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第128話 答え
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アナスタシアが城にやって来てから一週間が経った。
爛々と煌めく月が世界を優しく包み込む中、ラダベルは決意を固めなければならないと自身に言い聞かせていた。
東部には、とある噂が広がっていた。ジークルドが愛人を作った、と。そしてその愛人は、サレオン先代公爵の元妻という噂だ。とうとうラダベルも悪女の本性を表し、ジークルドに呆れられたかという認識が広まったのだ。ラダベル自身何も悪くはないのに、全て彼女に罪があるかのような噂に、彼女は怒りを覚えるどころか言葉を失っていたのであった。噂にかまっている暇はないというのに、さっさと決断をしなければならないのに、噂ばかりが耳に入ってきてしまう。
ラダベルは、まだ希望を完全には捨てきれていない。無理だと諦念を抱きつつも、もしかしたら、もしかしたら……と願ってしまう。叶いもしないと理屈では分かっているのに、それでは説明できない何か別の感情がラダベルの中を渦巻いているのだ。
無理だ。叶えられない。希望を抱くこと自体、無駄な時間。そう思っていてもなお、期待せずにはいられない。ジークルドがアナスタシアを追い出し、ラダベルを強く抱きしめて、愛の告白をしてくれる瞬間を。
今ならば、冷静にジークルドと話し合うことができる、はず。一度は彼の訪問を断ってしまったけれど、今ならば……と思った瞬刻、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「ラダベル、俺だが」
ジークルドの声であった。ラダベルは目を剥く。
彼のことを考えていたら、本当に彼が訪ねてきてくれるなんて夢みたいだ。 ジークルドと腰を据えて、もう一度しっかり話し合うことができる時間がやって来た。
ラダベルは咳払いして、扉の前まで行く。纏っているのは寝間着だし、化粧もしていないし、どうしようもない格好だけど、ジークルドと話し合うのにそれは必要ない。彼女は自身に言い聞かせて、扉の取っ手を握る。深呼吸し、意を決して扉を開ける。
「夜遅くにすまない。ようやく仕事が終わったところでな……」
申し訳なさそうな顔をするジークルド。彼の隣には、アナスタシアがいた。彼女はシンプルなクリーム色のドレスに身を包んでいる。全身からは気品と色気が溢れ出ていた。入浴を済ませたらしく、酷く良い香りがする。そう、まるで……情事の前の女性みたいだ。それを思った瞬間、ラダベルは体の底から何かが湧き出てくるかのような感覚に襲われた。アナスタシアの姿を見ただけで察してしまった。ジークルドは、アナスタシアを追い出すつもりはない、と。
「ルドルガー伯爵夫人。突然訪ねたのにも拘わらず、長らくご挨拶もせずに、大変申し訳ございません……。大変恐縮なのですが、しばらくこの城に滞在させていただく運びとなりました。心優しいジークルドが、私の滞在を許してくださったのです。ルドルガー伯爵夫人にはご迷惑をおかけしないよう……できる限りひっそりと、心の療養をさせていただきたいと思っております」
ラダベルはひとり唖然としていた。あまりにも図々しいのではないか、と叱責したくなった。今すぐアナスタシアの頬を打って、「さっさと出ていってください、この泥棒猫!」と叫んでやりたくなった。三流映画もいいところだ。衝動には駆られるのに、それを行動に移すことはできない。
ラダベルは、ジークルドの顔をまっすぐ見つめる。彼は、伏し目になる。
「ジークルド様は、それでよろしいのですか?」
ラダベルは問いかける。声を震わせないよう意識するので精一杯だった。
「伯爵夫人。私の滞在を許してくださったのはジークルド自身で、」
「黙っていただけます? あなたに聞いていません」
ラダベルはアナスタシアを睨みつける。今夜の月の如く、輝きを放つトパーズ色の眼に、アナスタシアは怯みを見せる。僅かに、後退りした。
「それで、良いのですか?」
もう一度、問う。
お願い、首を横に振って。ダメだと。それではダメだと。もう一度しっかり話し合いたいと。言ってほしい。
ラダベルが願いを込めて、ジークルドを注視する。ジークルドが彼女の目を見て、何かに気がついたのか、口を開こうとした。
「ジークルド」
アナスタシアが透き通った声色で名を呼ぶ。ジークルドはグッと何かを堪え、ラダベルの問いかけには答えずして、その場を去ったのであった。
「それがあなたの答えなのね」
