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第130話 変質者
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季節は真冬となった。アナスタシアの一件で傷心したラダベルは、部屋から一歩も出ない生活を送っていた。その影響により以前よりだいぶ痩せてしまった気がするし、同様に体調もよろしくない気がする。ラダベルはベッドの上で毛布にくるまり、暖炉で揺れる炎を注視していた。
セリーヌではない侍女から聞いた話によると、ラダベルの座、ルドルガー伯爵夫人の座にアナスタシアが座るのも時間の問題だという噂が広まっているのだという。侍女から「旦那様と離婚したあとは、第二皇子殿下と……もう一度ご婚約をすれば良いのではないでしょうか?」と要らぬアドバイスを受けたため、ラダベルは彼女を叱責した。胸糞悪い出来事を思い出し余計疲れてしまったラダベルは、毛布で顔を覆ったのであった。
その時、部屋の窓からコンコンという音がする。不思議に思い、顔を上げる。しばらくして、またも同じ音が響く。もしかして、幽霊ではなかろうか。極度の怖がりであるラダベルは、恐怖を抱きつつも怖々と重たい体を起こしてベッドを下りた。毛布を肩にかけながら窓辺に近寄り、汗の滲む手でそっとカーテンを開けた。するとそこには、窓にへばりついた男の姿が。ストーカーだと、変質者だと絶叫しようとする。ところが必死にしがみついている男がアデルであると分かり、ラダベルは黙して目を白黒させた。何がなんだか状況把握できぬまま扉を開けると、アデルが部屋の中に着地する。
「何を、しているのですか?」
ラダベルはアデルに問いかける。
サレオン先代公爵の葬儀から直接皇都に帰還したはずなのに、なぜ、ここにいるのか。なぜ、窓にへばりついていたのか。どうやってここまで登ってきたのだろうか。聞きたいことが山ほどある。彼女の疑問に対して、アデルは大きく深呼吸した直後、何度か空咳する。
「親切な者に、お前に会いに行くのであれば、こう行くべきだと教えてもらった」
「……だからと言って、普通実践します? 万が一足を滑らせて落ちでもしたら……」
「僕を、心配、してくれているのか?」
アデルがラダベルを見上げてくる。彫刻の如く美しい顔に、思わず見惚れてしまった。ハッと我に返る。頭のおかしい変質者に見蕩れるなど、ありえない。
「当たり前でしょう? あなたは、この帝国の第二皇子であり、軍の総司令官なのですよ?」
ラダベルが言い聞かせるように言うと、アデルは頬を膨らませた。
「分かっているさ。僕を心配するのは、ただの義務感から来るものだっていうのは……」
あからさまに拗ねるアデルに、ラダベルは付き合っていられないと額を押さえる。
彼が言う「親切な者」が誰だが知らないが、悪知恵を仕込んでくれた罪は重い。脳内で平手打ちをお見舞いしてやった。
「ところで、なんのご用でしょうか? 再び極東部を訪ねてきて……急用でも、」
「おい」
アデルはラダベルの言葉を遮り、すっと手を伸ばす。ラダベルは咄嗟に目を瞑る。頬に触れる熱い温もり。その感覚に、彼女は目を見開いた。
「隈が酷いな。頬も痩けている。しっかり眠っているのか? 体調管理もできていないようだな。どうしたらそんな低体温になるんだ」
アデルは小言を並べる。彼の目から見ても、自分はかなり酷い顔をしているらしい。今のままでは、ジークルドの前どころか、侍女の前にだって姿を見せることはできないのかもしれない。そう考えていると、アデルに腕を引かれる。そのままベッドに向かい、暖炉がある方向に座らされた。アデルはラダベルの前に膝をつき、彼女の両手をギュッと握る。
「まずは体を温めろ。芯から温めなければならないな。侍女を呼んで、温かい飲み物を用意させてやる」
先程も飲みましたが、と言う暇もなく、アデルは立ち上がり、扉を開け放つ。ちょうど部屋の前を通りかかったらしい侍女に次から次へと指示を出したのであった。
一通りそれを終えると、扉を閉める。
「お前の専属侍女は一体何をしている?」
「……セリーヌもそうですが、ほかの侍女も、今では部屋に入れていません」
そう返答すると、アデルは露骨に不機嫌をあらわにする。
「あの噂のせいか」
ラダベルは何も答えない。
「あの男は馬鹿だな」
