【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
131 / 158

第131話 希望は抱かないで

しおりを挟む
 男性が興奮した時の目だ――。
 ラダベルは、ウォーターブルーの眼に吸い込まれそうになる。あまりにも美しく輝くものだから、心が引っ張られていく。
 ダメだ。目を逸らさなければならない。強い意志を持って自分に言い聞かせ、ラダベルは苦渋くじゅうの思いで顔を背けた。ところが、アデルの手が顎に添えられる。正面を向かされ、無理に目を合わせる羽目になってしまった。ラダベルの心臓が跳ね上がる。
 潤った石竹せきちく色の唇にやけに視線がいってしまう。ゆっくりと開く。

「答えを、聞きに来た」

 全身が震える。なんて甘い声を出すのだろうか。アデルが変な空気感を出すものだから、ラダベルも酷く緊張してしまっていた。

「なんの、答えですか……?」

 ラダベルが震える声で問いかける。アデルの整った眉毛の間に皺が寄る。言わせるな、とでも言いたげな男らしい顔容であった。

「告白だ」
「………………」

 ラダベルは黙然とした。
 サレオン先代公爵の葬儀のあと、彼女はアデルに告白された時のことを思い出す。

『今は答えなくとも、良い。だが僕は、お前の逃げ道に、なる』

 アデルの言葉を思い起こして、ラダベルは目線を落とした。アデルの提案を嬉しくないと言いきってしまえば嘘になる。だがそれと共に、「今さら」という感情も抱いてしまっていた。何より、彼と結ばれたが最後、死ぬのだから。原作の話とはだいぶ方向性が違ってきているため、もしかしたら彼と結ばれても死なない未来があるのかもしれない。しかし、命を賭けてまで、アデルと生きる運命を選び取ることはできない。
 ラダベルは、顔を上げる。意志の灯ったトパーズ色の瞳を見て、アデルは身構える。

「私は、あなた様と結ばれる未来を逃げ道にしたくはありません」

 はっきりと告げる。

「第二皇子殿下、私は、あなた様の想いに応えることはできないのです」

 アデルは失意を見せた。白い前歯で唇を噛んでから、俯いた。中央で分けた前髪が、彼の目元を覆い隠す。

「僕が……もっと、もっと早く、お前にしっかり想いを伝えていたら、頷いてくれていたのか……?」

 アデルの悲哀に満ちた質問に、ラダベルはかぶりを振る。

「ごめんなさい、殿下。たとえ、早くにあなた様から想いを伝えられていたとしても、私たちは結ばれない運命なのです」

 ラダベルの言葉には、ほんの少しの希望も見出すことはできなかった。アデルは項垂れる。あまりにも直球に伝えられたものだから、かなり心が傷ついてしまったのだろう。可能性があるかもしれないという希望を少しでも抱かせないために、ラダベルははっきりと言ったのだ。もしかしたらがないのに、もしかしたらという希望を抱き続けることがどれほど残酷なことか。彼女が一番、知っているから――。
 アデルは、勢いよく顔を上げた。涙で濡れた顔があらわになる。

「ぼくはっ、男だっ!」
「………………? はい?」

 一体何を言っているんだろう、この人は。想いが実らないと知って、ついに自暴自棄になったのだろうか。ラダベルはアデルの真意がよく分からないまま、彼を見つめ続ける。

「無理やり襲おうと思えば襲える! お前を組み敷いてっ、既成事実を作ることだってなんら難しくない!!!」

 叫ぶアデルに、ラダベルの全身に鳥肌が立つ。

(強硬手段に出る気なの!?)

 ラダベルは思いっきり身を引いて、アデルと距離を取った。
 想い人にフラれた挙句、わけの分からないことを口走ってしまうなんて、ただのバカではないか。ちょっとかっこいいとか思ってしまっていた自分が恥ずかしくなる。ジークルドに比べたら、随分と救いようがない男だとラダベルは思った。

「僕はっ……僕は……お前が、本当に好きだった……」

 アデルは泣きながら想いを告げる。報われない恋がどれほど苦しいものなのか、今のラダベルもよく分かる。

「うっ、くっ、……ひくっ……」

 泣き続ける無様なアデルを見つめたまま、ラダベルは同情心を向けたのであった。

(一緒ですね、第二皇子殿下。いずれ私も、というか今この瞬間も、あなたと同じように、泣きたい気持ちなのですよ)

 心の中でそう呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...