ラダベルは冷たく言い放つ。失望と共に、悲哀の感情が滲み出た。部屋に入り、扉を力一杯閉める。扉に背を向けてその場で蹲る。膝に顔を埋め、声を押し殺しながら紅涙を絞った。
爛々と煌めく月が世界を優しく包み込む中、ラダベルは決意を固めなければならないと自身に言い聞かせていた。
東部には、とある噂が広がっていた。ジークルドが愛人を作った、と。そしてその愛人は、サレオン先代公爵の元妻という噂だ。とうとうラダベルも悪女の本性を表し、ジークルドに呆れられたかという認識が広まったのだ。ラダベル自身何も悪くはないのに、全て彼女に罪があるかのような噂に、彼女は怒りを覚えるどころか言葉を失っていたのであった。噂にかまっている暇はないというのに、さっさと決断をしなければならないのに、噂ばかりが耳に入ってきてしまう。
ラダベルは、まだ希望を完全には捨てきれていない。無理だと諦念を抱きつつも、もしかしたら、もしかしたら……と願ってしまう。叶いもしないと理屈では分かっているのに、それでは説明できない何か別の感情がラダベルの中を渦巻いているのだ。
無理だ。叶えられない。希望を抱くこと自体、無駄な時間。そう思っていてもなお、期待せずにはいられない。ジークルドがアナスタシアを追い出し、ラダベルを強く抱きしめて、愛の告白をしてくれる瞬間を。
今ならば、冷静にジークルドと話し合うことができる、はず。一度は彼の訪問を断ってしまったけれど、今ならば……と思った瞬刻、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「ラダベル、俺だが」
ジークルドの声であった。ラダベルは目を剥く。
彼のことを考えていたら、本当に彼が訪ねてきてくれるなんて夢みたいだ。 ジークルドと腰を据えて、もう一度しっかり話し合うことができる時間がやって来た。
ラダベルは咳払いして、扉の前まで行く。纏っているのは寝間着だし、化粧もしていないし、どうしようもない格好だけど、ジークルドと話し合うのにそれは必要ない。彼女は自身に言い聞かせて、扉の取っ手を握る。深呼吸し、意を決して扉を開ける。
「夜遅くにすまない。ようやく仕事が終わったところでな……」
申し訳なさそうな顔をするジークルド。彼の隣には、アナスタシアがいた。彼女はシンプルなクリーム色のドレスに身を包んでいる。全身からは気品と色気が溢れ出ていた。入浴を済ませたらしく、酷く良い香りがする。そう、まるで……情事の前の女性みたいだ。それを思った瞬間、ラダベルは体の底から何かが湧き出てくるかのような感覚に襲われた。アナスタシアの姿を見ただけで察してしまった。ジークルドは、アナスタシアを追い出すつもりはない、と。
「ルドルガー伯爵夫人。突然訪ねたのにも拘わらず、長らくご挨拶もせずに、大変申し訳ございません……。大変恐縮なのですが、しばらくこの城に滞在させていただく運びとなりました。心優しいジークルドが、私の滞在を許してくださったのです。ルドルガー伯爵夫人にはご迷惑をおかけしないよう……できる限りひっそりと、心の療養をさせていただきたいと思っております」
ラダベルはひとり唖然としていた。あまりにも図々しいのではないか、と叱責したくなった。今すぐアナスタシアの頬を打って、「さっさと出ていってください、この泥棒猫!」と叫んでやりたくなった。三流映画もいいところだ。衝動には駆られるのに、それを行動に移すことはできない。
ラダベルは、ジークルドの顔をまっすぐ見つめる。彼は、伏し目になる。
「ジークルド様は、それでよろしいのですか?」
ラダベルは問いかける。声を震わせないよう意識するので精一杯だった。
「伯爵夫人。私の滞在を許してくださったのはジークルド自身で、」
「黙っていただけます? あなたに聞いていません」
ラダベルはアナスタシアを睨みつける。今夜の月の如く、輝きを放つトパーズ色の眼に、アナスタシアは怯みを見せる。僅かに、後退りした。
「それで、良いのですか?」
もう一度、問う。
お願い、首を横に振って。ダメだと。それではダメだと。もう一度しっかり話し合いたいと。言ってほしい。
ラダベルが願いを込めて、ジークルドを注視する。ジークルドが彼女の目を見て、何かに気がついたのか、口を開こうとした。
「ジークルド」
アナスタシアが透き通った声色で名を呼ぶ。ジークルドはグッと何かを堪え、ラダベルの問いかけには答えずして、その場を去ったのであった。
「それがあなたの答えなのね」
ラダベルは冷たく言い放つ。失望と共に、悲哀の感情が滲み出た。部屋に入り、扉を力一杯閉める。扉に背を向けてその場で蹲る。膝に顔を埋め、声を押し殺しながら紅涙を絞った。
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