見事に特大ブーメランをぶちかましたアデルは、ラダベルの隣に腰掛けた。またも彼女の手を取ると、今度は手の甲にキスを落とす。親愛の、キスではない。ラダベルはそれに気がつき、瞬時に手を引っ込めた。暖炉の炎に照らされるアデルの瞳は熱を孕んでいる。ラダベルは知っている、この目を……。
セリーヌではない侍女から聞いた話によると、ラダベルの座、ルドルガー伯爵夫人の座にアナスタシアが座るのも時間の問題だという噂が広まっているのだという。侍女から「旦那様と離婚したあとは、第二皇子殿下と……もう一度ご婚約をすれば良いのではないでしょうか?」と要らぬアドバイスを受けたため、ラダベルは彼女を叱責した。胸糞悪い出来事を思い出し余計疲れてしまったラダベルは、毛布で顔を覆ったのであった。
その時、部屋の窓からコンコンという音がする。不思議に思い、顔を上げる。しばらくして、またも同じ音が響く。もしかして、幽霊ではなかろうか。極度の怖がりであるラダベルは、恐怖を抱きつつも怖々と重たい体を起こしてベッドを下りた。毛布を肩にかけながら窓辺に近寄り、汗の滲む手でそっとカーテンを開けた。するとそこには、窓にへばりついた男の姿が。ストーカーだと、変質者だと絶叫しようとする。ところが必死にしがみついている男がアデルであると分かり、ラダベルは黙して目を白黒させた。何がなんだか状況把握できぬまま扉を開けると、アデルが部屋の中に着地する。
「何を、しているのですか?」
ラダベルはアデルに問いかける。
サレオン先代公爵の葬儀から直接皇都に帰還したはずなのに、なぜ、ここにいるのか。なぜ、窓にへばりついていたのか。どうやってここまで登ってきたのだろうか。聞きたいことが山ほどある。彼女の疑問に対して、アデルは大きく深呼吸した直後、何度か空咳する。
「親切な者に、お前に会いに行くのであれば、こう行くべきだと教えてもらった」
「……だからと言って、普通実践します? 万が一足を滑らせて落ちでもしたら……」
「僕を、心配、してくれているのか?」
アデルがラダベルを見上げてくる。彫刻の如く美しい顔に、思わず見惚れてしまった。ハッと我に返る。頭のおかしい変質者に見蕩れるなど、ありえない。
「当たり前でしょう? あなたは、この帝国の第二皇子であり、軍の総司令官なのですよ?」
ラダベルが言い聞かせるように言うと、アデルは頬を膨らませた。
「分かっているさ。僕を心配するのは、ただの義務感から来るものだっていうのは……」
あからさまに拗ねるアデルに、ラダベルは付き合っていられないと額を押さえる。
彼が言う「親切な者」が誰だが知らないが、悪知恵を仕込んでくれた罪は重い。脳内で平手打ちをお見舞いしてやった。
「ところで、なんのご用でしょうか? 再び極東部を訪ねてきて……急用でも、」
「おい」
アデルはラダベルの言葉を遮り、すっと手を伸ばす。ラダベルは咄嗟に目を瞑る。頬に触れる熱い温もり。その感覚に、彼女は目を見開いた。
「隈が酷いな。頬も痩けている。しっかり眠っているのか? 体調管理もできていないようだな。どうしたらそんな低体温になるんだ」
アデルは小言を並べる。彼の目から見ても、自分はかなり酷い顔をしているらしい。今のままでは、ジークルドの前どころか、侍女の前にだって姿を見せることはできないのかもしれない。そう考えていると、アデルに腕を引かれる。そのままベッドに向かい、暖炉がある方向に座らされた。アデルはラダベルの前に膝をつき、彼女の両手をギュッと握る。
「まずは体を温めろ。芯から温めなければならないな。侍女を呼んで、温かい飲み物を用意させてやる」
先程も飲みましたが、と言う暇もなく、アデルは立ち上がり、扉を開け放つ。ちょうど部屋の前を通りかかったらしい侍女に次から次へと指示を出したのであった。
一通りそれを終えると、扉を閉める。
「お前の専属侍女は一体何をしている?」
「……セリーヌもそうですが、ほかの侍女も、今では部屋に入れていません」
そう返答すると、アデルは露骨に不機嫌をあらわにする。
「あの噂のせいか」
ラダベルは何も答えない。
「あの男は馬鹿だな」
見事に特大ブーメランをぶちかましたアデルは、ラダベルの隣に腰掛けた。またも彼女の手を取ると、今度は手の甲にキスを落とす。親愛の、キスではない。ラダベルはそれに気がつき、瞬時に手を引っ込めた。暖炉の炎に照らされるアデルの瞳は熱を孕んでいる。ラダベルは知っている、この目を……。
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