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第126話 運命の歯車
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ラダベルとジークルドがルドルガー伯爵城に帰還してから一ヶ月半が経った。東部の地にも、北部ほどではないが、寒さが立ち込めている。季節は冬だ。ラダベルが窓の外に視線を向けると、細雪が降っている。美しい白い結晶が舞い降りていく。不規則に空から降る雪結晶を見たラダベルは、酷くセンチメンタルになった。
あれからジークルドは一度、彼女のもとを訪ねてきた。しかし心の整理がついておらずまったく話す気分になれなかったラダベルは、彼からの訪問を断ってしまった。ふたりの関係はそれきし、だ。
悲劇のヒロインぶっている自分に嫌気が差した彼女は、気分転換をしようと考えて部屋を出る。
レイティーン帝国には、チェスター伯爵令嬢カトリーナがラダベルの双子の兄ラディオルと親密な雰囲気にあるという噂が広まっている。それと共に、アデルは元婚約者のラダベルにご執心という空言も広まっていた。なぜそんな流言飛語が飛び交っているのか。ようやく皇都に帰ったアデルによる仕業なのかもしれない。または、ラディオルによる仕業なのだろうか。
以前、ラディオルがティオーレ公爵と共に城にやって来た時のこと。目的を果たして帰還する直前、カトリーナの存在を見て、頬を赤らめていた。恐らくその際に、一目惚れしてしまったのだろう。カトリーナもカトリーナでアデルに失恋してしまい、どうしようかという時にラディオルと出会ったのかもしれない。失恋で傷ついた心は、ラディオルの優しさ(?)により癒されつつあるというわけか。今頃、皇都で初な恋を楽しんでいるかもしれないと思い浮かべる。ラダベルは、脳内のラディオルの鳩尾に右ストレートを決め込んだのであった。
ジークルドの自室がある宮ではなく、財務等の仕事を片づけている執事たちの職場である宮に向かっていた。かなり暇なため、以前と同様に簡単な仕事を請け負おうかと思っていたのだ。何かに没頭していれば、辛いことも考えずに済むから。その道中、ふと空を見上げる。
「げ……」
小さい声が聞こえた。声がした方向を見ると、そこにはエリアスが立っていた。アッシュグレイの髪が寒風に揺れる。ブルーラベンダーの瞳が美しい。彼の表情からして、ラダベルと鉢合わせてしまったことに心底嫌気が差しているようだ。露骨に嫌な態度を取った彼に、ラダベルは溜息を吐いた。
「そんなに嫌な顔をしないでくれますか? 私だってここに来たのはわざとではないのですから」
「………………」
エリアスは首の後ろを掻きながら、ラダベルをチラ見してくる。
「何か、あったのか」
「へ?」
「……お前、酷い顔してるぞ」
「………………」
ラダベルはエリアスにそう言われ、自身の頬に手を添えた。そう言えば、最近あまり食べていない気がする。セリーヌやミアから体調は悪くないかとかなり心配されることが増えた。自分の体調の変化にも気づけないほど、傷心している。その事実に、ラダベルは鼻で笑った。
「笑ってる余裕があんなら問題なさそうだと言いてぇところだが、そんなんじゃないらしいな。さっさと部屋に戻って寝ろ。それか何か食べろ」
「……やっぱりリアルお兄ちゃんをやっているだけはありますね」
「あ゛?」
ラダベルの軽口に、エリアスは異常に反応を見せる。彼の額に浮き上がる血管を見て、ラダベルは怖い怖いとおどけるのであった。
「ほら、行くぞ」
「あら、送っていってくださるのですか?」
ラダベルが口元に手を当てながら微笑むと、エリアスが立ち止まって振り返る。
「自分の城だからと言って護衛もつけずに歩くんじゃねぇ。まだ、全員が全員、テメェの味方になったわけじゃねぇんだぞ」
エリアスがラダベルの額を軽く小突く。不器用ながらも面倒見の良い彼に、ラダベルは柔らかな微笑みを見せた。
「やっぱりお兄ちゃんね」
「次言ったら殺す」
エリアスがラダベルを睨みつける。最初は自分に対して悪口を垂れていたというのに、今ではセリーヌやミアと共に、心を許せる仲にまで発展している気がする。そう思っているのはラダベルだけかもしれないが、それでもいい。
「殺すなんて軽率なことを言ってもいいの? 万が一ジークルド様に聞かれてしまった、ら…………」
ラダベルの顔から笑みが消える。エリアスが疑問符を浮かべて首を傾げた。
「どうした?」
「別に、ジークルド様に聞かれてしまっても、問題ないですね。終わりを辿る運命なのですから」
ラダベルは悲しげに呟いた。
「おい、今のはどういう……」
