【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
124 / 158

第124話 そんなわけがない

しおりを挟む
「十年前、リーデル帝国との大戦争が終わりを迎えた頃、俺が東部の領主、極東部の司令官となる話が持ち上がった。それに反対を示したのが、サレオン公爵やオースター先代侯爵だ」

 既に故人となったサレオン公爵とオースター先代侯爵は、ジークルドが東部の領主、さらには司令官となることに反対していたのだという。サレオン公爵家もオースター侯爵家も、どちらもルドルガー伯爵家と比べ一族としての歴史が段違いに長い。血統や歴史を重んじる彼らと、新興貴族のジークルドとでは、もとから相性が悪かったのだろう。

「それからしばらく、協議が行われたが……彼らは突然、なんの前触れもなく異議を取り下げた。そして俺が正式に東部の領主となり極東部の司令官を継いだ時、サレオン公爵とアナスタシアの結婚が発表され、同時期に、アナスタシアから別れを告げられたんだ。今思えば、全部仕組まれていたことだったんだろう」

 ジークルドは長い瞬きを繰り返した。
 全て、仕組まれていたこと。アナスタシアに惚れ込んでいたサレオン公爵は、彼女やオースター先代侯爵に、アナスタシアを妻とする代わりに、ジークルドの東部領主、極東部司令官就任を認めると取引をもちかけたのだ。オースター先代侯爵は、サレオン公爵ならば愛娘のアナスタシアを嫁がせてもいいと判断したのだろう。そしてアナスタシアは、ジークルドが極東部の司令官となることができるよう、自らの恋心を殺したのだ。彼を愛しているからこそ、離れたのだ。その時のアナスタシアの思いを想像したラダベルは、今にも胸が張り裂けそうな感覚に陥った。だからこそ、理解できなかった。

「サレオン公爵夫人を想っていたならば……なぜ、抗議をしなかったのですな? なぜ、もっと早く彼女を迎えに行ってさしあげなかったのですか!?」

 ラダベルは悲痛絶望とした面持ちで訴える。熱く燃え上がる怒りをどうすることもできず、ジークルドにぶつけた彼女は、ジークルドの諦めに近い笑みを見て、黙する。

「アナスタシアの選択に、反対はした。だが彼女はそれを聞き入れなかった。それに……俺自身もどうにもならないと分かっていたんだ。サレオン公爵は、影響力が凄まじい人だったからな。新興貴族の俺とは違い、サレオン公爵の一族は歴史も長く権力も大きい。あの時の非力な俺が刃向かったとしても、どうにもならなかったはずだ」

 ジークルドの言い分は正しい。何も間違っていない。冷静な判断だ。

「何度かアナスタシアから手紙は届いたが、それに返事を出したことはない。軍の調和を乱してまで、アナスタシアを取り戻そうとは思わなかった。何より……自分の身を売ってまで、心を殺してまで、俺の出世を手助けしたあいつの行動に、心底幻滅げんめつした」

 ジークルドは拳を握った。
 本当に気持ちがあるのであれば、サレオン公爵の交渉を跳ね除けてでも、己を選べということか。ジークルドの考えに、ラダベルは恐れ慄く。好きだからこそ、愛しているからこそ、ジークルドのために死力を尽くしたアナスタシアの思いとは、真逆の考え方だ。ふたりは、力を向けるベクトルが違ったのだ。ならばなおさら、ふたりは共に在らねばならないのではないか。すれ違いをなくすために、平行線を交差させるために――。
 ラダベルは震える唇を噛む。

「だが一番に言えるのは……俺のあいつへの想いも、その程度だったのかもしれない、ということだ」

 そんなはずはない。
 そんなわけがない。
 アナスタシアへの想いを「その程度」という一言で片づけてしまえるのならば、そんな悲しい顔はしないはず。拳も握らないはずだし、自分とも目も合わせるはずだ。ラダベルは、ジークルドが妻である自分のために無理をしている、嘘をついているのだと察してしまった。


「ジークルド様は、嘘つきですね」


 ラダベルが呟く。その一言に、ジークルドが信じられないとでも言いたげな面様で彼女を見つめた。

「ジークルド様が私のことを信じてくださるから、私もジークルド様のことを信じたいと、そう思っていました。でも、今はそれができそうにありません」

(たとえジークルド様の心が私に向いていなかったとしても、あなたの隣にいられるのであれば、それで構わないと思っていました。でも、)

「ごめんなさい、ジークルド様」

(あなたの心を、望んでしまったのです)

 ラダベルはジークルドと目を合わせずして謝罪を口にすると、重い腰を上げる。寝室から出ようと扉に向かうと、腕を掴まれた。状況が把握できないまま、ベッドに連れていかれ押し倒される。顎に手を添えられ半ば強引にキスされた。彼のもう片方の手が体をまさぐり始める。
 以前も、こうして激しく抱かれた時があった。彼を受け入れなければ、何かが崩れ落ちてしまうと思っていたけど、もう既にその時には、壊れていたみたいだ。
 彼と一緒になれない。彼と歩む未来はない。その現実を突きつけられ、ラダベルの目から涙がこぼれた。それを見たジークルドが動きを止める。自分は何をしているのだと自問自答するかのような酷い形相であった。

「すまない、ラダベル……」

 ジークルドはすぐにラダベルから離れ彼女に毛布を被せると、ベッドを下りる。

「少し、頭を冷やしてくる」

 扉が閉まる、音がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...