【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第136話 ソル

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 馬車で数日間移動し続けたラダベルは、東部の駅に到着した。馬車を操縦してくれた男に対して賃金を支払い、切符を購入して列車に乗り込んだ。今回乗車する列車は、一般客用の宿泊専用のもの。行先は、西部だ。
 レイティーン帝国は、広大な敷地を有している。そのため東部の反対側まで移動してしまえば、ジークルドに見つかる確率は格段と下がるだろう。西部に到着し、身を休めたら帝国と長い間親交を深めている隣国に向かおう。まだ、どこを拠点として生活するかは決まっていないが、良い土地が見つかったらできるだけ早く定住したい。ラダベルは列車の中で、そう考えていた。
 見つかる確率は下がると言ったが、果たしてジークルドは自分のことを捜してくれるだろうか。いいや、ありえない。好都合だと結論づけ、アナスタシアとふたり過ごすのではないか。ラダベルの心に、嫉妬の感情がじわりと滲み出る。彼女はかぶりを振る。もう、ジークルドのことを考えるのはやめるべきだ。これ以上彼のことを考えても仕方がない、どうにもならないのだから。
 ラダベルは立ち上がり、随分と狭い部屋を出る。するとちょうど隣の部屋に宿泊している人も出てきたようで、ばったり鉢合わせてしまった。隣の部屋から出てきたのは、男性。素朴ながらも、顔立ちの整った青年であった。ヘーゼルブラウンの髪に、アップルグリーンの瞳が美しい。同年代の平民女性からの人気が高そうな風貌だ。青年とラダベルは互いを見つめたあと、ほぼ同じタイミングで会釈する。ラダベルが颯爽とその場を離れようとすると。

「あのっ!」

 突然呼び止められた。ラダベルは警戒心を剥き出しにしつつ。怖々と振り返る。

「少し、お話、できませんか?」

 青年は緊張を含んだ上擦った声で、ラダベルを誘ったのであった。


 ラダベルと青年は、列車の中にある共同スペースに行き、テーブルを介して向かい合っていた。共同スペースといえども、人の姿はまばらだ。

「突然呼び止めてしまって、すみません」
「……いいえ。ところで、お話とは?」

 ラダベルは首を傾げる。
 万が一、目の前に座る青年がジークルドやアデルが手配した見張りであった場合、面倒なことになる。その可能性は低いと、信じたい。なんの害もなさそうな青年に対して祈りを捧げていると、彼はもじもじとしながら口を開いた。

「あまりにも、その……あなたがお綺麗だったので……つい呼び止めてしまいました……」

 青年の口から飛び出たのは、信じがたい言葉であった。

「ナンパ?」
「……はい? な、なんぱ?」
「あぁ、失礼いたしました」

 ラダベルは軽く頭を下げる。

「あの、僕は、ソルと申します。鍛治かじ職人として東部に出張に来ていたのですが、もともとは西部の人間です」

 それを聞いたラダベルは、喫驚する。
 ソルと名乗った青年は、西部の人間だという。ラダベルのとりあえずの目的地である。お金を払えば、何かしら助けてくれるかもしれない。そう判断したラダベルは悦に入ると、太陽のような輝かしい笑みを浮かべた。

「ソルさんですね。私の名はラ…………ベルです」
「ベル、さん……」
「名前が似ていますね」

 生クリームよりも甘さを感じさせる笑顔となる。ラダベルの微笑みを見たからか、ソルは分かりやすく頬を紅潮させた。

「ベルさんはなぜ、この列車に?」
「旅を、したいのです」
「旅、ですか?」
「はい。もともと両親がいなくて……親戚のもとで暮らしていたのですが……そろそろひとりで生きてみたいと思って……はい」

 我ながらによくできた誤魔化しではなかろうか。即興で思いついたとは考えられない嘘を当たり前の如く並べたラダベルに、ソルは納得した様子で頷いた。

「行先は決まっているのですか?」
「行先は……とりあえずは西部に行ってみたいと思っています」
「そ、そうなのですね! 迷惑でなければ僕に何かお手伝いをさせてください。お役に立てることがあるならなんでもいたします」
「え、え……? よろしいのですか?」
「もちろんです」

 ソルは白い歯を見せて豪快に笑った。
 トントン拍子に進んでいく話に呆気に取られながらも、彼の好意に甘えるのもひとつだろうと思い引き攣った笑みを浮かべ続けたのであった。
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