【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
142 / 158

第142話 プロポーズ

しおりを挟む
 ソルの家で過ごすようになってから、三週間弱。ラダベルは平和で穏やかな日々を過ごしていた。レイティーン帝国でも名を馳せるほどの鍛治職人であるリュードとソルの仕事を間近で観察したり、ラーヤの家事を手伝ったりしていた。
 平民の生活は、貴族の生活よりもずっといい。確かに貯蓄は少ないため、裕福な暮らしはできない。しかしそれでも、お金では買えない価値のある日々が存在する。そう、それは決して貴族の生活では得られないものだ。ラダベルは、そう感じていた。

「ベル、洗濯を干すのを手伝ってくれるかい?」
「もちろんです、ラーヤさん」

 ラダベルは、笑顔で返事する。ラーヤと共に庭に出て、一緒に洗濯物を干していく。

「ところでベル。うちの息子はどうだい……?」

 小声で話しかけられたラダベルは、こてんと首を傾げた。トパーズ色の大きな瞳が瞬く。

「どう、とは……」
「やだね~、しらばっくれないでおくれよ! ほら、旦那にどうだいってことだよ!」

 ラーヤが年頃の少女さながらに頬を赤らめながらラダベルの肩を軽く叩いた。ようやく意味を理解したラダベルは、手を止めて俯く。
 ラーヤは、息子であるソルの結婚相手として、ラダベルを推したいらしい。確かにソルは、とても温厚で男前だ。彼と一緒になったら、きっと幸せ者だろう。だがその選択肢は、ラダベルの中には存在しない。もう、恋はしないと決めたから――。
 ラダベルは首を左右に振った。

「ごめんなさい、ラーヤさん。ソルには……私は釣り合いません。彼には、もっと良い人がいると思います。私は近いうちにここを出ていきますし……ソルと結婚することはできません」

 ラダベルが少しの迷いも見せないようはっきりと告げると、ラーヤは顔を曇らせた。

「そう、かい。無理に結婚をさせたいわけではないんだけど……ベルにならあの子を任せられると思ったんだよ。気を悪くしないでおくれ」
「そんな……。こちらこそ、申し訳ございません」

 謝罪すると、ラーヤに強く抱きしめられる。記憶にない母から与えられるような優しい温もりに、涙腺が緩む。ラダベルが彼女の背に腕を回そうとした時。

「ちょっと母さん、なんでベルに抱きついてるんだ」

 ソルが現れた。ラーヤはラダベルから離れる。

「ベルがあまりにも健気で可愛いからね、つい……。ところで、仕事は終わったのかい?」
「一旦、休憩するよ」
「そうかい。ほらベル。手伝いはもういいから、ソルの話し相手になってやっておくれ」

 ラーヤがラダベルの背中を押す。ラダベルは、苦笑いしながら頷いたのだった。


 ラーヤの後押しもあって、ラダベルはソルと一緒に村のすぐ傍にある川の畔にやって来ていた。
 山に囲まれた村には、美しく澄んだ清流が流れているため、ほかの村に比べて栄えている。
 ふたりは、川のほとりに腰を下ろした。川のせせらぎが聞こえ、希少な鳥の鳴き声に耳を澄ませる。優しい空気の中、先に沈黙を破ったのはソルだった。

「さっき、聞いてしまったんだ……」
「え?」
「母さんと、君の話を」

 そう言われて、ラダベルは肩を跳ね上がらせた。乾いた唇をなんとか動かす。

「ご、ごめんなさい。私との結婚の話なんて聞いて……不快に思ったわよね。ラーヤさんが仰ったことは冗談だと思うから、そこまで気にする必要はないわ」
「………………」
「……ソル?」

 なんとかフォローをしてみたが、逆効果だったのだろうか。ラダベルがソルの顔を覗き込むと、突然ソルが顔を上げた。そして膝に添えられていたラダベルの手を許可なく掴む。

「僕はっ、ベルと、結婚したいと思っている!」

 林檎よりも赤い顔をしながらソルが叫ぶ。ラダベルは目を見張る。ふたりの間を、寒風が駆け抜けていく。
 時折ソルから向けられる熱い眼差しに気がつかないフリをしていたツケが回ってきたのだろうか。

「一目惚れだ、ベル」
「っ………………」
「僕は、君が好きだ。君はそうではないと思うけど、でも……せめて、僕の気持ちは知っておいてほしい」

 ソルの切実な想いを一刀両断することができぬまま、ラダベルは無言となった。

「無理やりには、絶対しない。ベルの気持ちが大優先だからそこだけは安心してほしい。でも、君に好きになってもらえるよう、頑張ることは許してくれるよね?」

 ソルがラダベルを上目遣いで見つめた。アップルグリーンの瞳を見て、ラダベルの心が激しく揺さぶられる。どうも彼女は意志の強いまっすぐな眼差しに弱いのだ。

「もし、僕のことをいいなって思ってくれたら、結婚してほしい」

 ソルのプロポーズを受け、ラダベルが何かを返答しようと淡い色味の唇を開いた瞬間――。


「残念だが、その日が来ることはない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...