【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第144話 再会と別れ

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 ラダベルの愛の言葉に、ジークルドは目を見張った。
 そう、ラダベルは誰よりも、ジークルドのことを愛している。ほかの誰よりも、彼のことだけを愛しているのだ。

「ラダベル……。それは、嘘ではないか?」
「嘘ではありませんよ」
「元帥よりも……俺のことを愛していると?」
「はい。もちろんです。私の目には、ジークルド様しか映っていません」

 ラダベルが熱い想いを伝えると、ジークルドの瞳が涙で潤む。彼は必死に涙を堪えながら、ラダベルを見つめ続けた。熱くも優しい眼差しに、胸がしめつけられる。
 やはり自分には、ジークルドしかいない。彼しか、いないのだ。彼はラダベルだけを想っているし、ラダベルも彼だけを想っている。ならば、答えはひとつ。結ばれるしかないだろう。

「俺と共に、城へ帰ってくれるか?」

 そう問いかけられ、ラダベルは黙り込んだ。
 帰ってもいいのだろうか。また、ジークルドと、あの城で生活することを許されるのだろうか。
 浮かない表情をする彼女の顎に、ジークルドの人差し指が触れる。

「もう、迷わないでくれ。悩まないでくれ。俺と共に生きる決意を、してほしい」

 ラダベルは、息を呑んだ。ジークルドと一緒に生きたい。どんな時でも、彼の隣にいたい。それが許される限り、ずっと――。そう思った彼女は、強く頷いた。ジークルドは花が綻ぶように微笑んだ。

「誤解を解くために話したいことがたくさんあるが……ひとまずはこの状況をどうにかしなければならないな」

 ジークルドはラダベルの腰に手を添えて、いとも簡単に横抱きにした。そして、冷たい川から出る。終始唖然とし続けていたソルを見遣る。パープルダイヤモンド色の目に、嫉妬の炎が灯った。ソルは、自身とあまりにも体格の違うジークルドを見上げる。

「あなたは……ベルの、恋人なのですか?」
「恋人だと? そんな生半可な繋がりではない。俺はラダベルの夫だ」

 未だに夢見心地のソルに、ジークルドは現実を突きつける。ラダベルは彼の横顔を見つめて、頬に紅葉を散らす。ソルは恥じらいを見せる彼女を見て、絶望した。

「ふたりは、結婚を……。ベル、君は一体……」
「先程から気になっていたが、妻の名はラダベルだ。ラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガー。ルドルガー伯爵家の夫人だ」

 ジークルドがラダベルの身分を明かすと、ソルは瞠目する。嘘に決まっている、そんなわけがないと一蹴することはできなかった。彼が恋した女性は、残酷にも東部の領主の妻であり、戦争の英雄“剣王”と結婚した悪女であったのだ。

「妻を名で呼ぶことは許さん」

 ジークルドは強い口調で警戒心を剥き出しにする。ソルは尻込みして、後退した。

「二度と会うことはない。ラダベルのことは諦めろ」

 少しの余地も与えられぬまま、死の鉄槌てっついを食らったソルは顔面を蒼白に染めた。彼の相貌を目の当たりにしたラダベルは、心中で懺悔する。
 決してソルの気持ちを弄んだわけではない。それだけは断言できる。だからと言って、彼の気持ちに応えることができないのも事実だ。ラダベルが口を閉ざしていると、ジークルドが歩き出す。

「帰るぞ」

 そう言われて、ラダベルはハッと顔を上げる。

「ジークルド様っ。お待ちくださいっ」
「どうした?」
「彼と……彼のご両親にも礼を言わなくては……」

 ジークルドは不貞腐ふてくされながらも、ラダベルの訴えは正当だと判断したのか、彼女を地面に下ろした。

「ひとまずはこの格好をどうにかしよう。礼を言うのはそれからだ」

 ジークルドの提案に、ラダベルは大人しく従うこととしたのだった。


 ずぶ濡れの格好から新しい服へと着替えたジークルドとラダベルは、ソルの家まで来ていた。ソルの両親であるラーヤとリュードは、ジークルドの姿を見て、そしてラダベルの本当の身分を耳にして、あんぐりと口を開けた状態で石のように固まっていた。

「ラーヤさん、リュードさん……。ずっと隠していてごめんなさい。短い間でしたがお世話になりました」
「妻が世話になったな」

 ラダベルの腰を引き寄せながら、ジークルドは懐から何かを取り出す。袋に入ったそれを、ラーヤに差し出すと、彼女はそれを大人しく受け取る。袋を開き中身を見ると、恐ろしい額の大金であった。しばらくは金に困らないだろう。

「ちょっ、ちょっと……これ……」
「どうか、受け取ってください。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。よそ者の私を温かく迎えてくださり、本当にありがとうございました」

 ラダベルの感謝の言葉に、ラーヤは悲痛の顔貌となる。

「本当に、行ってしまうんだね?」
「……はい」
「そうかい……。出会えたのも何かの縁だ。また、いつでもうちにおいで」

 ラーヤがラダベルの肩に触れながら、優しい声色で話しかける。ラダベルは涙腺の糸がプチッと切れそうになったが、なんとか堪えた。

「……ベル」

 ソルがラダベルの偽名を呼ぶ。先程注意したばかりだというのに、またもラダベルを「ベル」と呼んだ彼に対して、ジークルドの機嫌は急降下した。そうとも知らないラダベルは、ソルに微笑みを向ける。

「ごめんなさい、ソル……。またどこかで、会えるといいわね」

 ソルは俯いたがその数秒後に顔を上げ、無理に笑ったのだった。愁傷を隠そうとも隠しきれていない彼の顔に、ラダベルの胸は激しく痛んだ。

(ソル、ごめんなさい)

 ラダベルがもう一度謝罪したと同時に、ジークルドが彼女に手を差し出した。彼女は強い意志をもって、彼の手を強く握る。ソルたちに向かって大きく頭を下げると、ふたりは背を向けた。
 こうして、短いようで長かったラダベルの逃亡生活が、終焉を迎えたのであった。
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