エリアスが問い詰めたと同時に、遠くからセリーヌが走ってくるのが見えた。
「奥様っ! 大変ですっ! サレオン先代公爵夫人がお見えですっ!」
ほら。運命はいつだってラダベルの息の根を止めるために、回り始める。
あれからジークルドは一度、彼女のもとを訪ねてきた。しかし心の整理がついておらずまったく話す気分になれなかったラダベルは、彼からの訪問を断ってしまった。ふたりの関係はそれきし、だ。
悲劇のヒロインぶっている自分に嫌気が差した彼女は、気分転換をしようと考えて部屋を出る。
レイティーン帝国には、チェスター伯爵令嬢カトリーナがラダベルの双子の兄ラディオルと親密な雰囲気にあるという噂が広まっている。それと共に、アデルは元婚約者のラダベルにご執心という空言も広まっていた。なぜそんな流言飛語が飛び交っているのか。ようやく皇都に帰ったアデルによる仕業なのかもしれない。または、ラディオルによる仕業なのだろうか。
以前、ラディオルがティオーレ公爵と共に城にやって来た時のこと。目的を果たして帰還する直前、カトリーナの存在を見て、頬を赤らめていた。恐らくその際に、一目惚れしてしまったのだろう。カトリーナもカトリーナでアデルに失恋してしまい、どうしようかという時にラディオルと出会ったのかもしれない。失恋で傷ついた心は、ラディオルの優しさ(?)により癒されつつあるというわけか。今頃、皇都で初な恋を楽しんでいるかもしれないと思い浮かべる。ラダベルは、脳内のラディオルの鳩尾に右ストレートを決め込んだのであった。
ジークルドの自室がある宮ではなく、財務等の仕事を片づけている執事たちの職場である宮に向かっていた。かなり暇なため、以前と同様に簡単な仕事を請け負おうかと思っていたのだ。何かに没頭していれば、辛いことも考えずに済むから。その道中、ふと空を見上げる。
「げ……」
小さい声が聞こえた。声がした方向を見ると、そこにはエリアスが立っていた。アッシュグレイの髪が寒風に揺れる。ブルーラベンダーの瞳が美しい。彼の表情からして、ラダベルと鉢合わせてしまったことに心底嫌気が差しているようだ。露骨に嫌な態度を取った彼に、ラダベルは溜息を吐いた。
「そんなに嫌な顔をしないでくれますか? 私だってここに来たのはわざとではないのですから」
「………………」
エリアスは首の後ろを掻きながら、ラダベルをチラ見してくる。
「何か、あったのか」
「へ?」
「……お前、酷い顔してるぞ」
「………………」
ラダベルはエリアスにそう言われ、自身の頬に手を添えた。そう言えば、最近あまり食べていない気がする。セリーヌやミアから体調は悪くないかとかなり心配されることが増えた。自分の体調の変化にも気づけないほど、傷心している。その事実に、ラダベルは鼻で笑った。
「笑ってる余裕があんなら問題なさそうだと言いてぇところだが、そんなんじゃないらしいな。さっさと部屋に戻って寝ろ。それか何か食べろ」
「……やっぱりリアルお兄ちゃんをやっているだけはありますね」
「あ゛?」
ラダベルの軽口に、エリアスは異常に反応を見せる。彼の額に浮き上がる血管を見て、ラダベルは怖い怖いとおどけるのであった。
「ほら、行くぞ」
「あら、送っていってくださるのですか?」
ラダベルが口元に手を当てながら微笑むと、エリアスが立ち止まって振り返る。
「自分の城だからと言って護衛もつけずに歩くんじゃねぇ。まだ、全員が全員、テメェの味方になったわけじゃねぇんだぞ」
エリアスがラダベルの額を軽く小突く。不器用ながらも面倒見の良い彼に、ラダベルは柔らかな微笑みを見せた。
「やっぱりお兄ちゃんね」
「次言ったら殺す」
エリアスがラダベルを睨みつける。最初は自分に対して悪口を垂れていたというのに、今ではセリーヌやミアと共に、心を許せる仲にまで発展している気がする。そう思っているのはラダベルだけかもしれないが、それでもいい。
「殺すなんて軽率なことを言ってもいいの? 万が一ジークルド様に聞かれてしまった、ら…………」
ラダベルの顔から笑みが消える。エリアスが疑問符を浮かべて首を傾げた。
「どうした?」
「別に、ジークルド様に聞かれてしまっても、問題ないですね。終わりを辿る運命なのですから」
ラダベルは悲しげに呟いた。
「おい、今のはどういう……」
エリアスが問い詰めたと同時に、遠くからセリーヌが走ってくるのが見えた。
「奥様っ! 大変ですっ! サレオン先代公爵夫人がお見えですっ!」
ほら。運命はいつだってラダベルの息の根を止めるために、回り始める。
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