿を見て、そしてラダベルの本当の身分を耳にして、あんぐりと口を開けた状態で石のように固まっていた。
「ラーヤさん、リュードさん……。ずっと隠していてごめんなさい。短い間でしたがお世話になりました」
「妻が世話になったな」
ラダベルの腰を引き寄せながら、ジークルドは懐から何かを取り出す。袋に入ったそれを、ラーヤに差し出すと、彼女はそれを大人しく受け取る。袋を開き中身を見ると、恐ろしい額の大金であった。しばらくは金に困らないだろう。
「ちょっ、ちょっと……これ……」
「どうか、受け取ってください。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。よそ者の私を温かく迎えてくださり、本当にありがとうございました」
ラダベルの感謝の言葉に、ラーヤは悲痛の顔貌となる。
「本当に、行ってしまうんだね?」
「……はい」
「そうかい……。出会えたのも何かの縁だ。また、いつでもうちにおいで」
ラーヤがラダベルの肩に触れながら、優しい声色で話しかける。ラダベルは涙腺の糸がプチッと切れそうになったが、なんとか堪えた。
「……ベル」
ソルがラダベルの偽名を呼ぶ。先程注意したばかりだというのに、またもラダベルを「ベル」と呼んだ彼に対して、ジークルドの機嫌は急降下した。そうとも知らないラダベルは、ソルに微笑みを向ける。
「ごめんなさい、ソル……。またどこかで、会えるといいわね」
ソルは俯いたがその数秒後に顔を上げ、無理に笑ったのだった。愁傷を隠そうとも隠しきれていない彼の顔に、ラダベルの胸は激しく痛んだ。
(ソル、ごめんなさい)
ラダベルがもう一度謝罪したと同時に、ジークルドが彼女に手を差し出した。彼女は強い意志をもって、彼の手を強く握る。ソルたちに向かって大きく頭を下げると、ふたりは背を向けた。
こうして、短いようで長かったラダベルの逃亡生活が、終焉を迎えたのであった。
19
お気に入りに追加
1,664
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる